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第4話 成功体験①

「退学……だと!?」


 驚きのあまり、声が裏返る。

 レオンに会えるはずだった――そう確信していた計画が、一瞬で砂上の楼閣と化した。

 周囲の生徒たちが一斉にこちらを振り返るが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


「えっ! 本当に知らなかったんですか!? てっきりアラン様がやったのかなと」


 アスターは首を傾げ、不思議そうな顔で俺を見つめている。

 その表情には、嘘や茶化している様子は微塵も見られない。


「いや、俺じゃない……はずだ」


 俺は語尾をすぼめて告げた。

 万が一記憶を失う前の自分がやっていた可能性を否定できなかったからだ。


「うーん、そうなんですね。じゃあなんで退学なんかしたんだろう?」


 アスターは首をかしげ、小声でつぶやく。


「いや……退学した理由なら、いくらでも思いつくだろ」


 俺はアスターの無邪気な顔を見ながら、つい皮肉っぽく呟いてしまった。

 レオンが受けた仕打ちを考えれば、退学の理由など、枚挙にいとまがない。


「え?」


 アスターが目をぱちくりさせて聞き返してくる。その純粋さが逆に苛立ちを募らせた。

 だがその様子を見て、これ以上言っても無駄だと悟った。

 こいつは本気で自分の悪事に気づいていないのだ。レオンを追い詰めたことが「遊び」で済むと思っているのだろう。


「……いや、なんでもない」


 重苦しい沈黙が、二人を包み込む。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように、静寂が辺りを支配していた。


 アスターは、俺の言葉をどう受け取ったのか、しばらくの間、困惑した表情を浮かべていた。

 しかし、すぐにいつもの調子を取り戻し、明るい声で話し始める。


「まあ、レオンのことはもういいじゃないですか! それより、アラン様、今日はどうするんですか? 授業に出るなら、そろそろ教室に行かないと」


 悔しいが、アスターの言葉はもっともだった。

 確かに、レオンへの謝罪は最優先事項であるが、それ以外にも課題は山積みだ。


「ああ……そうだな」


 曖昧に返事をしながら、頭の中では、必死に計画を立て直していた。


 理由は何であれレオンは退学した。

 辺境の田舎町まで追いかけるのは、現実的じゃない。

 となると現時点でレオンへの謝罪は、できないものとして考えるしかなかった。


「……とりあえず教室に行くか」


 俺はアスターにそう告げる。


「おお、アラン様が授業に出るなんて珍しいですね。みんなびっくりするんじゃないですか?」


「ああ、まあな、三日ぶり何だから出たほうが良いだろ」


 俺はそれらしい言葉を並べる。

 

「なるほど、確かにそうですね! じゃあ、行きましょうか! 騎士科の教室はこっちですよ」


 変に疑うことなく、アスターは歩き出した。

 俺はその背中を見ながら、少し遅れて足を踏み出す。


 アスターをここまで話して評するなら「無邪気」という表現が正しいだろうか。

 まだ十歳という年齢を考えても、その評価は間違っていないと思う。

 彼にとってレオンへのいじめはただの「日常」でしかなかったのだろう。



 石畳の廊下を進むと、騎士科の教室へと続く大きな扉が見えてきた。



 重厚な木製の扉には、剣と盾を象った紋章が刻まれている。フォルテス家の紋章に似ているが、少し簡略化されたデザインだ。

 王立セレスティア学院騎士科――ここが、アランが通うべき場所であり、同時に彼の「無能」が最も目立つ舞台なのだろう。


「では、お先にどうぞアラン様!」


 アスターが扉の前に立つと、こちらに振り返りニッコリと笑う。


「ああ……」


 緊張を滲ませながら、扉に手をかける。


 重い木の感触が掌に伝わり、軋む音と共に教室の中が視界に広がった。

 そこには、すでに数人の生徒が席に着いており、教壇では騎士科の教師らしき男が何かを書き込んでいた。

 背の高い、筋骨隆々とした体躯に、顔には幾つもの傷跡が刻まれている。


 ゲームの記憶を辿れば、この男はおそらく騎士科の教官の一人、ガルド・ハインツだったか。

 父マルクの友人であるその男は、父とは反対に豪快かつ親しみやすい人物として描かれていた。


 教室に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。


 生徒たちの視線が一斉に俺に集まり、ざわめきが広がる。

 驚き、困惑、そして明らかな敵意――それらが混ざり合った視線が、まるで刃のように俺を切りつけてくる。


 しかしそれ以上のことはない。

 やはり俺の「フォルテス」という名に畏怖を抱いているのだろうか。


「アラン様?」


 思わず足を止めていると、背後からアスターの声が響く。


「いや、なんでもない」


 咄嗟に誤魔化し、足を進める。


 見たところ、自席というものはなく空いている席に座る形式のようだ。

 であれば、最も目立たない最後方に座るのが吉だろう。


「おお、アラン・フォルテスか。珍しいな、今日は寝坊しなかったのか?」


 そんな俺に、教官のガルドが、太い声でこちらに呼びかけてくる。


 傷だらけの顔に浮かぶ笑みは、どこかからかうような響きを含んでいるが、悪意は感じられない。

 流石に父と友人であるガルドは、俺に対して変に遠慮はしていないようだった。


「……まあ、はい、そんなところです」


 曖昧に笑って返しながら、俺は空いている席に腰を下ろす。アスターはその隣に当然のように座り、ニコニコと笑顔を向けている。

 周囲の生徒たちはまだこちらをチラチラと見ているが、ガルドの声で一応の静寂が戻った。


「よーし、皆揃ったな。では早速始めるとしよう。今日は基礎訓練の確認だ。剣術の構えと足運び――基本中の基本だが、お前らの中にはまだできてない奴が多すぎる」


 ガルドが教壇に立つと、教室の空気が引き締まる。

 彼が手に持った木剣を軽く振りながら説明を続ける中、俺は内心で別のことを考えていた。


「ちゃんと鍛え始めるのは天恵を授かってからだとは思うが――」


 レオンへの謝罪が頓挫した今、俺にできることは何か。

 まあ汚名返上が最優先だろう。

 今のままだと学院生活に支障をきたしすぎている。

 レオンへの謝罪と比べて明瞭とした目標ではない分、手探りでやっていくしかないのが少し心配ではあるが。


「――ラン様、アラン様?」


 ふと、隣のアスターが声をかけてきていることに気づく。


「……なんだ?」


 面倒ながらも顔を向けると、アスターは苦笑したように前を指さした。

 見ると、ガルドが教壇から満面の笑みでこちらを見つめている。

 確認するまでもなく、俺に対して何か言いたげだ。


「よし、アラン・フォルテス、ぼーっとしてないでこっちへ来い。まだ眠気が覚めていないようだからな」


 ガルドの声が教室に響き渡る。

 周囲の生徒たちの視線が一斉にこちらに向き、ザワザワと困惑や嘲笑を含んだ声が漏れた。


 一瞬、頭が真っ白になる。

 考え事に気を取られて、話の流れが全く掴めていなかった。ただでさえ目立ちたくないのに、最悪のタイミングだ。



「……はい」


 断れば、さらに何を言われるか分からない。俺は渋々頷き、重い足取りで教壇へと向かった。

 隣でアスターが「頑張ってください!」とでも言うように小さく拳を握っているが、今の俺には何の慰めにもならない。

 突き刺さるような視線の中、ガルドの前に立つと、彼は挑戦的な笑みを浮かべて満足そうに頷いた。


「よし、アラン。今日はやけに素直じゃないか。気に入った! 特別にお前に、俺の剣術スキルの一つをその身で体験させてやろう」


「スキル……ですか?」


 思わず聞き返す。

 スキルといえば、まさにゲームに登場するシステムの1つだった。便利で強力な技の数々。だが、それを生身で「体験」するというのは、穏やかな響きではない。


「そうだ。ただの剣技じゃない、研鑽を続けた者だけが扱える技の結晶、それがスキルだ」


 ガルドが木剣を軽く振りながら、傷だらけの顔に自信たっぷりの笑みを浮かべる。


「騎士たるもの、剣を握るだけじゃあ意味がない」


 ガルドは木剣を振り告げる。


「騎士たるもの、剣を握るだけじゃあ意味がない。それをどう使い、どう極めるか――そこに魂を込めて初めて『スキル』と呼べるものが生まれる。まあ、お前らヒヨッ子にはまだ早いかもしれんがな!」


 ガルドは教室全体を見渡して豪快に笑った。


 ゲームにおいて「スキル」はクールタイムを利用して放つ便利なコマンドでしかなかった。

 だがこの世界では、もっと重く、習得困難な「技」として認識されているらしい。その一端を垣間見せる、と彼は言っているのだ。


 ガルドは言葉を切ると、俺に視線を戻した。その目は、獲物を前にした獣のように鋭い光を宿している。


「さて、アラン。剣を構えろ」


 有無を言わせぬ口調だった。拒否権はない。

 俺は木剣を手に取り正面に構える。

 剣術なんてやったこともないし、このアラン自身もまともに訓練を受けていたとは思えない。手のひらに嫌な汗が滲む。


「……ふむ」


 ガルドは俺の構えを見て、小さく唸った。

 その目は、まるで獲物を見定める猛禽類のようだ。


「まあいい。いくら説明を聞くより、実戦で骨身に染みて体感するのが一番だ。安心しろ、怪我程度で済むように手加減はしてやる」


 手加減はするが、怪我はする、と。彼はそう言った。

 冗談じゃない。俺は恐怖で引きつりそうになる顔を何とか抑え、目の前の教官に意識を集中させる。

 ガルドが木剣をゆっくりと頭上に構えた。先程までの軽い雰囲気は消え失せ、張り詰めた空気が教室を満たす。ビリビリとしたプレッシャーが肌を刺す。


 ガルドの体から、微かに光が漏れ始める。

 淡い赤色のオーラのような光が、彼の屈強な体と木剣を包み込んでいく。

 光は次第に強さを増し、木剣の周りを渦巻き始め、まるでそれ自体が意志を持ったかのように脈動している。



 ――静寂。



 教室内の空気が凍りついたかのように止まる。

 生徒たちの息遣いすら消えた。

 

 ガルドの動きが止まる。

 全ての光が木剣に収束し、まるで小さな太陽のように眩く輝きだした。


 ――これが、スキルか。


 ゲームで見たエフェクトとは僅かに違うが、その圧倒的なプレッシャーと凝縮された力は、あれが紛れもなく「スキル」であることを直感的に理解させた。


 ――あの構えは。


 剣を頭上に掲げる構え。そして、僅かに前傾する姿勢。 

 脳裏に、嫌というほど繰り返したゲームの戦闘画面が、鮮明に蘇る。何度も何度も見た、あのモーション。


 ――「強斬」だ。


 ゲーム序盤の剣士キャラが習得する、基本的な攻撃スキル。

 ダメージ倍率は1.2倍だが、油断すれば痛い一撃。

 一直線に放たれる単純な斬撃だが、それ故に速く、重い。発動前の僅かなタメ、振り下ろされる瞬間の軌道——全てが、頭の中に焼き付いている。


 「何が怪我程度で済む、だ!」


 毒づきながらも、身体は既に動き始めていた。


 ガルドの木剣が、ゆっくりと動き出す。

 その動きは、まるでスローモーションのように見えるほど洗練されていた。

 もはや素人の俺に見切れるものではない。


 ――思い出せ。何度も何度も見続けたその軌跡を。


 全身の力を剣に集中させる。

 ガルドの剣が振り下ろされるその瞬間、その予備動作が目に映る。

 

 「――強斬!」


 ガルドの声が教室に轟いた。

 木剣から放たれた赤い光の軌跡が空気を切り裂き、まるで実体を持った刃のように迫ってくる。


 ――今だ。


 左に半歩踏み出す。


「おい、バカッ」


 ガルドの声が飛ぶ。

 そんなのは聞き流し、木剣を斜めに構えた。

 一直線の斬撃を真正面で受け止めるなんて愚の骨頂だ。

 タイミングを思い出し、剣の腹を滑り込ませるように刃先を逸らす。



 木剣同士が弾けるようにぶつかり――バキンッ!



 乾いた音が響き渡った。

 衝撃が腕を伝う。

 骨が軋むような鈍い音が頭蓋の内側で反響し、神経が痺れるような痛みが走る。

 金属的な味が口内に広がり、思わず歯を食いしばった。


 だが、剣は弾かれず。

 ガルドの「強斬」は床に深い傷跡を残して消えた。


 シンと静まり返る教室。

 その刹那、誰もが物音一つ立てることなく、目の前で起こった信じられない光景に呆然としている。ガルド自身も、スキルを放った体勢のまま、驚きと感心が入り混じった表情で、俺を見つめていた。

 俺は痺れて感覚がなくなりそうな腕を押さえながら、荒い息をゆっくりと吐き出した。


 ――痛ってええええ! まだ手がビリビリする。折れてないよな? 絶対にヒビくらい入ってる!


 しかし、「受け流し」を選んで正解だった。もし真正面からガードしようとしていたら、間違いなく木剣ごと弾き飛ばされ、壁に叩きつけられていただろう。ゲーム知識様々だが、この代償はあまりにも大きい。



「……おいおい、マジか」



 ガルドが眉をひそめ、信じられないものを見る目で俺を凝視する。


「……まぐれか? いや、そんな偶然でできる芸当じゃないな」


 ガルドが眉をひそめる。


「え、あ、はい……まあ、何度も見てきたので」


 俺は思わずそんな言葉を漏らした。


「何度も……? ああ、マルクの奴か」


 ガルドはどうやら父マルクの教育の賜物だと思ったらしい。


「なるほどなるほど……なにはともあれ見直したぞアラン!」


 ガルドが豪快に笑いながら木剣を下ろす。

 その言葉に、周囲の視線が微妙に変わった気がした。


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