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戦争被害者の語り      :約4500文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/04/07

 あの夏の日は今でも忘れられない……。私が小学生のときだ。そう、君たちより幼かった頃の話だ。

 奴らは、前触れもなく現れた。


 音もなく、風もなく……ただ空が不自然に暗くなったのだ。通りを歩いていた人たちは誰もが足を止め、空を見上げた。まるで伝染するように、次々と。全員が同じ方向を見上げ、そして言葉を失った。


 それは頭上を滑るように移動していた。

 巨大で圧倒的で、現実離れした存在感を放ちながら、ゆっくりと……。

 巨大な宇宙船だ。ああ……夢でも見ているのかと思ったよ。もしかすると、その場にいた全員がそう思っていたのかもしれない。誰もが動けず、声も出せず、ただただそれを見上げていた。

 やがてそれは、町の中心でぴたりと動きを止めた。


 そして……船体の底部がゆっくりと開いた。まるで巨大なまぶたが開くように。

 次の瞬間、そこから光があふれ出した。

 太陽を思わせる凄まじい光だ。ああ、すごかったよ。本当に。影という影が消え、色という色が抜け落ち、世界そのものが真っ白に塗りつぶされたかのようだった。

 私は反射的に手を額にかざした。できたことは……それだけだ。顔を背けるどころか、一歩も動けなかった。その圧倒的な存在感に、現実から目を逸らすことすら許されなかったのだ。


 そして光がわずかに緩んだその次の瞬間――私の目の前には、何も残っていなかった。

 そう……何も、だ。

 正確に言えば、数キロ先のビル群が見えたよ。何事もなかったかのように立ち並んでいた。

 ああ、そうだ。その手前、あの宇宙船の真下――半径数キロが一瞬で塵に変えられたのだ。建物も、人も、車も道路も何一つ残っていなかった。


 呆然と立ち尽くしていると、風が吹いた。その瞬間、私は激しく咳き込んだ。舞い上がった塵が喉に入り込んだからだ。灰色の粒子が視界いっぱいに広がり、ハエの大群のように目の前を覆い尽くした。

 私はちょうど、奴らの兵器の攻撃範囲の外に立っていた。あと数歩前に出ていたら、私も同じように塵になっていただろう。

 だが、無意識に手を伸ばしていたのだろうな。大切なものを掴み、こちらへ引き寄せようとするみたいに。

 その結果、私はこの指先と……家を、そして母を失ったのだ……。



「うーん……」


 自宅の居間。椅子に腰かけた老人は、まぶたを閉じたまま低く唸った。


 ある日、宇宙人が地球に襲来し、何の警告もなく先制攻撃を放った。町一つを一瞬で塵に変える兵器。その圧倒的な脅威に直面し、人類は否応なく一致団結することとなった。

 とはいえ、軍事力の差は歴然。兵器の性能も量も何もかもが桁違いだった。

 だが、それでも人類はあきらめなかった。各国の英知を結集し、技術を共有し、必死に抗い続けた。

 多くの都市が消え、人が塵と化した。それでもなお、膨大な犠牲を払いながら善戦を重ね、長い消耗戦の末――最終的に和睦へと漕ぎつけたのだ。

 老人はそれを人類の勝利と称えた。宇宙人たちは屈したのだ。人類の精神の強さに。


 その後、彼は戦争被害者として、毎年修学旅行で訪れる中学生たちに自らの体験を語る役目を担うことになった。戦争の記憶を次の世代へ伝える語り部として。

 しかし、戦争終結から半世紀以上が過ぎた今、当時の悲惨さはすっかり忘れられ、関心自体が薄くなっていた。何より厄介なのは、文字通り『塵に変えられてしまった』ことだった。

 残骸もなく、焼け跡もなく、ただ消えただけ。攻撃範囲の中にいた者は誰一人として生き残らず、唯一の負傷者は彼一人だけだった。それも中指の先端をわずかに失っただけ。治った今では、ほとんど見分けもつかない程度の傷だった。

 毎回、その指先を中学生たちに見せるが、返ってくるのは決まって微妙な反応ばかり。

 死者の数は膨大で、被害は疑いようもなく甚大だ。それでも、あまりにも綺麗に消されてしまったがゆえに、悲惨さを伝える術がなかった。

 平和になったとはいえ、災害や事故は絶えない世の中だ。重い後遺症に苦しんだり、長い苦痛の末に命を落とすよりは、むしろ恐怖を感じる間もなく、死んだことにすら気づかずに逝けたのは、それはそれで救いだったのではないか――腹立たしいことに、そんな声すらあった。


 聞き手は中学生。しかも修学旅行の一環として半ば強制的に聞かされる話となると、関心が薄いのも無理はない。だからといって被害を誇張すれば、今度は宇宙人側の団体から抗議が来る。政府もこの活動を推奨しておきながら、関係を乱すような事態は避けたいらしい。

 結局のところ、この語り部という役目も、形骸的な慣習として続けられているに過ぎないのだ。

 他の被害者がすでに亡くなった今、語れる者は彼ただ一人だけ。いずれ、この役目も終わりを迎え、そして戦争は教科書の数ページにしか残らないのだろう。さらに時が流れれば、『宇宙人は兵器など使用していなかった』と書き換えられるかもしれない。

 現に今も、陰謀論としてだが、そう主張する者は少なからず存在する。

 もし本当にそうなったら――それはあまりにも悔しく、そして恐ろしいことだ。


「なら……もう構うものか……!」


 老人はかっと目を見開いた。そこには、これまでとは違う決意の光が宿っていた。


 そして当日。迎えの車に乗り込み、彼は市役所へと向かった。談話室には、すでに中学生たちが集まっていた。体育座りで、それぞれ小声で話している。笑い声が漏れ、緊張感はない。

 部屋に入ると、どこか事務的で形ばかりの拍手で迎えられた。

 老人はゆっくりと歩き、用意された椅子に静かに腰を下ろした。


「えー、あれは夏の日だった――」


 毎年変わらぬ語り口。言い出しの調子も、間の取り方もすべて体に染みついている。目の前の中学生たちは初めて聞くはずだが、すでに退屈を予期しているらしい。下を向いたり、頭を掻いたり、あくびを噛み殺したりしている。

 もはや見慣れた光景だった。しかし――。


「開口部から、火の玉が街全体に降り注いだ。建物を、木を、人を、犬を、何もかも区別なく焼き払ったのだ。瓦屋根は次々に爆ぜ、街路樹は瞬く間に巨大な松明へと化した。人々は自分の体についた火を消そうと、けたたましい悲鳴を上げながら走り回った。髪が燃え、服が燃え、まるで人間そのものが火の玉になったかのようだった。また、砕けた瓦やコンクリート片が降り注ぎ、直撃を受けた者はその場で崩れ落ちた。頭を砕かれ、手足を潰され、地面に倒れたままびくびくと痙攣していた。そして奴らは、続々と地上へ降りてきたのだ。逃げ惑う者、何が起きたのか理解できず立ち尽くす者――その背後に回り込み、鉄の槍を突き立てた。槍には返しがついていて、引き抜けば腸がずりずりと引きずり出されるのだ。刺された人々は自分の腹をぺたぺたと触るんだ。あれ……? あれれ? やけにへこんでるなあ。どうしてだろうなあ、と首を傾げていたよ。燃えながら大笑いして踊る女。落ちた自分の目玉を探して地面を這い回る老人。割れたガラスが突き刺さり、ハリネズミのような姿になった女。瓦礫に潰され、手足がまっ平になった人もいた。だが、関係ない。怪我人だろうが、女だろうが子供だろうが、奴らは情け容赦なく八つ裂きにし、踏み潰し、すり潰し――」


 語るほどに老人の喉は熱を帯びていく。声は時折かすれたが、勢いは増すばかりで言葉は堰を切ったようにあふれ出した。

 最初はまったく興味なさそうにしていた中学生たちだったが、すぐに「おや?」と眉を上げ、やがて目を見開き、老人の話を聞き漏らすまいと徐々に前のめりになっていった。

 もっとも、話そのものはほとんど進まず、実のところただ殺戮の情景を延々と語り続けているだけだった。それでも、誰も咳払い一つせず、目を逸らそうともしなかった。

 語れば語るほど、老人の脳裏には細部が克明に浮かび上がり、話はまったく尽きることがなかった。焼け焦げた肉の匂い、幾重にも重なり合う悲鳴。飛び散る血飛沫、パアンと乾いた音を立てて弾ける頭部――。

 老人自身でさえ、これは本当に起きたことだったのではないかと、一瞬錯覚しそうになった。


 やがて中学生たちは声を漏らし始めた。ざわめきは次第に大きくなり、誰もが食い入るように老人を見つめた。

 老人は休むことなく喋り続けた。ついには時間が来て、引率の教師の拍手によって半ば強引に語りは打ち切られた。

 それでも予定時間は大幅に超過していた。万雷の拍手が響いた。老人はぜいぜいと肩で息をしながら立ち上がり、ゆっくりと片手を上げて応えた。

 その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。


「ありがとうございました!」

「すごかったです!」

「また聞きたいです!」


 口々に感想と礼を投げかけながら、中学生たちは部屋を出ていった。興奮気味のざわめきは廊下へと流れ、遠ざかってもなお絶え間なく届いていた。

 最後に残った引率の教師が、にこやかに手を差し出した。


「いやあ、素晴らしいお話をありがとうございました! 生徒たちにもいい刺激になったようです」


「いやあ、はは、どうも」


 老人は苦笑しながら、その手を握り返した。


 どうせあと何年かで寿命を迎える。それなら捏造だろうが何だろうが、奴らの非道を思いきり語ってやろうと思ったのだ。実際、奴らが虫を潰すように大勢の命を奪ったのは事実なのだから。

 ……しかし、この教師はまったく気づいていないのか。途中で止められるどころか、むしろ聞き入っていたように見えた。まあ若そうだし、『自分が知らないだけで、一部ではそういうこともあったのか』とでも思ったのかもしれん。


「本当にいい鼓舞になりましたよ」


 教師は腕を組み、満足げに頷いた。


「最近の子供たちはどこか腑抜けていて熱量が足りないんです。でも今日、先祖たちの活躍を聞いて、ずいぶん火がついたみたいですよ」


「は、はあ、活躍……?」


 老人は思わず首を傾げた。

 奴らの蛮行の話だけで時間が尽き、人類の反撃のくだりは一言も語っていないはずだが……。


「ええ、やはり時代は自星ファーストですよ! 植民地なんてものはそれ相応の扱いで十分なんです! 人権だの配慮だのなんだの、甘やかしすぎたんですよ!」


「しょ、植民地……?」


「ええ。いやあ、いい修学旅行になりそうです。そうだ、少しプランを変更しないとな。あの子たちはエリートですからね。将来が楽しみですよ。来年もぜひよろしくお願いします。いや、不老手術を受けていただいて、この先ずっと――」


 いや……いや、いや、そんなはずはない。

 戦争には勝ったはずだ。少なくとも和平条約を結んだはずだ。負けてない。私たちは負けてなど……。私の、私の戦争の記憶は――。


 膝から力が抜け、老人はその場にへたへたと座り込んだ。

 教師は頭の触角を小刻みに震わせながら、なおも熱く語り続けていた。

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