兄妹
「お兄ちゃん。」
そう言われることが、まだガキだった俺には無性にうざったくて。
「頼むからその呼び方をするな。」
そう言い聞かせたのは妹が小学生の頃。
「俊、居る?」
俊というのは俺のあだ名。本名は俊一。
小学生の頃友達がつけたあだ名。
生意気な妹は、「お兄ちゃん」を禁じられて以来、この呼び方に定着した。
まだガキだった俺は、これはこれで、俺はお前より年上なんだぞ!と思ったが。
「お兄ちゃん」のむずがゆさに比べたらマシで、あえて許していた。
「ばーか、ばーか!俊のばーか!」
語彙が少ない。口げんかするといつも最終的には妹の「なんとなく気に入らない」が炸裂する。
俺は俺で理論的に、反論できないように、組み立てて意見…いや、文句を言う。
結局妹の罵りで喧嘩は終わる。
いいさ、明日になったら、普通に話しかけてやる。
そうすれば、妹も普通に返してくることが解っているから。
立派なオタクへと成長した高校生の頃。妹は中学生。
「こんにちは、お兄さん。」
「お邪魔してます。」
妹の友達は普通に挨拶する。俺みたいなオタク、キモイだろうに。
妹の部屋から話し声。
「別にあんたが言うほどキモくないじゃん。」
「私、アリっちゃアリよ?」
ちょっと嬉しい。しかし
「何言ってんの、あんなキモオタデブ!駄目駄目!こないだなんか部屋に入ったらエロ本見ながら擦ってたんだから!」
「なに、アンタそれ見たの!?」
「直接じゃないけど、私が入るなり布団で下半身隠してさ、『ん、何か用かよ?』とか言うのよ?バレバレだっつーの!」
…ばれてた。
「最近、友達こねーな、お前。」
「何?気になるの?」
「別に…。」
「それより、ヒマなら映画行かない?アニメなんだけどさ~友達とじゃ行きにくくて…。」
妹よ。お前も立派にオタクだ。
俺が大学生で妹が高校生。
「ただいま…あれ?誰か来てんのか?母さん。」
「あの子、彼氏連れてきたのよ。」
「ふーん。」
「…あんたもいい加減彼女作ったら?」
それは彼女を作れるスペックがある奴に言ってくれ。
俺の部屋は妹の部屋の隣。
ゲームをしてると…。
「あ…駄目……そこ…あ…ん…。〇〇君…いいよぉ…。」
妹のアノ声。
凹む。
…凹む?何故?
「っつーわけでさー。」
「なんだよそれ?」
「いや、だから、なんか無性に物悲しいっつーの?」
「俺もねーちゃんいるけど、結構日常茶飯事だぜ?そんなの。」
「そうか?」
「おめーってば結構シスコンだな。」
「うっせー!んなんじゃねーよ…。」
妹も大学生。
「お前〇〇君とは最近会ってんのか?」
「は?何言ってんの?あんな奴、もう別れたわよ?」
「…フーン。」
「俊とは話あわなさそうだったモンねー。今の彼は**君って言うの!俊とも話し合うかもよ?漫画好きだし。」
「…あっそ。」
「**君は元気か?最近話きかねーけど。」
「別れたわよ。俊そういえば一回も会ってないね。次の彼は今度紹介するよ。△△君って言うんだけど…。」
「別に良いよ。」
…このリア充めが!
俺は一般企業に就職した。妹はまだ大学生だ。
「俊、就職祝いに時計買ってあげよっか?」
「妹になんか買ってもらうほど落ちぶれてねーよ。」
「良いじゃないの。もうネットで良さげなの見つけてゲットしちゃったから。」
「…分かった。あんがと。」
「べっつにー?」
「いいなー妹。」
「そうか?うぜーだけだぜ?」
「妹萌えー。」
「…あのなぁ、そんなん漫画の中だけだぜ?現実みろよ。」
「…ってか、お前の妹可愛いじゃん。今度紹介しろよ。」
「…お前にだけは、やだ。」
妹もIT系の企業に就職した。
「いやー、俊みたいなオタクばっかりだわ。」
「俺もそういう系に就職したほうが良かったかもな。」
「でも、◇◇君っていうのは面白くてさ。昨日もその人の家に飲みに行っちゃった。」
「ふーん。同期でか?」
「いや、私一人。」
「…。」
「昨日も◇◇君の家に飲みに行ってさー。部屋汚いから掃除までしちゃった。俊の話したら、会ってみたいってさ。」
「遠慮しとく。それより、お前彼氏はどうしたよ。そのこと知ってんのか?」
「知らないよ。@@君怒るとうざいんだもん。」
…あれ?△△君はどうした?
「そーいえば、俊っていまだに童貞なの?」
「ほっとけ。」
「うそーまじー?やばくなーい?」
「その気になったら風俗でもなんでも行けるだろ?」
「ちょっと!素人童貞とかもっとキモいんですけど!」
「ま、最悪お前に貰ってもらうからいいよ。」
「いらないわよ、んなもん。」
「冗談だよ冗談。」
「…お前の妹、冗談通じてんなー。」
「阿呆。通じてねーじゃねーか。」
「お前の方が阿呆。俺がねーちゃんに似たようなこと言ったらぶん殴られて、1ヶ月口もきかれなかったぜ?」
「あの綺麗なお前の姉さんが?」
「しらねーからそう思うかもしれねーが、あれは鬼だぞ…。」
「俊、そういえば、私△△君とヨリ戻したんだ。」
「ふーん。」
「…今度同棲するかも。」
「…母さん知ってんのか?」
「知らないと思う。」
「親父は?」
「知ってるわけ無いでしょ?」
「…ま、反対しねーだろーけどな。あの親は。」
「俊は…?反対する…?」
「…いや。」
妹の結婚式
「お父さん、お母さん、今までお世話になりました。私は△△さんと一緒に、幸せな家庭を築きます。」
涙を流す妹。それ以上の涙を流す両親。
「あ、お兄さん、泣いてる。」
「い、いや、これは、その。」
「誤魔化さないでくださいよー。」
久しぶりに会った妹の友達にからかわれる俺。
式も終わり。
「俊、どうだった?泣いた?」
「馬鹿。…まぁ、…泣いた。」
「そ、そう…。」
沈黙。
「あ、あのさ。」
「…なんだ?」
「別に、私が特別変わるわけじゃないし。」
「…当たり前だ。」
「…これからもよろしくね。…お兄ちゃん。」
「…おお。」
その呼び方は、未だにガキな俺には気恥ずかしくて。
「…もっかい言ってみ?」
でも堪らなく愛おしいと思ったのは、妹が25歳の春。
ほぼ妄想です。
結婚なんて…許すとか許さないとか。
考えてしまっている時点でシスコン決定。