まぬけ
つい2,3時間前に読んでいた本の話がリアルになるなんて、予想もしていなかった。この世界というものはずいぶん奇蹟とかいうやつがおこりやすいな、と鷹霧は思った。というか、半ば呆れていた。だいたい、予想できるやつなんているか?・・・おれの目の前でオレンジジュースをすすってるやつを除いて。
そいつは黒石の、黒石護の話の続きをした。-遠い目で。視線はちらちらとゆれていた。あきれているようにも、怒っているようにもみえた。
「彼がね、僕の患者さんになったのは、6年前のこと。ぼくはまだ23歳だったなあ。・・・意外とふけてるでしょ。びっくりした?」
そうゆうのいいからはやくつづけろ。29歳としての態度で。
「彼はね、卒業式ですっころんで発病することになってたんだよね。」
いやあ、見事なマヌケっぷりだったよ、と奴はにやにやした。というか、何の病気だ?
「安心して、彼はまだ死んじゃいない。・・・確実に。」
ごとり、と音がした。隣をみると、北川がヘッドフォンをおいている。
「・・・彼も、不死者<メモライザ>だ。」
おそろいだねえ、と林が軽く言う。口笛まで吹きそうだ。
頼む、少し黙ってくれ。
不死者<メモライザ>といわれて、背中にいやな汗をかいているというのは、明らかに動揺している証拠だった。-おれはこの林とかいうちんちくりんな奴を信じるのか?・・・どうかしてる。
急にとなりの北川が、苦々しい顔でいう。
「黒石護さんは・・・黒石護さんには『健斗』という弟はいますか」
んー、とのんきにうなった林は、いるよ。とポケットからどんぐりが落ちたように云った。そのうえ、「たしか君の・・・ええと北川さんの同級生でしょ」ともいった。
ため息をついた。ふたりとも。
そして俺は、残っていたジンジャーエールを一気に、ストローをつかわずにのみほした。
覚悟をきめた。