第三王子のノクス
第三王子のノクスは幼い頃から臆病だった。
父である王には七人の子供が居たが、正当な血を引いている者が何人いたかはわからない。
いずれにせよ、ノクスは継承権で言えば三位に位置し本来であれば決して軽んじられる立場にはなかった。
けれど、ノクスは生まれながらに引っ込み思案であり、母の影に隠れてばかりいた。
母が謀殺されてからは乳母の影に。
その乳母がノクスの心を砕くためだけに惨殺されてからは護衛の影に、その護衛が殺されてからは……。
そんな風にして周りの人々が殺されていく内に、遂にノクスの周りで人が死ぬことはなくなったし、そもそもほとんどの人が寄り付かなくなっていた。
継承権こそ三位であるが、当の本人があまりにも臆病すぎる。
かといって担ぎ上げようにも既にノクスの周りに居れば何が起こるかは証明済みだ。
そして、ノクスは配下の者を守ろうともしないのは周りに居た者達の末路を見れば明らかだ。
父王の死後、第一王子と第二王子が血で血を洗う争いを始めた。
そこに野心家であった第五王子も加わり、第四王子はそんな三人と時に協力し、時に対立をしながら関わり、さらに彼ら静観する形で第六、第七王子は距離を取っていた。
そんな中にあり第三王子のノクスは何をしていたかと言えば、自分より四つも年下の粉挽きの少女の下でビクビクと震えるばかりだった。
「今、何か音がしなかったか?」
「粉を引いておりますからね。そりゃ、音くらいするでしょう」
城壁の中とは言え粉挽き小屋で過ごす第三王子など馬鹿にされて当然だ。
言うまでもなく年下の少女にさえ馬鹿にされている。
「もっと真面目に聞いてくれよ。そんな音じゃなくて、もっとこう人間が歩く音だ」
「そりゃ、誰かさんと違って私はこうして働き続けておりますからね」
「違う! 要するに刺客が来たんじゃないかって言っているんだ!」
「そりゃいい。もし来ているんなら、いい加減このどうしようもない臆病者を殺しちまってほしいもんです」
「君! 僕は王子だぞ!?」
「こんな王子がいるもんですかい」
粉挽き少女の言葉はいつだって淡々としている。
ノクスは苛立ちながら少女を罵ったが、彼女ときたら気にした様子もない。
「いっそ平民に生まれたかった」
「そこだけは同情しますがね、王子」
少女は心底そう思っていそうな口調だった。
*
そんな彼らの様子を見つめながら密偵は小さく笑う。
「問題なさそうだ。あの腑抜けが何かをすることなどありえない」
最早、調べる価値さえなさそうな相手だ。
事実、密偵の雇い主もそう考えていたようで、血みどろの争いが激化するにつれて遂にはノクスの下にどの陣営からも密偵は一人も派遣されなくなっていた。
それこそがノクスの狙いであると誰も気づかないまま。
*
新たなる王、ノクスは聡明な事で有名だった。
彼は幼少期から自らの立場が非常に不安定である事を悟り、自我の芽生えと共に臆病者として振る舞うことを続けていた。
母が殺された時も、乳母が殺された時も、護衛が殺された時も……如何なる時も彼は怒りを見せず、却って自らが弱い人間であることを周りに言外に訴え続けていた。
やがて、彼の下には誰一人寄り付かなくなっていた。
それが彼の目的だということに気づく者は一人もいなかった。
「始めは生き残ることに必死だった」
ノクスは後年そう語っている。
「だが、玉座が自らの前に放られた時。私は何故、自分が臆病者を演じていたのかを理解したよ」
三人の王子が政争の果てに死んだ。
三人に巻き込まれる形で日和を決め込んでいた第四王子も死んだ。
静観をしていた二人の王子はノクスが頭角を現した時点で従う道を選んだ。
「結局のところ、自分には牙がないと見せることが一番の武器なのだ」
堂々たる態度で語るノクスの隣で、粉挽きの女が彼にだけ聞こえる声でぽつりと呟いた。
「よく言うよ」
新王の顔が僅かに変わったのに気づいたのは生涯に渡って傍に居続けた友人だけだった。




