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第8話 天恵の儀①

「神の御名において、天恵の儀を始めます」


 白銀の髪を纏った女性の声が神殿内に響き渡る。

 荘厳な調べを奏でる竪琴の音色が、彼女の言葉に華を添えていた。


「私はヘレナ・グレイン。今宵この天恵の儀を取り仕切りをさせて頂きます」


 静寂に包まれていた聖堂内に僅かなざわめきが生じる。

 それもそのはず。

 ヘレナ・グレイン。

 グレインといえば、フォルテス家と同様に、四公爵にあたる家だ。

 そして彼女こそ、そのグレイン家の現当主ヘレナ・グレインその人だった。

 

「グレイン公爵が直々に……」

「神託の才を持つ方ですから、当然かもしれませんが……」


 小声でそんな言葉を交わす貴族たちの姿が見える。

 グレイン家に生まれるものは代々「神託」の力を持った天恵を授かるとされている。

 多少、血筋に影響があると言われる天恵に置いても、その特徴はグレイス家だけのものだった。

 故にグレイン家当主は初代聖女マリー・グレインから連なる「聖女」という称号を代々受け継ぎ、今もなお神と人との橋渡し役を担う役目を担っているのだ。


 そんな彼女に皆が注目を集める中、俺の視線はまた別の方へ向いていた。


 それは祭壇に立つ、しかしヘレナ・グレインではなく、その隣にいる少女に対してだ。

 その少女は、淡い銀色の髪を結い上げ、ヘレナと同様に純白の礼装をまとっていた。

 年齢的に言えば俺と同じくらい。

 ただその凛とした佇まいからは、同年代とは思えない聡明さが感じられた。


「……ソフィア・メティス」


 ついその名を口にする。

 ソフィア・メティス。

 『セレスティア・サーガ』に登場するキャラクターであり、カイルの強力な味方となる少女の名だ。

 ただしメインキャラというわけではなく、あくまでサブキャラとしての活躍が著しかった。

 だが彼女はその立ち位置を飛び越えて、プレイヤーたちからの人気は非常に高い。


 清廉で可憐な見た目と癖のある性格という特徴的な人物像であることも要因の1つだろうが、そんなことよりもプレイヤーたちは彼女の有用さに惚れ込んだのだ。


――是非ともお近づきになりたい。


 勘違いにも聞こえるような欲求が湧き上がる。


 決して邪な気持ちではなく、今後を見据えて……。

 いや、それもまた邪な気持ちなのかもしれないが、彼女と出会えたことはまさに僥倖だった。


「そして天恵を鑑定する者として、こちらのソフィア・メティスが務めます」


 ヘレナの紹介により彼女の名が告げられた。

 その重役を明らかに幼い少女が務めることに、会場内に若干の動揺が走ったが、ヘレナの信頼とソフィアの落ち着いた雰囲気によって、それが表にでることはない。


「それでは儀式を始めます」


 竪琴の音色が高まり、ヘレナの声が神殿内に響く。

 彼女の周囲に立つ神官たちが一斉に杖を掲げ、不思議な光を放ち始める。


「今こそ、神の御名において、天恵を求める者たちよ、前へ」


 貴族たちの間から、次々と十歳の子供たちが中央の広間へと歩み出る。

 俺もまた、父マルクの視線を感じながら、ゆっくりと前へ進んだ。


 すっかり気持ちがソフィアに向いてしまったが、目下の問題は天恵の儀である。

 ここで何を授かれるのかどうかで、人生の難易度が大きく変わるのだ。


 俺を含めた二十名ほどの子供たちが円状に並ばされ、それぞれの前に石造りの小さな台座が配置されていた。

 台座の上には水晶の器があり、その中に透明な液体(おそらく聖水だろう)が満たされている。


「さあ、皆さま。順番に前へ」


 ヘレナの声に導かれ、一人ずつ儀式が始まっていく。

 最初の子供が水晶の前に立つと、ヘレナがその額に軽く触れ、何事かを囁く。

 すると水晶の中の液体が淡く輝き始め、やがて青い光を放った。


 聖堂内の空気が一気に張り詰めるのを感じる。

 今か今かとその時を待っているようだった。


 するとソフィアがヘレナと子供の間に立つ。

 次の瞬間ソフィアの右目が黄金色に輝いた、と思うとすぐにヘレナに向き直る。


「ロイ・アルファスト、貴方の天恵は操炎(そうえん)です」


 ヘレナがそう告げると、聖堂内に拍手が沸き起こった。

 しかし彼の表情は、安堵と同時に不満も見える。

 

 操炎――名前からして炎を自在に操る能力だろう。

 魔法に近い力だろうが、実用性の高い天恵のように思える。


 しかしそれでも彼の思い描いていた理想ではなかったようだ。

 まあ確かに騎士らしいとは言えない力かもしれない。


 それでも儀式は順番に進行していく。

 次々と子供たちが前に出て、水晶に手を置き、天恵を授かっていく。

 「疾風」「硬化」「感応」……様々な天恵の名が告げられるたびに、聖堂内に拍手と祝福の声が響く。


 俺の番は最後から三番目。

 それまでの時間、俺は自分に何が授けられるのか、と言う不安と期待が入り混じった感情で胸が高鳴っていた。

 ふと、ソフィアと目が合う。

 彼女は一瞬、眉を寄せたように見えたが、すぐに無表情に戻った。


 まるで何かを感じ取ったかのような仕草に、嫌な予感を覚える。

 しかし時は進み続け、とうとう次の順番にまで回ってきていた。


「――貴方の天恵は聖盾せいじゅんです」


 その天恵を告げられた瞬間、聖堂内が今日一番に沸き立った。

 皆が一様に天恵を授かった子へ祝福の拍手を送っている。


 対して俺は困惑していた。

 聖盾? そんな天恵に聞き覚えはなかったからだ。

 名前からして、盾を作る力っぽいが、それ以外にも意味があるのだろうか?

 そしてその意味はすぐに分かった。


「なんという幸運か……」

「まさか《《聖》》を授かる者が現れるとは」


 どうやら名前に天恵の価値が現れるらしい。

 原理はよくわからないが、有り難い、とかその辺りの理屈なのだろうか。

 ということは、神と付いた名前ならもっと大変なことになりそうだが。


 しばらくして聖堂が落ち着き、次の子が呼ばれる。

 そしてその次は……。


「アラン・フォルテス」


 そうして俺の名が呼ばれた。

 そしてまた聖堂内にざわめきが広がる。

 チラリと彼らの方へ視線を向けると、好奇や不信など、決して好意的ではない感情が向けられているのを感じた。


 なるほど、アランの汚名は学院内だけに留まる話ではないらしい。

 また一つ、嫌なことを思い知らされた。


 天恵の儀を前に、早速憂鬱な気持ちになりつつ、俺は歩を進める。


「どうぞ、水晶に手を」


 ヘレナからの声に従い、俺は水晶へ手を伸ばす。

 冷たい感触が指先から伝わってくる。

 すると——。


 他の子らと同様に水晶が輝き始めた。

 その光を見て、俺は軽く息を吐く。

 どうやら、最悪の事態にだけはならなさそうだ、と。


 次にソフィアが眼前に立ち、その眼を輝かせ俺を見た。

 やはり見間違えではなかったようだ。

 それこそが彼女の天恵なのだから。


「……え」


 しかしソフィアからそんな声が漏れた。

 今までになかった反応である。


「どうしましたか?」


 すかさずヘレナがソフィアへ問いを投げた。

 ソフィアは一瞬、言葉に詰まり、ヘレナを見上げる。

 彼女の黄金色に輝く瞳には、明らかな戸惑いが宿っていた。


「天恵が……」


 ソフィアは再び水晶を見つめる。

 その行動に、聖堂内の空気が凍りついたように感じられた。

 何かが普通とは違う。それを皆が直感的に理解したのだろう。


 そしてソフィアの指が震える。

 彼女は意を決したように声を上げた。


「……読み取れません」


 一瞬の静寂の後、聖堂内に衝撃が走る。


「どういうことですか?」


 ヘレナが冷静さを保ちながらも、明らかに動揺した様子で尋ねる。

 ソフィアは俺に視線を戻し、瞳を輝かせるが、やはり首を横に振った。


「私にも何が何だか……歪んでいる、滲んでいる?」


 ソフィアが自分の感覚をそう口にした。

 ヘレナも困惑の色を隠せず、聖堂内もすっかり騒ぎが広がっている。


 俺はただ立ち尽くすだけだ。

 一体、自分の身に何が起こっているのか全くわからない。

 この希望に向けた儀式は、俺にとっては地獄行きの儀式だったとでも言うのだろうか。


「天恵がないってことは、人間じゃないってことなんじゃ?」


 その時誰かがそんなことを口にした。

 その言葉が聖堂内に響き渡ると、まるで打ち水のように一瞬の静寂が広がった後、ざわめきが爆発的に膨れ上がる。

 俺はただ、答えのない水晶を見つめるしかできなかった。

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