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第5話 成功体験②

「いやー、アラン様、格好良かったです!」


 授業が終わり、廊下を歩きながらアスターが目を輝かせて言った。


 そんな彼の頭には大きなタンコブが1つ。

 こいつはあの後、俺もやると志願した挙句、案の定というべきか脳天に木剣も食らったのだ。

 こいつは何と言うか……単にアホなだけな気がしてきた。


 ただそんな彼の無邪気な賛辞に、適当に相槌を打ちながら、俺は俺で内心安堵していた。


 ――何とかなって良かった。


 まずその気持ちが大きい。


 確かに「強斬」の軌道はゲームで何度も何度も見た動きだ。

 技の軌跡はもとより、タイミングだって見慣れたものだった。

 だがそれでもドンピシャで受け流せるとは。

 思った以上の成果で、我ながら驚いている。


 運が良かったのか、それともガルド教官が手加減してくれたのか――今の俺にその判断はつかない。

 しかしこれではっきりすることがあった。


 ――ゲームの知識は活かせる。


 その確信は、自信になった。


 ストーリーの流れ、キャラの背景、隠しアイテムの場所、発生するイベント……。

 俺はこの世界の“未来”を知っていることになるのだ。


 困難に思われたアラン・フォルテスの人生も何とかなるのではないかと、ようやく光が差した気持ちだ。


「そういえばアラン様、次の授業はどうするんです? 魔法学の講義がありますけど」

 

 アスターが、ふと思い出したように尋ねてきた。


「ん、魔法か……」


 その一言に思わず足を止めた。

 現代社会を生きる者において、その言葉に心躍らない者などいないだろう。

 ましてや、ここは剣と魔法の世界。

 実際に魔法が存在し、それを学ぶことができるのだ。期待するなという方が無理な話だ。

 

「アラン様?」


 俺が沈黙していたせいか、アスターが不思議そうに首を傾げる。


「試しに出てみるか」


「おお、確かに今日のアラン様は絶好調みたいですからね!」


 相変わらず何でも疑いなく同調してくれるアスター。

 こちらとしても気が楽でいいのだが、アランの増長の遠因になったかと思うと素直に喜べない。


 複雑な心境のまま、アスターと共に魔法学の講義室へと向かう。

 騎士科の教室とは異なり、そこは円形劇場のような構造になっていた。

 中央には実験用の台があり、周囲を取り囲むように階段状の座席が配置されている。


 既に多くの生徒が席に着いており、その中には先ほど騎士科の授業で一緒だった顔ぶれもちらほらと見える。

 彼らは俺の姿を認めると、一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに視線を逸らした。

 生憎と「無能貴族」というレッテルを剥がすには、まだまだかかりそうだ。



 教壇に立ったのは、初老の女性教師だった。

 白髪をきっちりとまとめ、知的な雰囲気を漂わせている。


 しかしゲーム上において見覚えがなく、名前は分からなかった。

 彼女は静かに教室を見渡すと、落ち着いた声で話し始める。


「皆さん、こんにちは。本日は魔法学の基礎、特に魔力操作について学びます」


 魔力操作――それは、この世界における魔法の根幹を成す技術……だったか?

 流石にゲームシステム上に登場しないような設定まで網羅しているわけじゃない。


 名前的に言えばゲームで言うところのMPマジックポイントを消費して魔法を発動する、あのシステムと似ているのかもしれないが、それはあくまで画面の中の話。

 実践となると、皆と同じように授業を受けて学ぶしかない。


「魔法は、才能だけでは使いこなせません。日々の鍛錬によって魔力を操り、制御する技術を磨くことが重要です」


 女性教師は、そう言うと、右手を軽く前に突き出した。

 すると、彼女の手のひらに、淡い青色の光が現れる。光は次第に大きくなり、やがて小さな球体を形成した。それはまるで生きているかのように、静かに明滅している。


 おお、あれが魔力というやつか。


 初めて見る本物の魔法の光景に、俺はその球に目を奪われる。


「これが魔力です。まずは、自分の体内に流れる魔力を感じ、それを意識的に操作することから始めましょう。焦る必要はありません。最初は微かな温もりや、ピリピリとした感覚を捉えるだけでも十分です」


 生徒たちは、教師の言葉に真剣な表情で耳を傾けている。俺も、周囲に倣って、目を閉じ、自分の体内に意識を集中させてみた。

 静かに呼吸を繰り返し、精神を統一しようと試みる。体の中のエネルギーの流れ……温もり……脈動……。


 ……うん?


 しかし、何も感じない。

 いや、集中すれば、心臓の鼓動とは違う、何か微かな蠢きのようなものを感じる「気」はする。

 何度か深呼吸を繰り返し、精神を統一しようと試みるが、やはり進展はそれ以上ない。


 周囲を見ると、何人かの生徒は既に手のひらに微かな光を灯し始めている。才能の差、というやつだろうか。あるいは、俺の中に根本的な何かが欠けているのか。


「……うーん」


 思わず、小さな声が漏れる。

 隣に座っていたアスターが、心配そうにこちらを覗き込んできた。


「アラン様、どうしましたか?」


「いや……イマイチ、コツが分からなくてな……」


 恥ずかしさを覚えながらも、正直に打ち明ける。

 するとアスターは小さく頷いて、口を開いた。


「うーん、やっぱり今日も駄目だったみたいですね……」


 アスターの返答は意外なものだった。

 やはり、という事は、今までもずっとこうだったのだろうか?

 確かにゲーム上でのアランも魔法らしい魔法は使っていなかった。

 ただ付与魔法っぽいものは使っていたから使えないことはないと思うんだが……。


「……試してみるか」


 魔力という概念は未だ掴めないが、俺には知識がある。

 ゲーム上においてもコマンドを選択するだけだった魔法。

 つまり魔力を感じられずとも、詠唱をすることで魔法が出せるんじゃないか?


 まあ流石にそんな単純な話ではないだろうが。


 そんな軽い気持ちのまま、俺は目を閉じてゲーム内での魔法詠唱の様子を思い浮かべる。

 幸いにもあの中二心くすぐるあの光景は脳裏に焼き付いていた。

 腕を前に突き出し、左手で右腕を支えるようにして、静かに言葉を紡いだ。


「散り行く星の残光、集いし希望の灯——」


「え、アラン様? 何を……?」


 アスターの困惑する声が聞こえるが、無視して続ける。今は集中だ。ゲームの時のように、言葉に力を込めるイメージで。


「空白を満たす光の欠片よ、吾が意思に従い形を成せ——光球ランプライト!」


 ゲームでは初級魔法と呼ばれる、最も基本的な光魔法だ。

 成功すれば小さな光の球が生成されるはずだが……。


 俺はゆっくりと目を開く。


 ……何も、ないな。


 やっぱり、そう上手くはいかないらしい。

 と諦めかけたその時だった。


「あ、あれ……? アラン様っ!?」


 アスターの驚きと困惑が入り混じった声に、弾かれたように自分の掌を見る。

そこには——信じられないことに、淡い、本当に淡い黄金色の光が、蛍のように明滅していた。

 形は定まらず、今にも消えそうで、教師が作り出したような安定した球体とは程遠い。だが、確かにそこには「光」が存在していた。


「え……これ、マジで……?」


 思わず漏れた声に、周囲の視線が集まる。

 その隣、アスターは口をあんぐりと開けたまま固まっていた。

 もちろん当事者である俺も。


 周囲がざわつきはじめる。

 教師も驚いた表情で俺の方を見つめていた。


「フォルテス君、前に出てきなさい」


 教師の声に導かれ、俺は震える足で教壇へと向かった。

 手のひらの光球は揺らめきながらも、消えることなく存在し続けている。


「間違いなくこれは、光球……」


 教師が眼鏡の奥の瞳を輝かせながら俺の光球を観察する。

 その表情には驚きと共に、専門家としての好奇心が宿っていた。


「確か魔力操作が苦手だったはずなのに……どうやってこの魔法を?」

「えっと、その……詠唱に集中してみたら、なんとなく」


 俺の答えに、教師はますます不思議そうな表情を浮かべた。


「呪文を詠じただけ? でもまだ呪文は教えてないはずだけど……ああ」


 彼女はそこで言葉を途切れさせる。

 彼女もまた俺の家柄を思い出して勝手に何か察したのだろう。


「それでも通常、詠唱は魔力を引き出すための補助に過ぎないのだけど……」


 そう言って再び黙り込む教師。

 俺にも何が何だか分からないわけで、この現象が転生者特有のものなのだとしたら、きっとこの世界における答えはなさそうだ。


「……あの、先生?」


 しばらくの間、俺は壇上に立たされたままだった。

 授業は止まったままであり、教室中の注目を一身に受けることになっている。

 流石にそろそろ開放してほしい。


「先生!」


「あ、ああ、申し訳ありません。……席に戻って結構です。ですが、その力はまだ不安定です。決して、むやみに試そうとしないように」


 教師は慌てて我に返り、俺に席に戻るよう促す。

 授業は再開されたが、俺に向けられる視線――驚き、困惑、不審、そして嫉妬――は、授業終了まで途切れることはなかった。

 少なくとも、「無能」の一言では片付けられない、奇妙な存在として認識され始めたのかもしれない。それは、果たして良いことなのか、悪いことなのか……。俺は自分の掌を見つめながら、複雑な思いを抱えるしかなかった。





「すごいですよ、アラン様! 今までまったく使えなかった魔法が突然……!」


 講義が終わるやいなや、アスターが興奮した面持ちで俺に駆け寄ってきた。

 なんだか既視感を抱きながら苦い笑みを浮かべる。


「ま、まあな……」


 俺自身、この状態を上手く説明できない。

 あの教師の反応を見る限り、俺の魔法が異常であることは間違いなさそうだった。

 スキルの件は、明確に知識が役立ったわけで、今回のはそれとは毛色が違う。

 やはり転生者として、この世界に生きる人達とは違う別の力が働いているのだろうか。

 しかしそれらは全て嬉しい誤算だった。

 スキルといい、魔法といい、無能アランから脱却する材料が揃いつつあるのだから。


「アラン様は魔法騎士になれるかもしれませんね!」


 アスターの目がきらきらと輝いている。

 彼の言葉に俺は少し考え込んだ。

 魔法騎士……このまま上手くいけば、本当にそんな道も開けるかもしれない。

 原作のアランとは違う未来が、今、目の前に広がりつつあった。


「あれ、あの方は」


 そんな折、アスターが足を止めて呟いた。

 彼の視線の先を追うと、一人の男性が立っている。

 成人間近に見えるその青年は、まっすぐ俺を見つめていた。

 だが生憎、俺はその人に見覚えはない。


「アラン様のお迎えに来たんですかね?」


 アスターがそんなことを言った。

 つまり俺の知り合い、かつ家の関係者ということだろうか。


 青年は周囲の視線に気づくと、こちらに向かって歩き始めた。

 その姿には威厳があり、学院の生徒たちも自然と道を開けている。


「久しぶりだな、アラン」


 青年の声は低く落ち着いていた。

 彼の顔をよく見ると、アランと同じ金色の髪に鋭い眼光。

 そして服装からして騎士団の制服らしきものを身につけている。

 しかしやはり俺はその人に見覚えはなかった。


「あ、うん、久しぶり……」


 ぎこちなくそれらしい言葉を返すだけ。

 それを見て彼が僅かに眉を潜める。

 不味かったか、そう思った矢先。


「お久しぶりです、ルーカス様!」


 アスターが勢いよく彼に声を上げた。


「ああ、君は確か……アスター君だったか」


 ルーカス……ルーカスか。

 俺はその僅かな単語に思考を集中させた。

 少なくともゲーム本編に登場するキャラではない。

 だがどこか聞き覚えはあった。


「はい! いつもアラン様にはお世話になっています!」


 呑気に繰り広げられる会話。

 今回ばかりはアスターの脳天気な性格が有り難い。


「そうか、これからも弟のことを頼んだぞ」


「任せて下さい!」


 弟。

 その言葉を聞いて思い至った。

 ルーカス・フォルテス。

 彼は俺の兄、マルク・フォルテスの長男である。


「……それで、兄上。何か用ですか?」


 俺はすかさず会話に入り込んだ。


「ん、まあ俺自身は久々に弟の顔を見に来ただけだよ。まあ元気そうで何よりだ」


 そういって俺の背中をポンポンと叩くルーカス。

 彼は厳格な父マルク、自堕落なアランとは打って変わって、親しみやすい好青年の印象だった。

 俺に対してもそこまで悪感情を抱いていないように感じられる。


「……俺自身は?」


「ああ、客人の護衛だよ」


 そう言ってルーカスは少し声のトーンを落とす。


「というわけで、アスター君、弟を借りてもいいかな?」


「もちろんです!」


 アスターは快く了承し、俺たちの前から離れていった。


「客人って俺の?」


 俺は疑問を尋ねる。


「ああ、そうだ」


 ルーカスは頷く。

 騎士たる彼が護衛を任せられるほどの人物。

 そんな人が俺の客とは、あまり良い予感はしない。


「まあもう察しはついてると思うが、そろそろ婚約者としてちゃんと交流は取っておいた方が良いぞ」


「……婚約者?」


 予想外の答えに俺は首を傾げる。


「ああ、アイリス・セレスティア嬢だよ」




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