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リアルホラー小説【遺産相続で、あなたが相続人に選ばれました。】

作者: 虫松
掲載日:2026/05/25

そのメールが届いたのは、深夜二時だった。


コンビニ夜勤から帰ってきた俺は、カップ焼きそばをすすりながら、古いワンルームの床に座っていた。


部屋は狭い。


壁紙は黄ばんでいる。


エアコンは壊れかけで、

時々「カコン」と嫌な音を鳴らす。


スマホの通知音が鳴った。


ピロン。


迷惑メールだと思った。


最近多い。


副業。

投資。

未払い請求。


どうせそんな類だろう。


俺は半笑いでメールを開いた。


件名。


【遺産相続のお知らせ】


本文。


『故・九条宗一郎様の遺言書により、あなた様が10億円の相続人として選出されました』


……は?


俺は焼きそばを吹きかけた。


「いやいやいや」


思わず声が出た。


意味がわからない。


九条宗一郎なんて名前、聞いたこともない。


本文は続く。


『正式な手続きのため、下記フォームへ口座情報をご入力ください』


下には銀行フォームらしきURL。


完全に詐欺だった。


笑った。


「あはは……」


だが


笑いながら、俺はスマホを置けなかった。


部屋を見渡す。


シンクには洗っていない皿。


財布の中身は千円ちょっと。


ふと、思ってしまった。


「……もし、本当だったら?」


その瞬間だった。


頭のどこかで、カチリと音がした。


理性ではなく、“欲”のスイッチが入る音だった。


「まぁ……口座番号くらいなら」


俺は軽い気持ちで入力した。


銀行名。


支店番号。


口座番号。


送信。


送った瞬間、少しだけ後悔した。


だが、すぐに自分に言い聞かせた。


「別に暗証番号じゃないし」


「口座番号だけなら平気だろ」


そう思いたかった。


スマホがまた鳴る。


返信は、驚くほど早かった。


『口座確認のため、10万円を指定口座へお振込みください』


そこには口座番号が書かれていた。


俺は顔をしかめた。


「ほら来た」


やっぱり詐欺だ。


そう思った。


思ったのに。


メールには、妙にリアルな画像が添付されていた。


遺言公正証書。


弁護士名。


実印。


法務局。


難しい法律用語。


全部それっぽい。


それに文面が妙だった。


煽りもない。


脅しもない。


ただ事務的だった。


まるで本当に、役所の書類みたいに。


俺は悩んだ。


十分。


二十分。


一時間。


その間ずっと、

頭の中で数字が回っていた。


10億。


10億。


10億。


「……10億に比べたら、10万なんて」


気づけばATMにいた。


震える手で、10万円を振り込んでいた。


残高が減る。


心臓がドクンと鳴る。


「俺、何やってんだ……」


帰宅してすぐ、スマホが鳴った。


『入金確認いたしました』


早い。


異様に早い。


『確認のため、返金処理を行います』


……返金?


数秒後。


銀行アプリ通知。


【入金 ¥100,000】


俺は固まった。


本当に戻ってきた。


本当に。


十万円。


一円も欠けず。


「え……?」


呼吸が浅くなる。


脳が熱い。


汗が出る。


「本物……?」


スマホが震える。


『返金確認のため、口座暗証番号4桁をご入力ください』


普通なら、ここで気づけた。


ここで終われた。


だが。


人間は一度「成功体験」を味わうと、

壊れる。


さっきまでの警戒心が、嘘みたいに消えていた。


なぜなら相手は、“約束を守った”からだ。


返金した。


信用した。


脳が勝手に判断してしまった。


俺は、自分で自分を騙した。


「4桁だけだし」


「確認用だろ」


「どうせ10億入るんだから」


指が動く。


入力。


送信。


その瞬間。


どこか遠くで、何かが終わった気がした。


『確認が取れました』


『1週間後、10億円が振り込まれます』


『楽しみに待っていてください』


それが最後のメールだった。


俺は浮かれていた。


完全に、人生が変わると思っていた。


仕事中も笑いが止まらない。


怒鳴る店長を見ながら、心の中で笑った。


(あと一週間でお前とも終わりだ)


帰り道。


高級車ディーラーを眺める。


腕時計を検索する。


タワマン動画を見る。


脳内で新しい人生が始まっていた。


母親に仕送り。


借金完済。


海外旅行。


広い家。


もう深夜バイトもしなくていい。


俺は毎晩、銀行アプリを開いてはニヤニヤした。


残高は変わらない。


だが問題なかった。


一週間後、全部変わるのだから。


その一週間は、

人生で一番幸せだった。


未来がある人間は、

こんなにも幸福なのかと思った。


だから気づかなかった。


銀行から来ていたSMS。


見慣れないログイン通知。


深夜のアクセス履歴。


全部。


全部。


見ないふりをしていた。



運命の日。


朝五時に目が覚めた。


目覚ましより早く。


興奮していた。


心臓が速い。


スマホを開く。


銀行アプリ。


ログイン。


残高照会。


読み込み。


その瞬間。


俺の世界が止まった。


画面には。


【¥0】


……え?


見間違いだと思った。


更新。


もう一度。


【¥0】


頭が真っ白になった。


履歴を見る。


深夜。


複数回の出金。


全額引き出し。


貯金。


生活費。


給料。


全部。


全部。


消えていた。


挿絵(By みてみん)


呼吸ができない。


指が震える。


メールを開く。


送信。


『どういうことですか!?』


送信エラー。


アドレスは存在しません。


もう一度。


エラー。


三回。


四回。


全部戻ってくる。


部屋は静かだった。


冷蔵庫のモーター音だけが響く。


スマホの光だけが、暗い部屋を照らしていた。


その時。


最後のメールを見つけた。


『楽しみに待っていてください』


俺は、ゆっくり理解した。


10億円を待っていたんじゃない。


あいつらは。


俺の全財産を盗む瞬間を――


“楽しみに待っていた”んだ。


スマホが、静かにブラックアウトした。



リアルホラー小説【遺産相続で、あなたが相続人に選ばれました。】


END

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