幕間 これから
聖都から応援が駆けつけたのは、翌日のことだった。
私、ソフィア・メティスは、破壊され尽くした森の惨状を前に、改めて事の重大さを認識せざるを得なかった。
伝書鳩を受け、急遽派遣されたグレイン家の私兵と神殿騎士たちは、目の前の光景に言葉を失っている。
大地は抉れ、木々は根こそぎなぎ倒され、まるで小規模な天変地異でも起きたかのようだ。これが、たった一人の男――龍人ダラゴラスがもたらした力の残滓。そして、それに抗った者たちの、死闘の爪痕。
「ソフィア様、負傷者の皆様は村長の家にて安静にしております。村の防衛線も再構築し、当面は我々が警護にあたりますので、ご安心を」
応援部隊の隊長からの報告に、私は静かに頷いた。だが、心は少しも安らいではいなかった。
あの日、あの絶望的な戦いの後、私以外の仲間たちは皆、深い眠りに落ちていた。
ガルド様もランド・ガリオンも、ダラゴラスとの死闘の果てに深い傷を負い、未だ目を覚ます気配は見られない。
ガルド様は『龍の咆哮』をその身に受けた代償で全身に火傷のような痕が走り、私達の中で最も酷い状態だった。
幸いにも命に別状はないらしいが、これだけの重症が果たして完治できるのか、五分五分とのことらしい。
ランドの方は打撲や擦り傷、切り傷と言った細かな傷が目立つ。後遺症こそないらしいが、やはり『前借』の影響か、回復はすこぶる悪い。
そして二人とは対照的に、アラン様の身体には目立った外傷はほとんどない。
左肩の刺し傷はあったものの、それ以外はゴブリンとの戦闘で負った擦り傷程度。傍から見れば、三人のうち彼が最も軽傷に見えただろう。だが、それ故に彼の状態の異常さが際立っていた。
村長の家に設けられた臨時の病室。その簡素なベッドで眠り続けるアラン様の顔色は、悪くはない。呼吸も穏やかだ。だが、私の『天眼』が捉える彼の内面は、まるで嵐が過ぎ去った後の荒野のように、静まり返り、そして空虚だった。魔力はゼロのまま。生命力も、かろうじて維持されているに過ぎない。
『契約――俺の、十年だッ!!』
戦闘中における彼の宣言。今、この場においてそれを理解するものは私しかいない。
(貴方は、いつもそうだ……)
私は、アラン様の穏やかな寝顔を見下ろしながら、心の中で溜息をついた。
出会ってからまだ日は浅い。だが、この少年はいつも私の予想を、そしてこの世界の常識すらも軽々と超えてくる。
天恵の儀で「読み取れない」とされた時。
魔力操作なしに魔法を使ってみせた時 。
そして、ラーム村でのゴブリンとの戦闘で、付け焼き刃のはずのスキルを派生させてみせた時。
彼の行動は、常に不可解で、規格外だった。
その根源が、未来の力を借り受けるという、常識外れの天恵『前借』にあると知った今でも、彼の全てを理解できたわけではない。
セレナ様と似た「未来を知る」力。
例えそれを持っていたとしても、私が彼のように決断し、行動できる自信はなかった。
特に、最後の選択。
自らの十年分の未来を代償に、あの絶望的な状況を覆そうとした彼の覚悟。
それは、単なる無謀や自己犠牲という言葉では片付けられない、もっと根源的な何か――守るべきもののために全てを懸けるという、強い意志の顕れだった。
「……アラン様の『知識』、そしてダラゴラスという存在」
この重大な秘密を、今、知っているのは私一人だけだ。手帳にこれまでの情報を整理しながら、その重圧に息が詰まりそうになる。
彼が言った十年後の危機。
今回の出来事が直接結びつくかどうかは分からない。
だが思い知らされた。自分の力なんていかにちっぽけであったのかを。
世界を――運命を相手取るには全く及ばないことを。
(……問題が、山積みすぎる)
手帳を閉じ、再びアラン様の寝顔に視線を戻す。
(早く目を覚ましてください。まだまだ貴方には聞きたいことが山程あるのですから)
無意識に、声にはならない決意が胸の奥で形を成す。
アラン様を「補佐役」として、あるいは「保護対象」として見ていたのは、もう過去の話だ。
彼は、私の、そしておそらくはこの世界の運命を覆すための『鍵』を握る、唯一無二のパートナー。
彼が目覚めなければ、私たちが始めるべき本当の戦いは始まらない。
(貴方が目覚めるまで、私がこの場を守り、情報を集め、次の一手を準備する。そして、必ず……)
私は、アラン様の額にかかった金色の髪をそっと払い、静かに決意を固める。
ダラゴラスという絶望的な脅威に、そして定められた破滅の運命に、共に抗うために。
窓の外では、聖都から来た騎士たちが、破壊された森の調査と警戒にあたっている。
ラーム村の静かな一室で、世界が新たな局面へと動き出す、その予兆だけが、重く、しかし確かな手応えをもって、私の胸に満ちていた。




