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悪役貴族のイレギュラー~破滅エンドを覆せ~  作者: 根古
第1章 悪役貴族編

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第65話 全てを懸けて

契約コントラクト――俺の、十年すべてだッ!!」



 世界が、軋んだ。


 色が消え、音が消え、時間の流れすらも捻じ曲がったかのような錯覚。


 俺の意識は、まるで奔流に飲み込まれた木の葉のように、制御不能なエネルギーの渦へと引きずり込まれた。


 熱い。


 身体の憶測、よもや魂と呼ぶべき場所から、灼熱のマグナのような力が噴き出し、全身の血管を、神経を、そして細胞一つ一つを焼き尽くさんとばかりの勢いで駆け巡る。

 感覚が、経験が、そして力が、まるで元からこの身に刻まれていたかのように、全身を満たしていく。 

 今まで行使してきた力など、まるで赤子同然かと思えるほどに。それはまさに桁違いの奔流だった。


「……これは」


 目の前の龍人――ダラゴラスが、初めてその貌に明確な驚嘆の色を浮かべた。


 彼の爬虫類を思わせる黄金の瞳が、俺の身に起きている急激すぎる変化を捉え、わずかに見開かれている。

 これまで絶対者の余裕を崩さなかった彼が、初めて見せる動揺。それこそが、今、俺がどれほど常軌を逸した力を手にしようとしているのかを雄弁に物語っていた。


「アラン様……」


「な、なんだよ、あれ……」


 背後からは、ソフィアの息を呑む音と、ランドの掠れた声が聞こえた。

 一体、彼らの目に俺はどのように写っているのだろうか。

 希望か、はたまた畏れか。


 だが今の俺には、彼らの動揺を気遣う余裕などない。

 

「……ふぅぅぅぅ……っ」


 深く、長く息を吐き出す。


 直感があった。


 今の状態は決して長く持たないこと。

 そして――この力を持ってしても目の前の男を圧倒するだけの力には及んでいないということが。


「行くぞ」


 俺の静かな宣言は、周囲の空気を震わせるほどの威圧感を伴っていた。

 一歩踏み出す。

 ただそれだけの動作が、先ほどまでとは比較にならないほどの速度と力強さを生み出す。地面が俺の足の動きに耐えきれず、僅かにひび割れた。


「……面白い。実に面白いぞ、少年!」


 ダラゴラスの爬虫類を思わせる黄金の瞳が、爛々と輝きを増した。その貌には、もはや愉悦の色だけではない。未知の現象に対する純粋な驚嘆と、そして強者と対峙する喜びのような、獰猛な光が宿っている。


 彼は漆黒の長剣を構え直し、その切っ先を僅かに下げた。それは、相手の力を最大限に引き出し、そしてそれを真正面から受け止めようとする、絶対者の構え。


 敵のこれだけの変化にも対応してくるのは流石という他ない。 

 だが先程までの圧倒的な差は感じられなかった。

 確かに強大だ。だが届かない相手ではない。


「――ハァッ!」


 短く鋭い気合と共に、俺は拳を突き出した。

 狙うは、奴の胸元。

 最短距離を、最速で。


 ダラゴラスもまた、俺の動きに完璧に反応する。

 漆黒の長剣が、唸りを上げて俺の右拳を迎え撃たんと迫る。

 速い。だが、見える。


「強――連撃!」


 漲る力に突き動かされるまま、右の拳がダラゴラスの剣の腹にぶつかる。

 バギンッ! と鈍い金属音と、骨が震えるような鈍い衝撃が拳を襲う。


 しかし終わりではない。


 そして、間髪入れず振り抜いた左拳。

 それは、剣で受け止められた右拳を支点にするかのように、最短距離を、最速でダラゴラスの胸元へと吸い込まれていく。


「――むっ」


 ダラゴラスの貌に、初めて焦りの色にも似たものが浮かんだ。

 俺の左拳が彼の胸元に触れる――寸前、ダラゴラスは信じられないほどの体捌きで、その身を僅かに捻り、俺の拳を空へと逸らした。

 左拳が空を切る。だが、その動きは止まらない。


「まだだッ!」


 空を切った左拳の勢いを殺さず、そのまま回し蹴りへと繋げる。

 風を切り裂く音と共に、俺の右足がダラゴラスの脇腹を狙う。


 その蹴りはドスッ、と鈍い音を立てるも、それはダラゴラスの左腕によって阻まれている。

 まるで鋼鉄の盾にぶつかったかのような感触。


「惜しいな」


 未だ余裕を残すダラゴラス。

 俺は、攻撃の勢いを緩めない。

 ダラゴラスの腕が俺の蹴りを受け止めた瞬間、軸足を強く踏み込み、身体を独楽のように回転させる。遠心力を乗せた左の裏拳が、今度はダラゴラスの側頭部を襲う。


「――甘い」


 ダラゴラスは、俺の裏拳を僅かに身を屈めることで回避し、同時に俺の体勢が崩れる瞬間を狙って、漆黒の長剣を薙ぎ払ってきた。


「空を渡る見えざる流れ、息吹となりて敵を裂け」


 回避のしようがない、必殺のタイミング。


「鋭き刃よ、我が意志に応じて形を成せ」


 だが、それも読み通りだ。


風刃(ウィンドカッター)!」


 空を切った俺の左の裏拳。その開かれた手のひらから放たれた風の刃が、ダラゴラスが剣を薙ぎ払おうとした右腕の軌道を正確に捉え、その手首へと鋭く迫る。


「――ほう」


 ダラゴラスの剣は動きを止め、腕を引き、風の刃をやり過ごす。


 その一瞬の間に、俺は体勢を立て直し、再びダラゴラスへと肉薄する。

 奴に攻撃の隙を与えてはならない。

 主導権を渡してしまえば、一瞬でこの均衡は崩れる。


「強連撃」


 再び拳を振るう。

 しかし先程と異なり、ダラゴラスの右手に握られた漆黒の長剣が、まるで生きている蛇のように滑らかな軌跡を描き、俺の突き出した右拳を的確にいなそうと迫る。

 

 剣先が俺の拳の側面に触れる――その瞬間、俺は拳を開いた。


「――インパクト!」


 開いた掌底から放たれた衝撃波が、ダラゴラスの漆黒の長剣の側面を捉えた。

 キンッ、と甲高い金属音と共に、剣の軌道が僅かに逸れる。

 ほんの僅かな、しかし今の俺にとっては決定的な隙。


「そこだァッ!」


 そのまま左の拳が逸れた剣の死角へ、まるで吸い込まれるように直線を描く。

 ダラゴラスの胸元――いや、先ほどの一撃で僅かに体勢を崩した彼の、ほんの僅かに開いた脇腹へと拳が向かい、


「――見事、だが惜しい」


 そして止められた。

 彼の左腕が俺の左手首を握り締める。

 更にダラゴラスは剣を手放し、拳を握った。

 間違いない、あれがくる。


「――こい!」


 俺の静かな、しかし確信に満ちた言葉が、張り詰めた森の空気を震わせた。 


「面白い」


 ダラゴラスは不敵に笑い、そして右の拳を振り下ろす。


「――崩撃」


 ダラゴラスの右拳が、空間そのものを歪めるかのような圧倒的なプレッシャーと共に、俺の顔面へと迫る。

 それは、先ほど俺とランドを吹き飛ばした純粋な破壊の力。

 まともに受ければ今の俺でも一撃でお陀仏だろう。


 龍人としての絶大な身体能力と、長年培われたであろう武技の粋。

 それが今、俺の矮小な存在を消し去らんと牙を剥いている。


 だが、だからこそ、


「――それを待っていた」


 それを打ち破ることに価値がある。


 俺の唇から漏れたのは、絶望ではなく、確信に満ちた静かな呟きだった。

 この瞬間を、俺は待っていた。この、互いに後戻りできない、至近距離での力の応酬を。




 俺は右拳を握りしめ、ダラゴラスの『崩撃』と寸分違わぬ型で、自らの拳を突き出す。

 いや、正確には型だけではない。力の流れ、気迫、そして技の本質。

 まるで鏡写しのように、俺の右拳はダラゴラスのそれと全く同じ破壊の意志を宿していた。


「なに……?」


 ダラゴラスの爬虫類を思わせる黄金の瞳に、初めて純粋な驚愕の色が浮かんだ。

 互いの技のぶつかり合い。

 この土壇場で、まるでつい先程の遊戯と全く同じ状況になるとは、彼も予想外だったのだろう。


 ――だが、正確には違う。


 俺の天恵『前借』の本質はただ力を借り受けるものではない。

 借りた力を、より短い時間に凝縮すること。

 それこそがこの力の真意だ。


 ――十年分の力をこの一秒に懸ける!


 確信を持って拳を握り、そして振るった。


 ゴウッ、と空気が圧縮されるような音と共に、俺の右拳から放たれたエネルギーは、もはや単なる『強撃』の範疇を超えていた。


 地に轟き、大地を崩し、そして天へと至ったその一撃は、


「――天撃!」

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