第223話 私はハサミ
樹理は美容室の店内でじっと店長の愛奈を観察していた。
「樹理ちゃん、何か私の顔に付いてるの?」
「いえ、何でもありません。」
「変な子ね。」
樹理が出勤した時も愛奈の様子はいつもと変わらなかった。
私を襲った辻斬り美容師が愛奈さんなら私の顔を見て態度が変わらないはずはない。
ましてや顔見知りの私を襲ったりするはずはない。
樹理はそう考えて辻斬り美容師の顔を見たことを誰にも喋ってはいなかった。
しかし樹理が一人で抱え込むには問題が大きかった。
「晶ちゃん、ちょっといいかな。」
樹理は仕事の合間を見て晶を店の裏に連れ出した。
「どうしたんですか、樹理さん?」
「晶ちゃん聞いて。私、昨日、辻斬り美容師に襲われたんだ。」
「え、大丈夫だったの?」
「うん、通りがかりのイケメンに助けられたの。彼、格好いいのよね。美容師が辻斬り美容師に髪を切られたら洒落にならないでしょ。でも問題があるのよね。実は辻斬り美容師が店長の愛奈さんそっくりだったの。」
「え、店長が?そんなはずないわ、昨日は遅くまで私の接客の指導をしてくれていたもの。」
「そうなのよ。私も信じられなくてね。それで晶ちゃんに一緒に店長を尾行するのに付き合ってもらいたいの。」
「それは良いですけど。」
「良かった、じゃあ早速今日からね。」
そう言うと樹理は店の中に戻って行った。
「カミキリ、辻斬り美容師はお前じゃなかったんだな。」
「だから、そう言ってだろ、翔。それから私のことは晶って呼べよ。」
「はいはい、晶ね。俺は別に翔って呼ばなくてもからす天狗で構わないぜ。」
「うるさい。」
晶はそう言うと店の中に入って行った。
その日の夜、店長の愛奈を尾行する人影があった。
樹理と晶、そして俺とコニャコだ。
「何で俺が店長を尾行しなくちゃならないんだよ。」
「ごめんね、来人くん。ブリットさんだと目立ち過ぎて尾行にならないのよ。」
「普通でわるかったね。まあ、バイト代をくれるから文句はこれ位にしとくけど。」
「にゃん」
「ところで何で猫を連れてきているの?」
「もしもの時に便りになるんだぜ。なぇ、コニャコ!」
「にゃん!」
「可愛い、この子、返事をしたわ。ねぇ、晶ちゃん。」
「えぇ……」
相変わらす晶は人見知りであった。
『この子にゃんね。確かに魔力みたいな力を感じるにゃんね。』
コニャコの声が俺の頭の中で響く。
俺とコニャコそしてブリットの間で通じるテレパシーみたいなものだ。
『だろ、魔人や魔物ともちょっと違う感じがするんだよな。』
「あ、愛奈さんが出てきたわ。」
店長の愛奈はコンビニに立ち寄っていた。
「辻斬りをする様子は無いみたいだね。」
コンビニから出た愛奈はまっすぐ自宅のマンションに帰ってしまった。
「店長さん、家に帰っちゃたけど、朝まで見張るのかい。」
「そうね、もう少し様子を見て私達も帰りましょうか。」
一時間程で店長の部屋の灯りが消えたところで俺達は今日のところは引き上げることにした。
店長の愛奈のマンションとは全く別の方向から悲鳴が聞こえたのだ。
「悲鳴がしたのは、あっちだ!」
俺達は悲鳴がした方向に駆け出した。
すると前から血相を変えた女性が走ってきた。
「助けて!か、髪を!」
女性の頭はきれいにカットされていた。
「辻斬り美容師ね!」
「あっちでいきなり髪を切られて。」
「この人を頼みます!」
俺は女性が指差した方向に駆け出した。
『来人、あっちにゃん!』
『うん、強く魔力を感じる。次の角を右だ。』
路地を曲がるとそこには店長の愛奈の姿があった。
「先日の金髪といい、このところ、変わった奴に遇遭うものだ。」
「店長?」
「違うにゃん。こいつ、人間じゃ無いにゃん。」
「確かに愛奈さんに似ているけど、髪型とかホクロの位置とか違う。」
「来人、細かい所までよく見ているにゃね。」
「私の邪魔をするなら容赦はしない。」
辻斬り美容師はハサミで攻撃してきた。
「お前、何者なんだ。」
「私はハサミだ。散髪をするためだけに存在するハサミだ。」
「そのハサミが何で人を襲っている。何で愛奈さんと同じ顔をしている?」
「愛奈!お前、愛奈ちゃんを知っているのか?」