エンドレス砂漠
「お前、学校で読心もうとしただろ」
俺はなるべく冷たく響くよう、ぽかんとしている北川に言った。男の俺と、女の北川で身長がほぼ同じなのが少し悔しい。
「あ、やっぱダメだよね…」
ヘッドホンを外しながら北川は少ししゃがんだ。
「余計な配慮はいらねえよ」
ちょっとドヤっとしながら北川は立ち上がった。
昨日初めて会ったような同年代の女に馬鹿にされるってのは何だか気に食わない。
「えーと、それで、なんの用ですか?」
北川がぽかーんという感じで言う。
「いんや、特に何も。」
まさかこいつの前で「林の話をきいてからクラスの空気を吸うのがつらくなった」という愚体をカミングアウトする訳にはいかない。
北川ののんきさがうらやましかった。
家を出るまでは大丈夫だったのだが、学校についた瞬間、どうしようもなく吐き気がこみあげたのだった。
学校にまるで異物として認識されたかのようだった。
「・・・やっぱり、昨日あった事は本当なんだよな」
俺らしくもない。だけどそう呟いたのは、確かに自分の足元が歪み、今すぐにでも吐瀉物をそこらじゅうにぶちまける事が可能なくらい弱体化しているからだ。
「そういえばあの人、連絡をとるともなんとも言ってなかったよね。」
そう、そうだ。あれは幻覚・マボロシ・蜃気楼だ。そうだろう?そうと言ってくれ。
現実逃避にはしるのは中学に入ってすぐぐらいからであって、だいぶ久しぶりのことである。
まずい。この流れはヤバイ。
俺は以前にもこのようにマイナス感情の滝にうたれて、凶暴化したことがある。
記憶がとぶまで暴れるのである。最終的に俺はぶっ倒れたらしいのだが、やはりその時の記憶はあまり無い。ひとさまに迷惑をかけといてそれはないだろう、と自分自身も思うのだが。
そうゆう面では、母親が決めた転校という判断は間違っていないような気が、いまさらのように、蝿のようにまとわりつく。
いや、違う。あれは俺の為じゃなくて南高のためなんだ。自分で自分に言い聞かせる。
それはそれで哀しいような気もしたが、今はそれを考えたらアウトだ。
「鷹霧くん、大丈夫?」
気がつけば俺は、廊下のど真ん中で、両膝をつき、腕の力だけでどうにか土下座にならないような態勢になっていた。
呼吸が荒かった。
それを北川は覗きこむように俺の顔を見ていた。
その状態で20秒程たったところで、俺はようやく立ち上がり、ずいぶんと軽い手を紙のようにぴらぴら振った。
「大丈夫だ。」
そのまま俺は、そこを立ち去った。後ろから北川の、「いや絶対ヤバイだろ」との呟きも気にしなかった。そんなの自分でもわかってる。
その日、結局俺は二時間目で限界を迎え、早退したのだった。