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悪役貴族のイレギュラー~破滅エンドを覆せ~  作者: 根古
第1章 悪役貴族編

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第56話 魔導石

「何だと?」


 俺の不注意な呟きに、ガルドさんが目ざとく反応した。

 その鋭い視線が俺に突き刺さる。隣にいたソフィアも、驚いたように俺の顔を見つめていた。


「坊主、お前、これのことを知ってるのか?」


 ガルドさんの声には、いつもの豪快さは潜められ、代わりに底知れないものを見るような、あるいは期待と警戒が入り混じったような複雑な響きが込められていた。ソフィアの大きな青い瞳もまた、俺の言葉の真意を探るように、じっとこちらを見据えている。


「いや……その」


 今更「知らない」と誤魔化せる雰囲気ではない。

 俺はソフィアに目配せしながら、慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「確証はないんですが……以前、フォルテス家の古い文献で、似たような石の記述を見たことがあるような気がするんです。確か……『魔導石』とか、そんな名前だったかと」


 前世のゲーム知識を、都合の良い「古い文献」に置き換える。苦しい言い訳だが、これしか思いつかない。


「魔導石、だと……?」


 ガルドさんは俺の言葉を訝しげに繰り返す。

 ソフィアは何も言わず、ただその光る眼でその石を見つめるばかりだった。


「何か知ってるか、ソフィア嬢」


 ガルドさんの問いに、ソフィアは首を振る。


「いえ、聞いたこともありません――アラン様、この石はどのようなものなのか、その文献には記されていましたか?」


 ソフィアの真剣な眼差しが俺に向けられる。

 彼女はもうとっくに察しているのだろうが、敢えて文献の記述という体で俺の知識を聞き出そうとしているのだろう。その気遣いに感謝しつつ、俺は口を開いた。


「えっと……確か、所有者に魔力を与える効果があって、使い方によっては強力な魔法の触媒になるとか……」


 何とかぼかしつつ、真実に近い事実を述べる。

 『魔導石』、それは『セレスティアル・サーガ』の第二作目に登場するアイテムの一つだ。

 特定の敵を倒すことでドロップするものであり、使用することで使用者のMP上限を永続的に上昇させる、という効果があった。

 要するに強化アイテムの一つである。


 しかしそれはあくまでゲームシステム上の効果。

 ゲーム本編最終盤にて、その石の真実が明らかにされた。


 それはすなわち――この石が、単なる力の源ではなく、古代に封印された「混沌」そのものの欠片であり、周囲の魔力を歪め、生物を凶暴化させ、最終的には世界に大きな災厄をもたらす危険な代物であるということ。

 そして、ゴブリンたちがこれを崇めていたのは、その歪んだ力に引き寄せられ、本能的にその危険な力を増幅させようとしていたからに他ならない、と。


「……アラン様?」


 俺が黙り込んだのを訝しんだのか、ソフィアが声をかけてきた。

 ガルドさんも、腕を組み、険しい表情で俺の次の言葉を待っている。


「いや……その文献によれば、この石は強大な力を秘めていると同時に、非常に危険な性質も併せ持っている、と。周囲の魔力を乱し、時には生物に悪影響を与える――それこそ、魔物をおびき寄せることもあると……書いてました」


「魔物をおびき寄せる……ねえ」


 ガルドさんは顎をさすり、俺の言葉を反芻した。その鋭い瞳は、地面に置かれた不気味な黒い石――魔導石へと注がれている。

  ガルドさんは実際に、この石にゴブリンたちが群がっている場面を目撃しているのだ。 俺の言葉が、彼の体験と奇妙に一致していることに、何かを感じ取っているのだろう。


「だとしたら、この前のゴブリン襲撃も、こいつが原因だったって可能性もあるわけか」


 ガルドさんの声には、冗談めかした響きはなく、真剣な色が滲んでいる。

 ソフィアもまた、ゴブリンたちがこの石を崇めていたというガルドさんの言葉と、アランが語る石の性質を結びつけ、顔を曇らせた。


「……私が見た魔力の歪みもこれが原因なのでしょうね」


 ソフィアは、地面に置かれた黒い石――魔導石へと視線を落とし、静かに呟いた。


「もしアラン坊主の言っていることが確かなら、流石に俺達だけで判断できるもんじゃねえぞ」


 ガルドさんの言葉には、事の重大さを認識した騎士としての責任感が滲んでいた。

 事が事だけに、この話はヘレナ様や、あるいは他の専門家の意見も仰ぐことになるだろう。

 そうなってしまえば、俺の説明の根拠となる文献など無いことがバレるのは必定。

 しかしそんな保身で世界を危険に晒すわけにはいかない。



 ――しかしどうしてこの石がこんなところに。

 魔導石は「混沌」という神性の欠片だ。

 そこいらにおいそれと転がっているものではない。

 それこそ第二作目に出てくる教団関係者が仕掛けたとしか……。


「お、おい、お前ら何の話を……」


 そこでようやくランドが口を開いた。


 それまで俺とガルドさん、ソフィアの間で交わされる緊迫した会話を、ただ困惑した表情で見守るしかなかったのだろう。その赤い瞳には、不安と、そして置き去りにされたような疎外感が浮かんでいる。


「悪いな。ちっとばかし、込み入った話になっちまってな」


 ガルドさんは、ランドの不安を察したのか、いつものようにニカッと笑いかけ、その赤い頭をわしわしと撫でた。

 だが、その表情には、いつものからかいとは違う、どこか真剣な色が滲んでいる。


「この石が、もしかしたらこの前のゴブリン襲撃や、森の奥の気味の悪ぃ魔力の原因かもしれねえってこった。まあ、まだハッキリとは分からねえがな」


「この石が……?」


 ランドは、ガルドさんの言葉に、地面に置かれた不気味な黒い石へと視線を落とした。その小さな身体には、まだ理解しきれない大きな問題に直面していることへの戸惑いが感じられる。


「しかし、これでは悠長にしている場合ではなくなりました」


 ソフィアがハッキリとした声音で言い切った。


 「この石の危険性を考えると、早急に聖都へ持ち帰り、ヘレナ様に対応を仰ぐべきです。あるいは、少なくともこの村から隔離し、安全な場所へ移す必要があるでしょう」


 ソフィアの言葉は、冷静でありながら、事態の緊急性を的確に捉えていた。魔導石が持つとされる危険性、そしてゴブリンたちへの影響。これらを考え合わせれば、


「ああ、もちろん賛成だ。じゃあ一刻も早く――」


 そう言ってガルドさんは語尾を切った。


「どうされました?」


 俺とソフィア、そしてランドがガルドさんに戸惑いの視線を送る。

 そしてそんなガルドさんの顔は、いつにも増して険しいものへと移り変わっていた。


「ったく、早速アランの坊主が言った通りになりやがった!」


 ガルドさんの言葉と同時に、森の奥から、獣の咆哮ともつかない、耳障りで不気味な叫び声が複数、風に乗って聞こえてきた。


「……これは」


 ソフィアの顔から血の気が引き、彼女の右目に淡い黄金色の光が宿る。『天眼』だ。その視線は、叫び声が聞こえてきた森の奥深く、その一点を鋭く捉えている。


「おい、なんだよ今の音……!」


 ランドもまた、本能的な恐怖に顔を強張らせる。

 その手には、修練で使っていた木の棒が固く握りしめられている。


「ゴブリンだけじゃねえな……」


 ガルドさんの言葉に戦慄する。

 

「オーク……」


 そしてソフィアの呟き。

 だが、その一言が持つ意味は、俺たちの背筋を凍らせるには十分すぎるほどの重みを持っていた。

 オーク。ゴブリンとは比較にならない強靭な肉体と凶暴性を持つ、亜人型の上位魔物。

 ゲームにおいては序盤のボスと言って良いほどに強力な相手だ。


「ゴブリンが三体、オークは一体だけか……」


 ガルドさんが小さく呟く。

 そして一つ息を吐いたかと思うと、俺達の方に振り返って口を開いた。


「逃げろ……と言いたいところだが、流石に分が悪い。このままここを通しちまえば村は終わりだ」


 そこで一旦ガルドさんは言葉を区切り、そして俺達の顔を一人ずつ見てこう言った。


「だから――ゴブリンの相手はお前らに任せたい、できるか?」


 その言葉に俺は息を呑む。

 あのガルドさんがそう言うほど切羽詰まっている状況。

 そして同時に俺達に対する信頼もあるのだろう。


 俺は高鳴る鼓動を感じながら口をゆっくり開こうとした。


「はっ、言われるまでもねえよ! おっさん一人でカッコつけんじゃねえ」


 ランドの、歳不相応に不敵な声が、緊迫した森の空気を震わせた。


 俺とソフィアが驚いて彼を振り返ると、ランドは木の棒を肩に担ぎ、まるで手練れの戦士のように、しかしその実、恐怖を隠しきれない震える足で、ガルドさんの隣へと歩みを進めていた。その赤い瞳は、森の奥から迫り来る脅威を睨みつけ、しかし決して逸らそうとはしない。


 これがランド・ガリオンという男なのだろう。

 数多の困難に心を喪い、傷つきながらも、力を追い求めた男。


 単なるモブの俺とは大違いの生き様。

 俺は自分の情けなさを痛感する。


 だが遅れを取るつもりは毛頭ない。


「任せて下さい、一度は倒せた相手、それに今はあの時よりも強いんで」


 精一杯見栄を張る。

 そうでもしないと怖気づきそうだった。


「ハッハッハ、良いじゃねえかお前ら!」


 ガルドさんが嬉しそうに笑う。


「……くれぐれも油断なさらないよう」


 そしてソフィアが俺達を嗜めるように背後に立った。

 その表情を見れば分かる

 彼女も覚悟を決めた顔だ。


 森の木々を震わせる異形の咆哮が、三者三様の覚悟を飲み込むように、すぐそこまで迫っていた。

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