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悪役貴族のイレギュラー~破滅エンドを覆せ~  作者: 根古
第1章 悪役貴族編

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第50話 手がかり

「ってことで、新しい俺の弟子だ」


 ガルドのその言葉は、まるで決定事項を宣言するかのように、森の静寂を破って響き渡った。


 対して目の前にいるのは、いつもの無表情……いや、呆れ返っている様子のソフィアがいる。

 人が仕事をしている最中、この男はいったい何をしているのか。その整った顔には、はっきりとそう書いてあった。


 実際、ソフィアは祠の調査から戻ってきたばかりで、その手にはまだ調査に使ったのであろう羊皮紙が握られている。


「……それで?」


 それだけ言って俺を睨みつけるソフィア。

 奔放なガルドさんに変わって状況を教えろ、と言わんばかりだ。

 俺は苦笑を浮かべつつ、俺はソフィアに駆け寄る。


「……一旦、ガルドさんの件は置いておいて」


 一つ前置きを告げておく。

 そう言うとソフィアの視線が少し冷静を帯びた。


「実はあの子も、俺の知識に関係する人物なんだ。それも、かなり重要な」


 俺はソフィアにだけ聞こえるように、声を潜めて付け加えた。

 ソフィアの整った眉が、ピクリとわずかに動く。彼女の大きな青い瞳が、俺と、そして少し離れた場所で警戒心を解かないランドとを交互に見比べた。その視線には、驚きと、そしていつもの冷静な分析の色が浮かんでいる。


「なるほど……重要な、ですか。貴方の『知識』における重要人物といえば、それはセレスティア王国の危機に関わるということでしょうか」


 ソフィアの声もまた、周囲に配慮するように低く抑えられている。

 だが、その問いは核心を突いていた。彼女の聡明さは、俺の曖昧な言葉の中からでも、重要な情報を的確に嗅ぎ当てる。


「……そうだな、ある意味で『鍵』となる存在だ。良くも悪くも、多くの人々の運命に、そして王国の行く末に大きな影響を与えることになる」


 俺は、ゲームにおけるランド・ガリオンの破天荒な活躍と、その強大な力、そして時に敵として立ちはだかった際の絶望感を思い出しながら、慎重に言葉を選んだ。


 彼が「狂戦士」として覚醒し、魔王軍に匹敵するほどの破壊力を見せること。

 そして、その力が使い方を誤れば、王国にとって大きな脅威ともなり得ること。それらを直接的に伝えるわけにはいかないが、彼の重要性だけは理解してもらう必要がある。


「『鍵』……。それは、先日話していた救世主レオン・アルディとはまた別の意味で、ということですか?」


 ソフィアの問いは鋭い。

 レオンが「光」の主人公なら、ランドは「影」の主人公とも言える存在だ。二人は対照的でありながら、物語の根幹を成す重要な両輪だった。


「そうだな……レオンが道を切り開く『剣』だとしたら、ランドは……全てを薙ぎ払う『嵐』のようなものかもしれない。扱いを間違えれば、味方すら巻き込みかねないほどの、な」


 俺の比喩的な表現に、ソフィアは顎に指を当て、深く思案するような表情を見せた。

 その間も、ガルドさんは「おうおう、何やら二人でこそこそと。まあ、若いってのはいいこった!」などと茶々を入れているが、俺たちはそれを無視する。


「……分かりました。貴方のその『知識』が真実であるならば、彼、ランド・ガリオンもまた、我々が注視すべき人物の一人ということになります」


 やがてソフィアは顔を上げ、一つの結論に達したように静かに言った。その瞳には、新たな情報を得たことによる緊張感と、複雑な状況を分析しようとする研究者のような光が宿っている。


「祠の調査も重要ですが、彼との接触もまた、無視できない要素となりそうです。……ガルド様」


 ソフィアは、不意にガルドさんへと向き直った。


「その『新しい弟子』の話、詳しく伺ってもよろしいでしょうか」


「おう、ソフィア嬢も興味津々じゃねえか!」


 ガルドさんは、ソフィアの真剣な問いかけに、待ってましたとばかりにニカッと歯を見せた。その瞳には、良い玩具を見つけた子供のような楽しげな光が宿っている。


「まあ、まだ俺様が一方的にそう思ってるだけだがな! この赤髪の坊主、見てくれは貧相だが、なかなかどうして、面白いモンを内に秘めてやがる。特に、あの無我夢中で棒切れを振り回す姿! まるで、飢えた狼が獲物に食らいつくみてえな、獰猛な気迫があったぜ!」


 ガルドさんは、ランドの先ほどの修練を思い返すように、満足げに頷く。


「――誰が弟子だ、ふざけんな!」


 その言葉に、今まで黙って警戒していたランドが、ついに堪えきれないといった様子で鋭く吠えた。木の棒を握りしめる手に、さらに力が入る。その赤い瞳は、ガルドさんを射殺さんばかりの勢いで睨みつけていた。


「俺は誰の指図も受けねえ! あんたみてえな胡散臭いオッサンなんかに、教わることなんざ何もねえよ!」


「がっはっは! 胡散臭いオッサン、か! 言ってくれるじゃねえか、威勢のいいこった!」


 ランドの敵意剥き出しの言葉にも、ガルドさんは全く動じる様子を見せず、むしろ楽しそうに喉を鳴らして笑う。

 本当に大丈夫なのか、と言いたくなる様子だが、ガルド本人はどこ吹く風だ。その太々しいまでの態度は、ある種のカリスマ性というべきか。


 ソフィアも彼らのやり取りを冷めた目で見ていた。


「色々と言いたいことはありますが……そちらの件は貴方に任せます」


 そう言ってソフィアは視線を逸らす。

 彼女もまた、ランドとは一悶着あった身だ。下手に口を挟んで、状況を悪化させるのは避けたいのだろう。

 とはいえ、それを俺に任せられても困るのだが。


「おい、赤髪の坊主。いつまでもそうやって意地を張っていても、強くなれねえぞ? 俺様が直々に鍛えてやるって言ってんだ。普通なら、泣いて喜ぶところだぜ?」


 向こうで楽しそうにガルドさんとランドが言い争いをしている。

 あのガルドさんのことだ、きっとうまく丸め込んでしまうのだろう。俺はソフィアに視線を戻す。


「それで、祠の調査はどうだったんだ?」


 俺の問いに、ソフィアは一度、ガルドさんとランドが言い争っている方へ視線を投げ、小さく息をついた後、こちらに向き直った。その手には、例の調査に使った羊皮紙がまだ握られている。


「いえ、祠自体には特に何もありませんでした。以前アラン様が発見されたあの『魔除けの護符』が収められていた窪みや、祭壇の石材などを改めて『天眼』で鑑定しましたが、特筆すべき魔力の残滓や、隠された仕掛けのようなものは見受けられません」


 ソフィアは、手にしていた羊皮紙に視線を落としながら、淡々と調査結果を報告する。

 その声には、僅かな落胆の色が滲んでいるようにも聞こえた。彼女なりに、あの護符の謎や、アランの『知識』との関連性について、何か具体的な手がかりを期待していたのだろう。


「そうか……じゃあ、やっぱり護符のことはこれ以上は……」


 俺の言葉に、ソフィアは静かに首を横に振った。


「ただ誰かがあの護符をつい最近、あの場所に置いたか、あるいは何らかの形で干渉した痕跡があるのです」


 ソフィアは、静かだが確信に満ちた声で続けた。その青い瞳は、俺と、そして言い争いを続けるガルドさんとランドを交互に見据えている。


「置いた……? あるいは干渉した痕跡……?」


 俺はソフィアの言葉を繰り返す。

 あの古びた祠、打ち捨てられたような場所に、誰かが最近護符を置いた? あるいは、元々あった護符に何か手を加えた?

 確かにそれなら、俺のゲーム知識との相違は説明がつく。


「はい。『天眼』で窪みの内部を詳細に鑑定したところ、護符が置かれていた場所の石材表面に、ごく微量ですが、新しい魔力の残滓が付着していました。それは、自然に堆積した埃や苔の魔力とは明らかに異質で……人為的なものです。そして、その魔力の波長は、ラーム村周辺の自然魔力とは異なり、どちらかというと、高度に精製された、あるいは特定の儀式に使われるような、特殊なパターンを示していました」


 ソフィアの分析は、いつものように冷静で的確だ。

 だが、その内容は俺の予想を遥かに超えるものだった。


「つまり、誰かが最近この祠にあった護符に対して、何かをしたってことか」


 俺はソフィアの分析を聞きながら、自身のゲーム知識との決定的な齟齬に思考を巡らせる。


「そうなります、生憎と目的を始め、その『誰か』までは分かりかねますが」


 そう言ってソフィアは一つ息を吐く。

 現状分かることはここまでだ。

 全て解決するにはまだまだ材料が足りない。


「……村長の話だとこの祠は忘れられる程度のものだった。つまり村人たちが風習で何かをしたとは考えにくい」


 それでもその少ないヒントで答えを手繰るのは必要なことだ。


「ランド、この祠に尋ねる人って普段いるのか?」


 この中で最も村事情に詳しいであろうランドに声をかける。

 相変わらず不機嫌そうな顔をしながらぶっきらぼうに答えた。


「ああ? いねえよ、そんなの」


 ランドのぶっきらぼうな返答は、推測を裏付ける形となった


「……つまり、このラーム村の人間ではない、外部の誰かが、この祠、あるいは護符に何らかの干渉をした可能性が高い、ということですね」


 ソフィアは静かに結論付けた。その青い瞳には、新たな謎に対する探求の光が灯っている。


「外部の誰か……。やっぱり、ダラス・エリオットだろうか」


 俺は、聖都のギルド職員が語ったダラスの行動原理――「一度興味を持った対象や場所については、徹底的に調査されるご性質」という言葉を思い出していた。彼がこの祠に目をつけ、何かを調査していたとしても不思議ではない。


「可能性は否定できません。彼ほどの特級冒険者であれば、我々が感知できないような微細な魔力の痕跡を辿り、この祠にたどり着くことも可能でしょう。そして、その目的が何であれ、彼がこの祠に『何かをした』ことは間違いなさそうです」


 ソフィアの言葉は、俺の推測を肯定するものだった。

 だが、もし本当にダラスが干渉したのだとしたら、一体何のために? あの『魔除けの護符』に何か特別な価値があったのか。


 やはり一度彼に会ってみなければならない。

 ダラスの目的、護符の真実、そして自らの運命――全てはまだ霧の中だが、俺は僅かな手がかりを胸に、次の一歩を踏み出す覚悟を固めていた。

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