3
城門の中に庭がある。
花、草、小さな川、池……庭というより、小さな森とでも呼ぶべきだな。
「かわいい森ですね!」
「ふふ、ありがとう。花や木は皆で植えたのよ。」
互いに手を取って笑っている。
タルテとドロテア王妃が、だ。
ちなみに、タルテが実は何処かの高貴な姫君なんてことはない。あるのは探偵助手という肩書だけだ……。
「近ぇな……」
成婚記念日に城門が開かれ、凡人までもが招かれる。
民草と手を取り合って国を輝かせる、民草と分け隔てやしがらみがあってはならない。
それがビグマリオン王とドロテア妃のご意志だそうだ。
「あら、国外からやって来たの?」
「そうなんです、それを聞いたら皆さん順番を譲ってくれて、お菓子までくれたんですよ!」
「この国、お菓子だけじゃなくてご飯もおいしいから、是非食べていってちょうだい。」
小市民と王妃が手を取り合ってメシの話とは……にしても、神の祝福で人に成った元石像には見えないな。
さっきから見てたが、動きが自然すぎる。どう見ても生きてる人間のそれだ。
動く石人形の可能性は少なそうだ。まぁそれは冗談半分として、石像をバラして糸で釣って傀儡よろしく動かしてる線は消えたな。
「シャーリー先生!
シャーリー先生もお祝いしましょうよ!」
「あら、そちらの方もこの国は初めてなの?」
タルテが手を振って大声でこちらを呼ぶ。それにつられる様に妃まで手を振ってきた。
周囲に人がいない訳じゃないのに……ったく。
「あぁ、王妃様……この度は御成婚10周年おめでとうございます。」
適当な文言が思い付かず、取り敢えず跪いてみる。
「まぁ、そんなに畏まらないで。
私達の事をお祝いしにわざわざ遠くから来てくれたのだから、貴方達は立派な客人です。
だからどうか、どうか頭を上げて、立ってちょうだい。」
手を差し伸べられた。
「貴女様の寛大なお心に感謝を。」
断るのも不自然なのでその手を軽く取り、立ち上がる。
「私と、ビグマリオン王が愛しているこの国を、楽しんでちょうだい。」
心からの願い、とでも言えばいいのか。その目は子どもに向けているそれと同じものだった。
「危ないですよ!降りてください!」
タルテの声だった。
声はいつも大きいが、今回のそれは一際で、何より緊迫していた。
「ディーティー、何しているの!」
王妃の視線の先、そこには彼女の息子。いつの間にか子どもが今にも折れそうな木の枝に登ってこちらに手を振っていた。
下は池、浅いとはいえ子どもが溺れるには十分だ。
王妃が走り出すより早く、そして速く走り出す。
枝がたわみ、バキバキと嫌な音がする。
「待て待て待て待て!」
池までまだ5歩。
あと5歩、5歩頑張ってくれ。あと4歩、3歩、2……バキッ!
子どもの体重に耐えきれず、枝が折れる。
池まであと1歩と少し。手を伸ばすが間に合わない。
「間に合いました!」
いつの間にか俺より先に走っていたタルテが躊躇い無く池に足から飛び込み、落下寸前で背中を反らしてキャッチ。
「あ、意外と深い、あと滑ります!」
だが腰まで浸かった体が沈み、子ども諸共に背中から水面に沈んでいく。
「任せました、シャーリー先生!」
沈む寸前、子どもを投げて自分は沈んでいった。
「おい何やって!…………」
子どもが宙を舞う中、何とか無事保護。
だが水面を見ても浮いてこない。
こうなるとマズイ、時間との勝負になってくる。
子どもを置いて今度こそ飛び込もうとしたその時、あり得ない光景が視界を占拠した。
豪奢ではないが丁寧な作りのドレス姿の誰かが水に飛び込んでいく姿だ。
見覚えがあるな。そう、ちょうどさっきまで話していた王妃様そっくりの…………。
「お止めくださいドロテア様!」
男の声が後頭部から響く。
どうやら王妃様ご本人らしい。
「タルテちゃん、タルテちゃん!…………見つけた!」
ずぶ濡れになりながらも水底に手を伸ばし、そして水面からタルテの顔が現れた。
「タルテちゃん!タルテちゃん!息をして!」
髪までずぶ濡れ。焦燥した表情は先程までの王妃様とは別物だった。
「ぷふぁあ!ビックリしました。あ、シャーリー先生ナイスキャッチです。
あ、王妃様、助けてくれてありがとうございます。」
タルテはと言えば子どもを見て安堵し、助けてくれた恩人に例を言う始末。どうやら無事らしい。
「おい、王妃様とお嬢ちゃんが池に落ちたぞ!」
「手を貸せ!」
「拭くもの、拭くもの持ってこい!」
「火だ!家からありったけ薪持ってこい!」
「嬢ちゃんの着替え、着替えも要るぞ!」
周囲で見ていた群衆が火の入った油みたいにカッカし始めた。
「風呂の用意をせよ。王妃様と客人の分だ。」
「皆の衆、落ち着け!」
「本日のお目見えは悪いが中止とさせてもらう。」
「王子、こちらへ。」
「ドロテア様、すぐに湯浴みを。」
「そちらの方も、どうぞこちらへ。」
城の連中も負けず劣らず動き出す。
あれよあれよと言う間にタルテは民衆の持ってきたタオルに覆われ包まれて。
王子は中々強引に手を引かれて城の中に消えて。
妃は付き添われて同じく城の中へ。
俺は城の一室に案内された。
古い豪華な装飾に飾られた部屋。
ソファの座り心地も悪くない。
目をつぶり、思い出す。
中々面白いものが見れた。
タルテのボール姿も傑作だったが、それ以上のものがあった。
王妃様ともあろうものがずぶ濡れになるのを承知で池に飛び込んだ。
間違っても村娘じゃない。
高貴な、しかも神の祝福を受けて人に成ったとされる御方だ。
それが必死な顔をして、周囲の目も気にせず人を助け、無事と知ると安堵していた。
王妃らしくない。
神の祝福を受けた石像らしさ……は知らないが、そういう風にも見えない。
なにより、握手をした時、石の感触じゃなかった。
あれは、間違いなく人間のそれだった。
さて、問題だ。
ドロテア妃が人間だとしたら、神の祝福はあったということになるのだろうか?
いや、そんなことはない。
彼女がもし、初めっから石像なんかじゃなかったら、最初から人間って考えるほうが奇跡や祝福なんかより、よほど自然だ。
筋は通る。だが、それは何のため?
「お待たせしました!」
思考を邪魔する様に、悩みと無縁な能天気な声が扉を開けてやって来た。
「大丈夫だ、もっとゆっくり…………ごきげんよう。」
そこにはきらびやかな服を着た少女がいた。
タルテと間違えた。王族相手にタメはマズイな、最悪処刑か?
「他人行儀は止めてくださいよ!私はタルテですよ、タルテ!先生忘れましたか⁉」
……声がする。タルテの何も考えてない様な…失敬晩飯の事しか考えてないような声が目の前のお嬢さんから聞こえる。
「あぁ、お待ちになって下さいまし。」
後ろから老婆が追いかけてきた。
「あぁ、貴方様がタルテ様の仰る『先生』で間違い御座いませんか?」
「ん、あぁ、その通り…私がシャーリーです。」
「ご都合が良ければ、ご足労願えませんでしょうか?」
老いてはいるが良い物を着て、何より気品がある婆さんがペコペコ俺に、しかも申し訳なさそうに頭を下げてる。
あー、悪い予感しか無いな。
「あー、ソレ、アンタが呼んでるわけじゃないよな、ちなみに誰が、何処へ?」
「ビグマリオン王が、玉座の間へ。」
予感的中だ。
「何か……やらかした、か。」
キャッチした時、結構荒っぽくやっちまったからな……ズラかるか。
「いいえ、滅相もない!王子を助けたお礼をしたいと仰せつかっております。
『本来はこちらから出向きたいが先刻の王妃の振る舞いに加えてそちらに向かう訳にもいかない、だから足を運んでほしい。』とのことでしたので……」
婆さんが恐縮していた理由が解った。
「なるほど、自分で言うのもなんだが恩人に足を運ばせるってのはキッツい。そんな顔にもなる。婆さんも大変だな。
大丈夫だ、行こう。」
「ありがとうございます。」
ただでさえ小さな体をさらに小さく折る。悪いな婆さん、別にアンタのためじゃない。
王妃様とは話した。けど王様と話すのは未だだったからな、ここで存分に探らせて貰うぜ。




