ココイチとユリ・ゲラー
すりガラスの引き戸が、少しだけあいた。
15秒ほどたって、ようやくひとりの少女が、玄関から出てきた。髪はセミロング、べっこう色のメガネ。
やべえ。タイプかも。
「す、鈴木 こずえです。」
そう言って、彼女はぺこりと頭を下げる。「いや、ヤーさんの集金かな、と思っちゃって。」ヤーさん?ヤーさん!?
たったの一瞬だったが、確実に今、場の空気が凍りついた。
「…あ、うん。僕が林ってのは知ってるからいいとして、こっちが北川つばめちゃん。で、こっちが…」
「た、鷹霧 優薫です。」
はっとする。まずい。そうだ、隣には北川が…と思って隣を見ると、ありがたいことに流石に自己紹介の時にヘッドホン装着はまずいと思ったのか、外していた。危なかった。
林が俺らの病気の説明をしている間、もう一度まじまじと彼女を見た。
彼女は割と大きくて、北川より頭半個分くらい高く、俺とほぼ変わらないくらいだった。およそ165cmといったところか。
又、彼女はほっそりしていた。家の様子から見て、あまり食えていないのかもしれないと思った。
ただ、胸はけっこうあった。
と、この辺で、彼女の「病気」の発表が始まる。
「で、この子はね、軽度の『金属湾曲者』なんだよね。」
「えらくカッコいい名前ですね。」北川が言う。「中2臭い名前だよな」と言いかけて寸止める。俺だってメモライザとか言っちゃってるだろ。
代わりに「どんな感じなんすか?」と常識的な質問を林にぶつけた。
「えーと、その、なんていうか…」
鈴木さんがもじもじしている。かわいい。かわいいぞ。
「ユリ・ゲラーって君たち知ってる?」
林が唐突に聞く。
「何ですか?食べ物ですか?」
と言ったのはもちろん北川である。
「あー、知ってますよ。あの、スプーンをぐにょーんってしちゃうインチキ超能力者でしょ。」
と言ったのはもちろん俺である。
「インチキってつけちゃうのが鷹霧くんらしいけど、まぁ、うん。彼女はそんな感じです。」
「は?」
「いや、あの、私っ、スプーンとかフォークとかナイフとか持つと、勝手にくにゃってなっちゃんですよ。」
恥じらいながら話す鈴木さんはかわいいが、それによる補正があったとしても、「は?」である。
「なんとこんなところにたまたまスプーンがっ!」
わざとらしく林が小ぶりな金属製のスプーンをポケットから取り出す。
「はい、これ。」
「え?あ、はい。」
鈴木さんが困惑しながらも渡されたスプーンを握ると、あら不思議、数秒にして曲がってしまった。
「ほえー」と隣で北川がアホ丸出しな顔で感嘆している。
「いや、ほんと、不便ですよ?これ。カレーとか食べようとしてもくにょーん。サラダ食べようとしても、くにょーん。」
「軽度だからこんなんで済んでるけど、僕の友達に重度の金属湾曲者がいてさ、そいつ、が家入ろうとして鍵触ると粉々になったりしたり、発症して初めての職場でパソコンに触れた瞬間粉々になったりしたとか言ってたよ。」
どう反応したらよいものか困って、なんとなく鈴木さんの方を見たら、目があっちゃって。
慌てて目を逸らすと、そこにはヘッドホンをつけて満面の笑みを浮かべた北川がいて、またしても目があう。
終わった。俺はそう確信した。