第1話 コスプレをするにゃ
「おはよう、おばさん。来人、迎えに来たんだけど、起きてます?」
理沙は玄関戸横のインターフォン越しに、来人の母である里子に声をかけた。
「ごめんね、理沙ちゃん、来人ったらまだ寝てるのよ。部屋に行って起こしてくれる?」
「それじゃ、遠慮なく。お邪魔します。」
理沙は玄関の戸を開け家の中に入ると、まるで自分の家かのように慣れた様子で2階へと続く階段をかけ上る。そして、階段正面の来人の部屋のドアを開けた。
「来人、入るわよ。」
理沙はそう言うと部屋の中に踏み込んでいった。
理沙の目に映ったのは、Tシャツにスウェットパンツとラフな格好でゲームのコントローラを握ったまま、床の上に敷かれた布団の上に突っ伏して寝ている1人の少年だった。
ちなみにこの寝込んでいた少年ってのが、この俺、この物語の主人公の来人、18歳の大学生だ。
「来人、あんたまたゲームしながら寝ちゃったのね。さっさと起きて用意しなさいよ。」
「うーん。日曜の朝早くから何だよ。」
「やっぱり、忘れてる。今日はコミケに参加するんでしょ。」
「うーん。忘れてた。」
「とにかく、起きて、急いでよ。」
俺を起こしに来た女の子は、理沙、同い年で同じ大学に通う、我が家のお隣さんで幼馴染だ。
理沙は子供の頃からアニメやマンガが好きで、コミケがある度に、同じ大学の同級生で共通の趣味をもつ親友の響子とコスプレして参加している。
今回、人数が少なく寂しいからと、俺に一緒に参加してくれと誘ってきたのだ。
俺は顔出しNGの条件で参加することにしたのだったが、完全に忘れていたのである。
「どうせ着替えるし、その格好でかまわないから行くよ。」
俺は顔を洗う間も与えられず、半分寝ぼけた状態で理沙のバイクの後ろに乗せられ、コミケの会場に連れて行かれた。
会場に着くと、高校からの友人で遊び仲間の修一が来ていた。
こいつも理沙に誘われてコスプレをすることになっている。
修一にはコスプレ趣味とか無いのだが、理沙に好意を持っていて参加している。
俺たちのコスプレ衣装は、理沙と恭子、そのお仲間の女子が準備している。
今日のコンセプトはファンタジー系のパーティーとのことだった。
理沙は魔法使い、恭子は戦士、修一は拳闘士、俺はゲームのマスコットの猫のゆるキャラだった。
しかし、そのイメージは俺のファンタジー感とはかなりかけ離れていた。
理沙はゴスロリ風の衣装に、魔法少女が使うようなステッキを持ち、背中には黒い羽を付けた魔法使いだった。
恭子は赤い皮の鎧姿に、背中にバスターソードを背負った女戦士アマゾネスだった。
こいつは一応、ファンタジーの戦士の格好にはなっていたが、とにかく大きな胸を強調し、露出が多かった。
修一はまるでアメリカンヒーローの様な派手なボディスーツを着た拳闘士だった。
修一自身、ラグビーをやっていたため、長身のマッチョで、はまり過ぎていた。
そして俺は、銀色の騎士の鎧を身につけた愛くるしい猫の着ぐるみだった。
顔出しNGだと言ったせいだろう。
しかし、これのどこがファンタジー系パーティーなのか疑問である。
会場入りした俺たちの周りには、早速、人だかりができていた。
理沙と恭子はプロ並みの一眼レフを持ったカメラマンに囲まれ、慣れた感じでモデルの様にポーズをとっている。
少し離れたところで毛色の違う長身マッチョな修一は、筋肉マニアな女子に囲まれ、俺は俺で、「カワイイ」と女の子に抱きつかれて着ぐるみの中で鼻の下を伸ばしていた。
そんな俺達は、大きな災難の予兆に気付いてはいなかった。
その日はいつになく暑い日だった。
会場には過去最高の人数の来客があり、凄まじい熱気が上がっていた。
その熱は上昇気流を生み出し、会場の上空に積乱雲が発生していた。
そして、突然、会場に竜巻が発生したのである。
会場は逃げ惑う人でパニックとなった。
気付いた時、俺は竜巻に巻き上げられていた。
クルクルと空中を回転しながら地面から遠ざかって行く。
理沙が何か叫びながら走って追って来るのが小さく見えたが、それも見えなくなった。
俺って猫の着ぐるみ着て死ぬのか!?
やがて俺の意識は途切れた。




