呪いの唄を石碑に書き殴る
「さて、子供はもう寝る時間だよ!」
林が突然言い始める。え、ちょっと、あなた。鷹霧君にさっきの事を説明途中だったつばめは思わず勢い良く林の方へ首をむけた。
あなたが勝手に連れてきて、あなたが勝手にしゃべって、何いまさら宣言してるんですか。という気持ちをなんとか抑えて、つばめは
「ほんとならもうとっくに寝てます」
と皮肉を言うぐらいにしておいた。わたし優しっ!
「ところで僕達帰りたいんですけど。」
鷹霧君がナイスな事を言ってくれた。
「あー、やっぱココじゃダメだよねぇ。」
林はそう言いつつ茶色い革のソファーを撫でた。
え?あれ?ちょっと待って。ひょっとしてあなたここに泊まらせるつもりだった?
冷や汗が首すじをはしる。これはひょっとしてもしかしてこのひと。
・・・ロリコン?
ひえええええっ!と悲鳴をあげそうになって、よくよく考えれば鷹霧君と一緒という事を思い出した。安心安心。
いやいや待てよ、鷹霧君も意外と変態かも、とかごちゃごちゃ考えながら出る準備をした。
まさか自分が夜中の1時に外に出るとは思わなかった。風呂場でシャワーをしようと蛇口をひねったらドバドバ冷水が出てきてしまったような意外性と寒さだ。
あたりまえと言えばあたりまえだけど、やっぱりそこには赤いスポーツカーが待っていた。高級車の癖に前から見ると、「顔」がかわいい。ヘッドライトがつり上がって、拗ねた子供のような顔をしている。
毛糸の手袋から寒さが漏れてきて痛い。
何かを諦めたように息を吐き出すと白い。
・・・ここら辺は普通の人間なのにね。わたし、何か悪い事をしたのかなぁ?何か特別なことをしたのかなぁ?
クラクションが鳴く。「もう乗れ」とのことらしい。
車のドアをわざと乱暴に開けて乗って、すごく丁寧にドアを閉めた。
「わかってるとは思うけど、今日の事は誰にも言うな。誰もいない森に向かって叫ぶとかもナシ。」
「・・・。」
車は小刻みにかた、こと、と揺れて。
「・・・さっき、『狂う』っていう表現をしたけど、僕は実際黒石君でそれを見てる。」
「聞きたくないです。」
林さんは鷹霧君のそれを無視して続ける。
「彼はとってもかっこいい子でね、特に笑った時の顔なんか男の僕でも惚れそうなぐらい素敵だった。・・・彼と僕は、JMBの「奴隷小屋」みたいなところでおんなじ部屋だったんだよね。そんで最初は『どうにか頑張ってこう』みたいな話もできたんだけど、だんだん無口になってったんだ。で、もう僕自身も話してる場合じゃなくなってきたんだよね。・・・『能力』が使えるようになったのは僕がJMBの奴隷の中で最初だった。アンド最後だった。で、僕もいろいろやられてた訳よ。でも彼は・・・笑って帰ってくるようになったんだ。でも前みたいな素敵な笑顔じゃないんだ。形容詞的には『にやにや』って感じの気持ち悪い笑いだった。」
「それは・・・。」鷹霧君が何か言おうとした。でも。
「その日僕は夢を見たんだ。・・・僕と黒石君が一緒に逃げだす夢だった。」
わたしでも先ほど鷹霧君が言おうとした意味がわかった。そして林さんは答えを言った。
「そう。予知夢だ。何故かわからないけど、その時僕は自分で『予知夢を見た』と理解したんだ。つまり、それは。」
街灯が何mかの間隔で車の中に途切れ途切れの光をともす。
林さんは泣いていた。
泣きながら、こう言った。
「つまりそれは、僕が『能力』を開花させてしまったということ、つまり、人体実験の正当性を証明してしまったんだ。」
アクセルを思いきり踏みながら彼は「彼は僕が狂わしたようなもんなんだよぉ!」と怒鳴っていた。
先に家に着いたのは鷹霧君の方で、私は二番目だった。
そして林さんは、降ろす時に、「ほんとうにどこにでもJMBの関係者はいる。ほんとうのほんとうに。」と涙の跡を頬に残りながら釘をさした。
そして小さく手をふった。