呼び水
「僕が思った通り君は天才だよ。なぜそれを隠したりしていたんだい?」
地下修練所に凛とした声が響く。私の兄であるヴァレル・グリモアルドにこう言われた時点で私、アリステラ・グリモアルドの運命は決まっていたのかも知れない。
「僕は確かに気配を消して背後から君に近づいた。グリモアルド家の子弟で最強と言われるこの僕がだ。それなのに君はそれを容易に迎え撃ち、今僕と対峙している。更に僕は君に勝つ手段が見つからないと来たもんだ。」
そもそもなぜ私が1人で鍛錬しているときにヴァレルお兄様が私を襲うのだろう。思い当たる理由は特にない。グリモアルド家のような名家では珍しくないような後継争いも次の当主ははヴァレルお兄様でほぼ確定しているはずなのでありえない。ひとまずなにか返事を返さなければ。
「お兄様だとは気付かず、大変な無礼を致しました。私の実力はそのような過大な評価には及びません。」
持っていた剣をしまいながら私がそういうとヴァレルは長い白髪をかきあげながら微笑んだ。敵意があるのかが全く読めない。
「はっ。君ならそう言うだろうね。今まで実力を隠してきた君なら。」
ヴァレルはそういうと剣で刺突を連続で繰り出した。実力を偽装した私では敵わない程の本気を出してきていることが分かる。
「いいね。これはルイリアやダイナにも防げないだろう。あの二人より君が強いなんて思ってなかったなぁ。君の姉兄だし年上だし。ははっやだな、僕がこんなにお喋りになることなんてなかなかないよ。久々の熱戦に熱くなっているのかも知れない。だけどこれからはそんな澄まし顔ではいれないよ。」
ヴァレルの雰囲気が刺々しいものに変わる。その瞬間ヴァレルの左手に火球が3つ出現した。ヴァレルは基本属性の火、水、風、雷、土魔法全てに適性がありその威力、速度ともに凄まじい。並の人間なら狙われたら即死級の魔法。妹である私がそれを浴びせられる謂れはない。しかも私が偽装していた通りの実力なら既に何回死んでるか分からないほどの本気度だ。魔法まで使われたら私も反撃しなければ死んでしまう可能性もあるだろう。思考をめぐらせているとヴァレルが火球をこちらに放つと同時に私から見て右に駆け出した。修練所の構造的にこの火球を避けると右へ走るしかない。退路を塞いでいるのだろう。ここで右へ避けるとヴァレルの思う壷だ。刹那の思考で本気で対処することに決めた。もうどうにでもなれ。まず土魔法で壁を作りヴァレルの進路を塞ぐ。そして立ち止まったヴァレルの足元の土を泥に変化させる。
「へぇ。やるね。」
ヴァレルが殺気を一切感じさせない目でこちらを見ながら微笑む。瞬間立ち往生するヴァレルを重力魔法で地面へ押しつぶすために右手に魔力を込める。それと同時に左手で同じ大きさの火球を3つ創り、ヴァレルの火球に向かって放つ。爆音とともに砂煙が舞った。その次の瞬間に重力魔法を発動した。しかし手応えはない。避けられたようだが砂煙でどこにいるかは分からない。
「確かに君の才は大きい。僕よりも遥かにね。魔法の才も剣の才もだ。この国で僕より強いのは、父のジェラールとゲオルク家の極剣くらいと思っていたのにこんな身近にいるとはね。でもね一応忠告しておくとこのままじゃ君は最強にはなれない。ジェラールが僕にばかり教育を受けさせたからかな。なにか思考が浅いような感じがあるよ。」
という声が思念で伝わる。ヴァレルのオリジナル魔法だろう。それと同時に後ろから、土を掘るような音がする。砂煙が消えて先程までヴァレルが足を取られていた泥場を見ると穴が空いている。瞬間穴をほって私の後ろに出たと予想した。しかし私の本能が違うと悲鳴をあげる。
上だ!上からヴァレルが剣を振り下ろしてくるのが見える。右手で剣を抜いてそれを受けてから、ヴァレルが次の剣技を繰り出す前に左手で無属性魔法でヴァレルの腹目掛けて衝撃波を打つ。ヴァレルが空中で吹き飛んでいるところの重力魔法を放ち地面に叩きつけ、剣の切っ先を顔に向ける。
「参ったね。説教をしたあとにこんなにコテンパンにされるとは。もう少し手加減してくれても良かったんじゃないか?」
笑いながらヴァレルは言う。やはり目的がわからない。無力化したついでに目的を聞くとしよう。
「なぜお兄様は私を襲うなどという暴挙に走ったのでしょうか。跡目争いは我がグリモアルド家にはなかったはずですが。」
ヴァレルが唖然とした目でこちらを見てからプッと吹き出した。そして笑いながらこう言った。
「違う違う。昨日僕は魔力を完全に感じれるようになったんだ。まぁ魔力鑑定に関する《到達点》に到達したと考えてくれていい。新しい力を試していたら庭の大修練場で訓練するリーズとテオと君を見てね。鑑定してみたんだ。まず目に付いたのはリーズとテオだ。あの年にしてとても美しい魔力の流れを纏っていて2人とも大きな火属性魔法の才能を持っていることが1目でわかったよ。次に君を見てみたんだ。それまでの君の印象は剣も魔法もパッとしない悪く言えば1番才能のない妹だった。だけど君の魔力の流れは異常だよ。あまりにも自然に魔力溶け込みすぎてどの属性にも適正がないかと思うほどだ。しかしよく見れば全属性に対して適性があるじゃないか。驚いたね。これは君が才能を隠していることにほかならない。まさか剣の才も隠しているんじゃないかと思って、隠れて着いてきたのが正解だったね。案の定君は僕以上の剣の才を見せてくれた。魔法の名家と言われるグリモアルド家では僕が1番だと思っていたのにね。これは大きな収穫だよ。そもそも僕はそこまで跡目にこだわっているわけではないし、やれと言われたらやると言うくらいのものだよ。」
幼いころから、違和感はあった。
兄や姉の訓練を見ていて、なぜか“こうすれば勝てる”という動きが頭に浮かぶ。
真似してみたら、できた。しかも、彼らよりもずっと早く、ずっと正確に。
最初は、偶然だと思っていた。
でも、何をやっても私はできてしまう。
歳を重ねるほどに、“私の世界だけ、ゆっくり流れている”ような感覚が増えていった。
そうして私は、確信した。
私は“強くなった”のではない。
最初から、“とんでもなく強かった”のだ。
そして同時に、恐ろしくなった。
この強さを知られたら、兄ヴァレルのように、皇都を離れさせられる。
留学と呼ばれてはいても、それは“囲い込み”に他ならない。
私は誰かの意志で生かされたいわけじゃない。
誰かの仕組みに、きれいに組み込まれるのは――気持ち悪かった。
そして、なにより。
私はまだ、あの街を離れたくなかった。
あの石畳も、訓練場も、兄たちの声も、全部が“まだそこにあってほしい”と思っていた。
「さすがに動揺しているね。君程の実力者を動揺させているのはなかなかに心地がいいよ。さぁここで本題だよ。君の実力を隠すのには協力しよう。――ただし、条件がある。」