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悪役貴族のイレギュラー~破滅エンドを覆せ~  作者: 根古
第1章 悪役貴族編

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第40話 追跡の糸口

 聖都マリエルナの朝は、いつもと変わらず清澄な光と共に訪れた。

グレイン本邸の豪奢な自室で目覚めた俺――アラン・フォルテスは、ここ数日の出来事を反芻しながら、ゆっくりと身支度を整えていた。


 セレナ・グレイン。

 彼女の『天眼』が見た未来と、今の俺の現実に生じた『ズレ』。それは、運命に抗うための、小さくとも確かな希望の光だ。


 そして、ソフィア・メティス。

 彼女に十年後の危機――魔王軍の侵攻という絶望的な『知識』を打ち明け、それでもなお協力を約束してくれた聡明な少女。


  転生して僅か一ヶ月ちょっと、だが、俺を取り巻く状況は目まぐるしく変化し、そしてようやく、破滅の運命に立ち向かうための具体的な道筋が見え始めていた。



「さて、どうしたものか……」


 窓の外に広がる白亜の街並みを眺めながら、俺は小さく呟いた。


 レオン・アルディを探す――ソフィアにそう宣言したものの、具体的な手がかりは何もない。

 学院を退学した後の足取りは不明だ。

 辺境の田舎町まで追いかけるのは現実的ではない、と一度は結論付けたが、状況は変わった。


 魔力ゼロというハンデを負った俺にとって、原作主人公であるレオンの力は、十年後の危機を乗り越えるために不可欠なピースだ。

 彼を見つけ出し、何らかの形で関係を築く必要がある。たとえ、過去の因縁があったとしても。


 コンコン、と控えめなノックの音。


 「どうぞ」と応じると、ソフィアが静かに入ってきた。その手には、数枚の羊皮紙が握られていた。


「おはようございます、昨夜はよく眠れたようですね」


 ソフィアは俺の顔色を一瞥し、いつも通りの淡々とした口調で言った。


「ああ、おかげでな。それで、その羊皮紙は?」


 俺が尋ねると、ソフィアは無言でその羊皮紙を差し出してくる。

 受け取り、目を通すと、そこには箇条書きでいくつかの情報が記されていた。


「これは……レオン・アルディに関する調査報告書、か?」


 羊皮紙の一番上には、彼の名前がはっきりと記されている。まさか、一晩でここまで調べてくるとは。


「はい。貴方が昨夜、彼の名を出された後、グレイン家の情報網を使い、可能な範囲で彼の足取りを追ってみました」


 ソフィアは、こともなげに言う。その手際の良さには舌を巻くしかない。


「それで……何か分かったのか?」


 俺は期待と不安の入り混じった声で尋ねながら、羊皮紙の続きを読む。

 記されていたのは、学院を退学した後のレオンの、断片的な情報だった。


「どうやら彼は学院を出た後、故郷には帰らずに、いくつかの街を渡り歩いていたようです。日雇いの雑用や、時には腕に覚えのある者を対象とした護衛紛いの仕事で糊口をしのいでいたとの目撃情報が散見されます」


 ソフィアは羊皮紙の記述を補足するように説明を加える。

 貴族としての地位を失った少年が、たった一人で生きていくための苦労が垣間見える内容だ。いじめの加害者だった俺が言うのもおかしな話だが、胸が痛む。


「何か気になることは?」


 ソフィアの問いに俺は首を振る。

 レオンは主人公であり、他キャラに比べると出自や境遇については詳しく描写されている方だ。

 だが、それでも一挙手一投足まで分かるわけではない。

 ゲームのシナリオで語られるのは、あくまで彼が「勇者」として覚醒してからの話が中心であり、それ以前の、特に学院を退学してから冒険者として頭角を現すまでの空白期間については、ほとんど情報がない。


「いや、正直何も……ん?」


 羊皮紙の記述を追っていた俺の目が、ある一点で止まった。それは、報告書の中程に記された一文。


「ラーム村……!?」


 俺は思わずその名を口にしていた。


「気が付きましたか」


 ソフィアは、俺の反応を予期していたかのように、静かに頷いた。


「レオンがラーム村に尋ねていた?」


 その声は、自分でも驚くほど上擦っていた。ラーム村――つい先日まで俺たちが滞在し、ゴブリンの襲撃を受け、そしてランド・ガリオンと出会った、あの辺境の村。


「正確には『ラーム村周辺で、レオン・アルディと思われる赤髪の少年が目撃された』という情報です。時期は、我々が訪れる数週間前から数日前までの間。残念ながら、村に立ち寄ったという確証までは得られませんでしたが、近隣の森で薬草を採集したり、小動物を狩ったりして日銭を稼いでいたのではないか、と推測されています」


 ソフィアは淡々と、しかし確かな情報源に基づいた分析を述べる。


「……なるほど」


 とはいえ、この事実がゲーム通りである可能性も否めない。


「それで、レオンはラーム村の周辺で、その後どうしたんだ? この報告書には、そこまでは……」


 俺は羊皮紙の最後の一文に目を落としながら尋ねた。そこには「以降の足取りは不明」と記されているだけだった。


「はい。残念ながら、グレイン家の情報網をもってしても、個人の詳細な動向、特に明確な目的を持たない放浪者の足取りを完璧に追うのは困難です。ラーム村周辺での目撃情報が途絶えた後、彼がどちらへ向かったのかは、現時点では掴めていません」


 ソフィアは静かに首を横に振る。その声には、わずかながら無念さが滲んでいるように聞こえた。彼女なりに、俺の期待に応えようと尽力してくれたのだろう。


「ああ、そうだサンベリアは調べたか?」


 サンベリア――セレスティア王国南部に位置する交易都市。

 冒険者組合の本部がある都市があり、若手の冒険者が腕試しをするには格好の場所として、ゲーム内では描かれていた。


「商都サンベリア、ですか……?」


 ソフィアは、俺が突如口にした地名に、わずかに眉を寄せた。

 サンベリアは、四公爵家の一つであるサンティス家が統治する都市であり、いかにグレイン家であれど、他家の領地で大っぴらに情報収集を行うのは難しいのだろう。


「レオンは冒険者になるはずなんだ。なら、サンベリアに向かう可能性が高い」


 俺は、自分の持つ『知識』に基づいた推測を口にする。ゲームのレオンは、学院を追われた後、各地を放浪し、やがてサンベリアで冒険者として登録し、頭角を現していく。もし、この世界のレオンも同じ道を辿るのなら――。


「冒険者に……確かに、彼のこれまでの行動パターンから見ても、特定の場所に留まらず、実力で身を立てようとする道を選ぶ可能性は考えられます」


 ソフィアは俺の言葉を吟味するように、顎に指を当てた。


「分かりました、サンベリア方面についても、追加で調査を依頼してみましょう。サンティス家の領域内では情報収集に制限がありますが、冒険者組合を通じて間接的に情報を得ることは可能かもしれません。ただし、あまり期待はしないでください」


「ああ、助かる。無理のない範囲で頼む」


 ソフィアの言葉に、俺は頷いた。

 これで、レオン捜索の糸口が一つ増えた。

 だが、サンベリアはここ聖都からは遠く、彼がそこにいるという確証もない。

 もっと確実な手がかりはないものか――。


 思考を巡らせる俺の脳裏に、ふと、ラーム村でのある光景が蘇った。

 天恵の儀で『剣聖』の才を授かった少年、エルモ。

 そして、その儀式を静かに見つめていた、謎のフードの男――特級冒険者ダラス・エリオット。


「……ソフィア」


 俺は、ある可能性に思い至り、隣に立つ少女へと視線を向けた。


「ダラス・エリオットの行方も追えるか?」


「特級冒険者、ダラス・エリオット、ですか……?」


 ソフィアの青い瞳が、驚きと訝しさが入り混じった色を帯びて俺を見つめた。

 彼女の反応は当然だろう。

 つい先ほどまで原作主人公の行方を追っていたかと思えば、今度は正体不明の特級冒険者だ。俺の思考の飛躍に、彼女も戸惑いを隠せないようだ。


「……確かに特級冒険者は特権的な立場と聞きます。彼と接触が図れれば、何か情報が得られるかもしれません。今は王都への道が閉ざされている以上、まだグレイン領内にいる可能性が高いでしょう」


 ソフィアは冷静に状況を分析する。

 特級冒険者ほどの人物なら、独自のルートで情報を得ている可能性もある。レオンの居場所、あるいはヴァラ周辺の異変について、何か知っているかもしれない。それに、あの時、彼は俺に興味を示しているように見えた。会うことができれば、話くらいは聞いてもらえるのではないだろうか。


「では早速向かいましょうか」


「向かう?」


 ソフィアの言葉に首を傾げる。


「冒険者のことは冒険者ギルドに聞くのが一番でしょう。聖都にも支部があるはずです。ダラス程の人物であれば、ギルドも何かしら情報を把握しているかもしれませんし、彼に連絡を取り次いでくれる可能性もあります」


 なるほど、冒険者ギルドか。

 ゲームでは単なるクエスト受注場所のイメージしかなかったが、現実ではもっと多機能な組織なのだろう。ソフィアの言う通り、ダラスの情報を得るには最も確実な手段かもしれない。


「……分かった。行ってみよう」


 俺の返事に、ソフィアは小さく頷いた。


「では、準備を。私も同行します。貴方一人で冒険者ギルドのような場所へ行かせるわけにはいきませんから」


 その言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。俺は苦笑いを浮かべながら、ソフィアと共に部屋を出る。

 レオン・アルディ、そしてダラス・エリオット。二つの追跡の糸口が、聖都マリエルナで交差しようとしていた。

 破滅の運命に抗うための戦いは、まだ始まったばかりだ。そして、そのための仲間、あるいは手がかりを、俺は一つずつ手繰り寄せていくしかないのだ。

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