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悪役貴族のイレギュラー~破滅エンドを覆せ~  作者: 根古
第1章 悪役貴族編

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第46話 進化と派生

 聖都マリエルナの夜明けは早い。

 グレイン本邸の壮麗な門前には、既に俺たちラーム村へ向かう一行の姿があった。朝日が白亜の壁を照らし始め、ひんやりとした空気が肌を引き締める。


「アラン様、お身体の具合はもうよろしいので?」


 見送りに来てくれたセヴァスさんが、心配そうに俺の顔を覗き込む。


「はい、数日休ませていただいたので、もう大丈夫です」


「左様でございますか。道中、くれぐれもご無理なさいませんよう。ソフィア様、アラン様のことをよろしくお願いいたします」


 セヴァスさんは、俺の言葉に安堵したように頷き、改めてソフィアへと視線を向けた。


「はい、承知しております」


 ソフィアが力強く頷く。

 彼女は既に簡素ながらも動きやすい旅装に着替え、その小柄な身体には不釣り合いなほどの決意を秘めているように見えた。


「おう、アラン坊主! 今回こそ道中退屈させねえよう、ビッシビシ鍛え直してやるからな! まずは『強撃』の精度を上げねえと話にならん!」


 愛馬に跨ったガルドさんが、いつものように豪快な笑い声を上げる。その手には、俺用の木剣が既に握られていた。


「ガルド様、アラン様はまだ万全ではございません。道中の訓練は、あくまで体力の回復と維持を目的としたものに限定してください。これはヘレナ様からのご指示でもあります」


 ソフィアが、ガルドさんの言葉を遮るように、静かだが有無を言わせぬ口調で釘を刺す。


「げっ、また聖女様かよ……分ーってるって。だがなソフィア嬢、こいつには才能の片鱗があるんだ。スキルっていうのは、ただ技を覚えるだけじゃねえ。身体に叩き込み、魂に刻み込み、そして使い込むことで初めて成長する。お前さんがラーム村で見せた『強撃』。あれは確かにスキルの入り口だ。だが、そこから先がある」


 ガルドさんは、俺に向き直り、その表情を指導者のものへと変えた。


「そうだな、移動がてらたまには教官らしいことを教えてやるか」


「あ、はい、お願いします」


 俺は、ガルドさんの言葉に期待を込めて頷いた。

 ラーム村での一件以来、俺の中で「スキル」というものへの関心は高まる一方だ。


「よし、じゃあ出発するとしよう!」


 ガルドさんが馬上から号令をかける。俺はセヴァスさんに改めて深々と頭を下げ、ソフィアと共に馬車に乗り込んだ。護衛の騎士たちがそれに続く。

 やがて、グレイン本邸の重厚な門がゆっくりと開き、俺たちを乗せた馬車は聖都の石畳を滑るように進み始めた。


 馬車の中は、外の喧騒とは裏腹に静かだった。

 俺は窓の外を流れる聖都の美しい街並みを眺めながら、これからの旅に思いを馳せる。


「まさかまたラーム村に行くことになるなんてな」


 およそ一月振りの再訪問だ。

 思わず独り言のように呟くと、隣に座るソフィアが静かに顔を上げた。彼女は膝の上で小さな革表紙の手帳に何かを書き留めていたが、ペンを置き、俺へと視線を向ける。


「そうですね。ヴァラでの一件がなければ、今頃は王都でヘレナ様と合流し、貴方の特異性について本格的な調査が始まっていたはずですから」


 ソフィアの声はいつも通り淡々としている。


「まあ、結果的には良かったのかもしれない。何だかんだ、あの村にはまだ気になることがあったんだ」


「気になること、ですか。それは例の」


「まあ、そういうことになる。実は護符の件もランドの件も俺の知識に関係することだったんだ」


「なるほど、通りで」


 ソフィアは、合点がいったというように小さく頷いた。


「貴方がラーム村の祠にあれほど執着された理由、そしてランド・ガリオンという少年に接触しようとした意図。それらが貴方の持つ『知識』と繋がっているとすれば、確かに辻褄が合います」


「ただ、あの『魔除けの護符』は、俺の『知識』では別の名前と効果を持つはずだったんだけど」


「……そうなんですか?」


 ソフィアの青い瞳が、興味深そうに俺を見つめた。彼女の知的好奇心を刺激したことは間違いない。


「俺が知る限り、あの祠にあったのは『古守の護符』という名前で、効果は確か……状態異常耐性の上昇だったはずだ。魔物を退けるような力はなかったと思う」


「なるほど……少し気になりますね」


 ソフィアは顎に指を当て、思案顔になる。


「考えられる可能性はいくつかあります。一つは、アラン様の『知識』そのものが不正確、あるいは不完全である可能性。未来の出来事とはいえ、その全てを完璧に把握しているわけではない、と以前おっしゃっていましたね」


「……まあ、否定はできないな」


 俺は苦笑する。

 確かに、俺のゲーム知識は完璧ではない。ストーリーの大筋や主要なイベント、アイテムの効果などは覚えているが、細かい設定や、マイナーなサブクエストの報酬などは曖昧な部分も多い。


「二つ目は、時の経過と共に護符の性質が変化した、あるいは別の何者かによって意図的に変えられた可能性。古い遺物には、そういったことが起こり得るでしょう」


「誰かが……意図的に?」


 ソフィアの言葉に、俺は眉をひそめる。

 もしそうだとしたら、一体誰が、何のために?

 『古守の護符』を隠し、『魔除けの護符』を置いた?

 それに何の意味があるというのだろう。


「そして三つ目、これもまたセレナ様と話していたことですが、貴方の行動によって未来が変わった可能性です。こちらはあまり因果関係がはっきりしませんが、貴方が祠に接触したという行動が、何らかの形で護符の性質に影響を与えた、とも考えられなくはありません」


 ソフィアの考察は、いずれも可能性に満ちているように感じた。

 いずれにせよ、この世界は知識だけでは生きていけないと再認識する。


「いずれにせよ、現地で改めて確認してみる必要がありそうです」


 ソフィアは手帳に何かを書き加えながら、静かに続けた。その声には、研究者のような探求心と、聖職者としての責任感が同居している。


「ああ、そうだな。それに、ダラス・エリオットの情報も何か掴めるかもしれない」


 俺は頷く。特級冒険者である彼の存在は、依然として大きな謎だ。ラーム村周辺にまだ滞在している可能性も、ギルドの職員は示唆していた。





 そうしてしばらく馬車に揺られ、聖都の城門を抜けて街道へと出ると、ガルドさんが馬車に並走してきた。


「アラン坊主、少しは身体も慣れてきたか?」


「はい、だいぶ。ただ、まだ少し重い感じはしますが」


 俺の言葉に、ガルドさんは満足そうに頷いた。


「そりゃそうだ。お前さん、あの戦闘で相当無茶をしやがったからな。だが、そのおかげでスキルの『型』は身体に染み付き始めてるはずだ。あとはそれをどう磨き上げるか、だな」


 ガルドさんは馬上から、俺の動きを鋭く観察している。その瞳には、指導者としての厳しさと、弟子の成長を期待する温かさが同居していた。


「スキルを磨く、ですか」


 俺の言葉に、隣に座っていたソフィアが興味深そうに顔を上げた。彼女は膝の上の手帳からペンを離し、ガルドさんの話に耳を傾けている。


「おうよ。スキルってのはな、ただ闇雲に技を繰り返せばいいってもんじゃねえ。もちろん、反復練習で身体に叩き込むのは基本中の基本だが、それだけじゃ頭打ちになる」


 ガルドさんは、馬上で木剣を軽く振りながら、俺たちに語りかける。その姿は、もはやただの護衛ではなく、学院の教官そのものだ。


「スキルにはな、大きく分けて二つの成長方向がある。それが『進化』と『派生』だ」


「進化と……派生」


 俺は、ガルドさんの言葉を繰り返す。ゲームでも似たような概念はあったが、この世界のスキルがどのように成長するのか、興味は尽きない。


「そうだ。まず『進化』だが、こいつは分かりやすい。単純に、スキルの威力や効果そのものが純粋に強化されるってことだ。例えば、お前さんが使った『強撃』。あれを極め、さらに高みを目指せば、より強力な『轟撃ごうげき』、さらにその上の『崩撃ほうげき』へと進化していく」


 その言葉は俺の心を高鳴らせた。

 進化というロマン、そしてそれはまさにゲームの仕様そのものだったからだ。


「もちろん、そこまで進化させるには並大抵の努力じゃ足りねえ。血反吐を吐くような鍛錬と、実戦での経験、そして何より、そのスキルを極めんとする強い意志が必要だ。だがな、その先には、常人には想像もできねえような境地が待ってる」


ガルドさんの瞳が、一瞬だけ遠くを見つめるような、深い光を宿した。彼自身もまた、その境地を目指す一人なのだろう。


「ちなみに、その『崩撃』のさらに上……例えば、『天撃』とか『神撃』なんてものもあるんですか?」


 俺は、ゲームで最強クラスのスキル名として記憶していた単語を口にしてみた。


「ほう、坊主、いいところに気が付いたな」


 ガルドさんはニヤリと笑みを深める。


「確かにお前さんの言う通り、この世界において『天』と『神』の名を冠するスキルは存在する。だがな、それはもはや単なる技の進化というよりは、ある種の『極致』に至った者にのみ許される領域だ。神々に愛され、天に選ばれた者……あるいは、それこそ血の滲むような研鑽の果てに、人知を超えた力を手にした者。そんな奴らだけが、その名を口にすることを許されるってことだ」


 ガルドさんの言葉には、畏敬と、そしてどこか挑戦的な響きが込められていた。それは、俺のような未熟者にはまだ遠い、遥か高みの世界なのだろう。

 ゲーム上に置いても、その技を使える人物はたった一人だけだった。

 それこそ主人公レオンですら使用できなかったほどには、特別扱いされている。


「では、もう一つの『派生』というのは?」


 今度はソフィアが、冷静な口調で問いかける。彼女もまた、ガルドさんのスキル談義に引き込まれているようだ。


「ああ、『派生』ってのはな、元のスキルの威力はそのままに、新たな効果が付与されたり、性質が変化したりする成長だ。単純な火力アップの『進化』とは違って、より戦術的な幅を広げるための成長と言えるな」


 ガルドさんは、得意げに続ける。


「これは良い例がある」


 そう言ってニヤリと笑ったガルドさんは俺を見た。


「お前さんがラーム村で使った『強撃衝きょうげきしょう』。それこそ打撃の威力に加えて、相手を後方へ吹き飛ばす衝撃波を生み出す『強撃』の派生技だ」


「強撃衝……」


 俺は、ガルドさんの言葉を噛みしめるように繰り返した。

 あの時は無我夢中で、ただゴブリンを倒したい一心だった。

 意図して出したとは言えない。感覚だって殆ど残っていない。


「進化と派生……奥が深いんですね」


 隣で聞いていたソフィアが、感心したように呟いた。彼女の『天眼』は、スキルの詳細な情報を見通すことができるのだろうが、ガルドさんのような実戦経験に裏打ちされた言葉は、また違った意味で響くのかもしれない。


「おうよ。だからこそ面白いんじゃねえか。スキルってのは、可能性の塊だ。どう育て、どう使うかで、戦い方は無限に広がる。坊主、お前さんは、既に『強撃』を出せる段階にある。これからどう育てていくか、これからじっくり考えてみるといい。もちろん、俺様がビッシビシ基本から鍛え直してやるがな!」


 ガルドさんは、再びニカッと歯を見せて笑った。その表情には、指導者としての厳しさと、若い才能の成長を見守る楽しみが溢れている。


「はい! よろしくお願いします!」


 俺は、力強く頷いた。魔力ゼロというハンデは大きい。だが、スキルという新たな可能性が見えてきた。この道を極めれば、あるいは――。


 馬車は、聖都の喧騒を離れ、ラーム村へと続く街道をひた走る。

 俺の新たな挑戦が、今、始まろうとしていた。

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