第52話 修練と天恵
特級冒険者ダラス・エリオットの捜索については、一旦保留状態となっていた。
何せ行先が聖域外の森の中である。何の準備もせずに立ち入るには危険が大きすぎたからだ。
ガルドさんら従者が帯同している以上、そこらの魔物に遅れを取ることはないだろうが、グレイン家の使者として来ている立場上、ソフィアや俺の安全が最優先されるのは当然であり、無謀な行動は許されるわけもない。
故に現状は、ダラスの帰還を待つ。または、彼がラーム村周辺に残したかもしれない僅かな手がかりを先に探る、という方針に落ち着いていた。
「ランド坊主、足腰がふらついてるぞ!」
そして俺達は、案の定ガルドさんの手厚い指導という名の扱きに励んでいたのだった。
ラーム村の村はずれ、以前ランドが一人で修練に励んでいた木立の開けた場所。そこが、俺たちの新たな訓練場となっていた。
数日前とは打って変わって、俺の身体は驚くほど軽く、身体のキレも自覚するほど良いものだ。
だが、つい張り切ってガルドさんに見せびらかしてしまったが最後、こうして過酷な修練に明け暮れる羽目になってしまった。
もっとも、ソフィアからは「力の使いすぎにはくれぐれも注意を」と、何度も釘を刺されているが。
「アラン坊主もだ! 踏み込みが甘い! そんなんじゃ、『強撃』の威力も半減だぞ!」
すかさず檄が飛ぶ。
「くっ……!」
俺は歯を食いしばり、ガルドさんの檄に応えるよう、更に強く地面を踏みしめた。
右拳に意識を集中させ、腰の回転を意識して――しかし、やはりあの時のゴブリンを打ち倒したような、身体の芯から力が湧き上がる感覚は再現できない。ただ、以前のように空を切る虚しさではなく、確かな衝撃波のようなものが拳から放たれている手応えはあった。魔力が戻った影響だろうか、あるいは、この数日の基礎訓練の成果か。
「ちっ……!」
隣では、ランドが悪態をつきながら、同じように『強撃』の型を繰り返している。
彼の動きは荒削りだが、その一振り一振りに込められた気迫は凄まじい。まるで獣が獲物に襲いかかるような獰猛さ。
ガルドさんが彼を「面白いモンを内に秘めてやがる」と評したのも頷ける。
ただ、その強すぎる気迫が仇となっているのか、彼の拳は力みすぎているように見えた。それでは、本当の意味で威力は乗らないだろう。
「ランド坊主、力みすぎだと言ってるだろうが! もっと肩の力を抜け! 『強撃』はな、力任せに殴りつける技じゃねえ。全身のバネを使って、一点に威力を集中させるんだよ!」
ガルドさんの的確な指摘が飛ぶ。
ランドは「うるせえ!」とでも言いたげな顔でガルドさんを睨みつけるが、それでも素直に指示に従い、肩の力を抜こうと試みている。
彼もまた、この数日間のガルドさんの指導で、その実力を認めざるを得なくなっているのだろう。もっとも、その態度は相変わらず反抗的だが。
少し離れた木陰では、ソフィアが静かに俺たちの訓練の様子を観察していた。その手には革表紙の手帳と羽根ペンが握られており、時折何かを書き留めている。
「よし、アラン坊主! 次は実際に目標物を叩いてみろ! 以前お前が殴りつけていた、あの太い木だ!」
ガルドさんは、ランドが修練で使っていた大木を指差した。
俺は頷き、木の幹と向き合う。
深呼吸を一つ。魔力は戻った。体調も良い。
だが、「前借」の天恵は使わない。
あくまで、今の俺自身の力で、どれだけの威力が出せるか。
再び『強撃』の型を取る。
踏み込み、腰の回転、そして――
「――強撃ッ!」
掛け声と共に、右拳を木の幹へと叩きつけた。
――ドゴンッ!
鈍い衝撃音と共に、確かな手応えが腕に伝わる。
木の幹はびくともしないが、表面には僅かな亀裂が走り、木の皮が少しだけ剥がれ落ちた。
あの時、ゴブリンを打ち倒した『強撃衝』のような破壊力はない。だが、以前、ただ空気を殴っていた時とは比べ物にならない威力だ。
「……よし!」
思わず拳を握りしめる。確かな成長を実感できた。
「ほう、なかなか様になってきたじゃねえか、アラン坊主! 魔力が戻った影響もあるだろうが、それだけじゃねえな。ちゃんと身体が『強撃』の理合を理解し始めてる証拠だ」
ガルドさんが満足そうに頷く。
その言葉に、俺の胸は高鳴った。
「お、おい! 俺にもやらせろ!」
俺の成果を見て、ランドが焦ったように声を上げた。彼は俺を押し退けるようにして木の幹の前に立つと、見様見真似で『強撃』の型を取り、力任せに拳を叩きつけた。
――ドゴッ!
俺よりもやや乾いた音が響く。ランドの拳も確かに木の幹にめり込んではいるが、衝撃は浅く、表面を少し凹ませた程度だ。
「くそっ! なんでだ……!」
ランドは悔しそうに自分の拳を見つめている。
彼の身体能力は俺よりも高いはずだ。だが、スキルというものは、単純な腕力だけでは決まらない。
「だから言っただろうが、ランド坊主。力みすぎなんだよ、お前は」
ガルドさんが、やれやれといった表情でランドの頭を軽く叩いた。
「午後からは調査に帯同して頂きますので、あまり無理はなさらないように」
遠くからソフィアの応援? が飛んでくる。
その声に、ガルドさんは「へいへい、分かってるっての」とでも言うように片手をひらひらと振ったが、その顔はまだ指導者の熱を帯びたままだった。
「……天恵については何か掴めそうですか?」
ソフィアは俺個人に対してそんな質問を飛ばしてきた。
俺は小さく首を振る。
「いや、正直実感は何もない。多分、今の自分にできないことをやろうとすると出るんだろうけど……」
流石に実験で試すにはリスクが大きすぎる。
また一ヶ月間の『返済』期間が待ち受けてるかもしれないのだ。
「ああ、そういえば、アラン坊主の天恵が分かったんだってな」
後ろからガルドさんの声が聞こえてくる。
「でも癖のある天恵なんだってな」
「まあ、そうですね」
俺は肯定する。
するとガルドさんは相変わらず楽しそうな声音のまま続けた。
「まあ、天恵なんて二の次だ。スキルを磨けばそんなの関係ないんだからな」
そう言ってガハハと笑うガルドさんに思わず苦笑した。
何だか悩んでいるのが馬鹿らしく感じてしまう。
そこで、ふと、俺は疑問が浮かんだ。
「そういえば、ガルドさんの天恵って?」
作中には出ていなかった……はずだ。
ガルド・ハインツというキャラクターは、操作キャラではなかったため、ゲーム的な知識はあまり通用しない人物だった。
本編においても、基本的に拳でなんとかする描写が多かったし……。
「おう、坊主、良いところに気が付いたな。まあ言うより見たほうが早えだろうから――ソフィア嬢、俺に魔法を打ってみろ」
「は?」
あまりの唐突な言葉に流石のソフィアも唖然としていた。
「いいからいいから」
ただ悪ふざけでそういうことを言う人ではない。
ガルドさんの言葉に従いソフィアは両手を前に出し詠唱を始める。
「……分かりました。では、失礼します」
ソフィアは短く息を吸い込み、意識を集中させる。
「奔流する青の飛沫、万物を映す水の鏡、形なきより形を成す潮の力よ、吾が掌に集いて渦巻け、水球」
ソフィアの詠唱と共に、彼女の掌に小さな水の玉が生まれ、瞬く間にバスケットボールほどの大きさにまで膨れ上がる。
そうして放たれた水球は、唸りを上げてガルドさんへと一直線に飛翔した。
だが、ガルドさんは避けるでもなく、防御の構えを取るでもなく、ただ仁王立ちになったまま、ニヤリと笑みを深めただけだった。
「見てろよ」
水球がガルドさんの屈強な身体に命中する――その寸前。
ガルドさんは拳をその水球に叩きつけた。
たちまち水の玉は霧散し、辺りに飛び散る――ことはなく、そのまま消失した。
「……な」
アランと俺の驚愕の声が重なる。
流石のソフィアは事前に知っていたのか、呆れた目でガルドさんを見ていた。
「これが俺の天恵『魔断』だ。端的に言えば、魔力を断つ力だな」
ガルドさんの言葉に、俺とランドは完全に言葉を失っていた。
魔法を……断つ?
目の前で起こった現象は、まさにその言葉通りだった。ソフィアが放った水球は、ガルドさんの拳に触れた瞬間、まるで最初から存在しなかったかのように霧散した。爆発も、水飛沫すらも上がらない、完全な消滅。
「つっても魔法を無力化できるわけじゃねえし、不意打ちを食らえば当たり前にダメージを受ける」
ガルドさんの説明を聞く限り、万能というほどの力ではなさそうだった。
あくまで自分の意思で魔法を防ぎたい、という時に発動するものなのだろう。
まあ、それでもいざという時は強力な武器ではある。
「ってことで、俺の天恵も戦闘技術には直接関係してこねえもんってことだ」
そう言ってガルドさんは俺の背中を叩いた。
天恵に頼りきりになるのではなく、自身の技を磨き上げることの重要性。
ガルドさんの言葉には、そういった意味が込められているように感じられた。
「……」
ランドは、先ほどまでの反抗的な態度はどこへやら、ただ呆然とガルドさんを見つめている。
彼もまた力を貪欲に追い求める者。
ガルド・ハインツという男の生き様はまさしく憧れそのものなのだろう。
ただ無粋な話だが、ランド・ガリオンの天恵は、それこそ戦闘に特化したものだ。
その天恵があるからこそ、彼は作中最強の攻撃力を持つことになる。
果たして、一年後に待ち受ける天恵の儀で、彼が天恵を授かった時。
その強大な力が、彼の激しい渇望と結びついた際に、彼は一体どのような道を選ぶのだろうか。ガルドさんのように、力を制御し、正しく導くことができるのか。それとも――。
――いや。
俺はそこまで考えて息を吐いた。
何でもかんでもゲームどおりにいかないことは既に実証済みだ。
きっと、良くも悪くも運命は変わるのだろう。
俺はそこでできることをするだけなのだ。




