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これは、むかしむかしの、本当にあったかもしれない愛のお話。
市場が活気に満ちている。
羊肉の串焼きを焼いている匂い。ここぞと商品の名を叫ぶ商人。焼きたてのパンの匂い。笑う子どもの声。絞ったばかり果汁の匂い。他愛もない会話をする人々の声。
「美味しそうな匂いですね!」
快活な少女は金髪を陽光に輝かせ、それ以上に屋台の美味に目を輝かせていた。
「タルテ君、お前さんは食べ物のことしか考えていないのかい?」
それを見て、思わず呆れ顔を浮かべてしまう。
「今はそうです!だってこんなに美味しそうなものが沢山あって、考えないのは失礼じゃないですか!」
「素敵な踊り子が沢山居て、それを見ないってのは、無粋じゃないのか……」
「もちろん、そっちも見ます!
でも見る間は口が寂しくなるので、そこに食べ物を……という知的判断です。シャーリー先生の真似です。そこの素敵なおじさん、その大きい飴下さーい!」
「お、俺かい?お上手だな嬢ちゃん。ほら、一番大きいのだ、持ってきな!」
露骨なお世辞だが、少女にかかればそれは殺し文句になるらしい。
飴屋の男は飾られていた飴の中でも特に大きなそれを気前良く笑顔で手渡した。
「ありがとーございます!あ、そこの素敵なお姉さん、串焼き2本貰えますか!」
飴を指に挟みつつ次の獲物をロックオン……やれやれ、目的を忘れているらしい。
「繁盛してるみたいだね奥さん。」
素敵なお姉さんに声をかける。
「お陰様でね、書き入れ時さ!はい、そこの娘ちゃん、チーズはかけるかい?」
笑顔でチーズの塊を見せつける。
「うわぁ、たっぷりお願いします!」
目を輝かせていた。
「あいよ!はい、王様とお妃様の成婚10年を祝って大盤振る舞いの大サービスだ!」
「にしても驚いたよ、王様の結婚記念日とはいえ、ここまで派手に祝うなんてね。」
町はお祭り騒ぎ。出店が街道を埋め尽くし、昼間なのにあちこちで酔っ払いの笑い声、どこもかしこも人だかりで馬車は通行を規制されている。
「あぁ、あんたら他所から来たのかい?じゃあ10年前の女神様の祝福を知らないのも無理はないか。」
火で炙ったチーズの塊の表面を、焼き立ての肉で掬うように撫でる、すると焼けた肉の表面が黄金色のチーズで覆われた。
「うわぁ…………」
「祝福?」
チーズをうっとりした表情で見ている隣のヤツとの温度差を感じつつ、知らない体で本題に切り込む。
「そうさ、今日はビグマリオン王とドロテア妃の結婚10周年。そして、石像だったドロテア様が女神様の祝福を賜って人になった日でもあるのさ。」
それは11年前のこと。
この国の現国王、当時はまだ王子だったビグマリオンは見目麗しく、王の才覚と妃の人徳を継いだと謡われ、巷でも評判だった。
そんな彼は年頃になり他国の姫君との婚姻が囁かれていた……のだが、ある日を境に塞ぎ込む様になってしまった。
曰く、愛していた姫君と死別したとか、あるいは、どこかの性悪な姫君に手酷い目に遭ったとか。
噂の真偽はともかく、彼は部屋の窓と扉、そして心を閉ざしてしまった。
そして、唯一部屋への出入りを許されていた世話係の婆やが、あるものを見たそうだ。
『石像』
石の塊を一心不乱に削り、彼は一人の、己の理想の女性を石に刻んだ。
名を『ドロテア』と言った。
石像のドロテアを彫った後、徐々に徐々に、彼は部屋から出て来るようになった。
だが、彼は変わってしまった。
ビグマリオン王子は血肉の通った姫君に目も暮れず、来る日も来る日も石像のドロテアに愛を囁き続けた。
ある時はその日収穫したばかりの果実を渡し、ある時は金銀宝石の見事な装飾で石の体を飾り、ある時は書物を読んで聞かせ、ある時は花を贈り、ある時は風邪を引いたと言って医者から貰った風邪薬を渡して暖かい毛布をかけ、ある時は仕立て屋にドロテアに相応しいドレスを作らせた。
王と妃と臣下達はその有様を嘆き、民草も悲しんだ。
他国の姫君達はそんな奇怪な振る舞いをする王子を気味悪がり、次第に声がかかることも無くなった。
この国に未来は無いと言われるようになった。そうして1年経ち、それは起きた。
「女神より祝福を賜った!」
ビグマリオン王子が早朝、城中を駆け回って叫んだ。
それを聞いて飛び起きた王は遂に乱心したと嘆き、妃は悲しんだ。が、その声の主の傍らに居る者を見て、言葉を失った。皆が言葉を失った。
ドロテアがいた。
石像の冷たく堅いそれではなく、紅い頬に柔らかな四肢を持った暖かいドロテアがそこにいて、ビグマリオン王子と共に歩いていた。
石像が人になったのだ。
「私の愛は女神へと伝わり、ドロテアを人にするという祝福を賜った!
そして女神は仰った!
『汝が妻に愛を捧げるが如く、国に愛を捧げよ。さすればこの国は栄える』と!
私は決めた。我が父王の後を継ぎ、我が妻ドロテアを愛するが如く、この国を愛すると!」
その宣言から10年の間にビグマリオンは戴冠し、今やこの国の王となった。
民と臣は彼を名君と謡った。そして、そんな王の横には今も妃ドロテアが立ち、王を支えている。
「ビグマリオン様が塞ぎ込んだ時はどうなるかと思ったけど、今じゃすっかり名君さ。
税は安いし、豊作続きで悪党無し!女神様の言った通り、栄えっぱなしで皆大喜び!
このお祝いだって、私ら民の喜びの証なんだから!」
「凄いですね、石像が人になるなんて!」
「その、ドロテア妃ってのは、ご存命なのかい?」
「あったりまえだよ、石に戻ったとでも思ってるのかい?王子と姫だって3人もいるんだから!」
「こども⁉」
おいおいおい、そんな話聞いてないぞ……。
「そうだよ、王と妃によく似た可愛い子なんだから!時間があるなら後で城に行ってみなよ、今日はご家族でお目見えのはずだよ!」
そう言いながら黄金色のチーズをまとった串を2本、タルテに渡した。
「うわぁ、行ってみましょうシャーリー先生!」
あっという間に1本目を平らげ、2本目に取り掛かる間にそう提案された。
「先ずは宿に荷物を置きに行くぞ、話はそれからだ。」
「なんだい、アンタの父さんは学者先生か何かなのかい?」
「娘、いや、この娘は助手だ。そして俺は学者先生なんて洒落たもんじゃない。探偵……いや、言うなれば、探し屋だな。」
ただ、俺が探すのは『真実』っていう面倒な代物限定なんだがな。




