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悪役貴族のイレギュラー~破滅エンドを覆せ~  作者: 根古
第1章 悪役貴族編

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第37話 運命の定め

「貴方は、一体何を……?」


 静寂を破ったのは、ソフィアの戸惑いを隠せない声だった。

彼女の大きな青い瞳は、先ほどまでの冷静さを失い、俺とセレナの間で右往左往している。


「説明……は難しいんだが」


 俺は言葉を選びながら口を開いた。

 もちろん転生だとか、ゲームの知識だとか、そんなことを正直に話せるはずはない。


「……みらいがみえるの?」


 か細い、しかし切実な響きを帯びた声が、影の中から投げかけられた。

 顔を上げたセレナの紫の瞳が、怯えながらも、僅かな期待を込めて俺を見つめている。自分と同じ力を持つかもしれない存在への、藁にもすがるような期待。


 そして、それはソフィアも同様だった。

 彼女の視線は、困惑と好奇心、そしてどこか縋るような色を帯びて俺に向けられた。


 二人の、種類の違う、しかし切実な期待が込められた視線が、俺に突き刺さる。

 重い。非常に重いその視線。

 しかし真実を語るわけにはいかない。だからといって嘘が通じるような状況でもない。


 俺はゆっくりと息を吸い込み、セレナの紫の瞳を見つめ返した。


「……正確には未来が見えるんじゃないんだ」


 まず、彼女の期待を一部否定する。セレナの肩が小さく落ちたのが分かった。だが、続ける。


「どちらかというと……そうだな、『未来を知っている』、と言った方が近いかもしれない」


「知っている……?」


 今度はソフィアが眉根を寄せ、訝しげに繰り返した。


「ああ……今から一ヶ月ほど前に……突然、頭の中に流れ込んできたんだ。断片的な映像や、出来事の知識のようなものが」


 俺は、転生した直後の記憶――目覚めた時の混乱や、ゲーム画面のフラッシュバックを、都合の良い形で説明に利用した。それは嘘ではない。ただ、その知識の源がゲームであるという核心部分を伏せただけだ。


「何故そんな大事なことを……」


 ソフィアの声には、呆れと、そして僅かな非難の色が混じっていた。

 当然だろう。天恵の儀での騒動、ラーム村での戦闘と俺の負傷、そして魔力喪失。その全ての根源に、俺が隠していたこの「知識」が関わっているかもしれないのだ。


 俺は自嘲気味に呟いた。


「突然、未来の出来事が見えるようになった、なんて。誰が信じる? 下手をすれば、気でも狂ったか、それこそ魔人にでも取り憑かれたと思われるのが関の山だ」


 それは本心だった。

 転生者であるという真実を隠している以上、この異常な知識の出所を説明することはできない。最もありえそうな説明ですら、狂人の戯言としか受け取られないだろう。


「それに、確証もなかった。本当に未来の出来事なのか、ただの悪夢や妄想なのか……自分でも判断がつかなかったんだ」


 言葉を選び、慎重に、しかし切実に訴える。


「……貴方のその『知識』は、どれくらいのことまで?」


 ソフィアが、探るような口調で尋ねてくる。その青い瞳は、俺の言葉の真偽を慎重に見極めようとしていた。部屋の隅では、セレナがか細い息を詰めて、俺の答えを待っている。


「具体的なことはあまり……大きな事件とか、特定の人物に関することとかだ。それにほとんどが十年後に集中していて、今のところ役に立つようなものはないんだ」


 そう言って俺はセレナをチラリと見る。

 彼女もまた「十年後」という言葉に、びくりと肩を震わせた。


「……なるほど、それで自分の悲劇を知った。ということですか」


「ああ、そういうことになる」


 俺は頷く。

 ソフィアは難しい顔をしたままだ。

 セレナの件もあり、彼女にとっては複雑な感情なのだろう。


「……信じ難い話ですが」


 ソフィアは一度言葉を切り、部屋の隅で震えるセレナと、俺の顔を交互に見比べた。


「貴方の最近の行動の変化、常識外れの魔法やスキル、そしてセレナ様の反応……それらを繋ぎ合わせると、貴方の言葉を完全に否定することもできません」


 大きく息を吐きながらソフィアは告げた。


「一つだけ確認をさせて下さい」


 ソフィアがまっすぐこちらを見る。


「ラーム村での一件は、知っていたのですか?」


 ソフィアの鋭い視線が、再び俺に突き刺さる。ラーム村での俺の行動――祠への執着、ランドへの接触、そして護符の存在。それらが単なる偶然や気まぐれではなかったのではないか、という疑念が彼女の中にあるのだろう。


「……いや、襲撃そのものは知らなかった。ゴブリンが現れるなんて、全く予想していなかったよ」


 俺はまず、核心部分を正直に否定した。あの恐怖は本物だった。


「……分かりました、その言葉を信じます。貴方が私たちを危険に晒すような意図を持っていなかったことは、あの戦闘での行動を見ても明らかですから」


 ソフィアは、ふっと息を吐き、ようやく納得したように頷いた。彼女の中で、ひとまずの結論が出たのだろう。


「やっぱり、私がみたものは……」


 それまで黙って聞いていたセレナが、震える声で問いかけてきた。

 彼女にとって、一番重要なのはそこだ。自分の見る恐ろしい未来が、本当に変えられない運命なのかどうか。


 俺はセレナの紫の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 ゲームの結末は知っている。アランの死も、魔王軍の侵攻も、恐らくは確定された「シナリオ」だ。だが――。


「……正確なことは俺にも分からない。だけど……」


 俺は言葉を切る。ここで嘘や気休めを言うべきではない。だが、希望を捨てるわけにもいかない。俺は、セレナとは違う結論を持っている。


「俺は、変えられると思ってる」


 俺は、はっきりと、強い意志を込めて言った。


「わたしが見るものは……いつも、ほんとうになるのに……?」


 セレナの声には、信じられないという響きと、それでも縋りたいという願いが混じっていた。


「そうかもしれない。単なる予想でしかないけど、セレナ様の力は『定められた未来』を見る力なんだと思う」


「運命、ですか」


 ソフィアが静かに繰り返した。運命――それは、神々によって定められ、人の力では抗うことのできない絶対的な流れ。


「ああ。あるいは、『物語』と言ってもいいかもしれない」


 俺は敢えて、その言葉を選んだ。セレナの紫の瞳が、怯えながらも僅かに見開かれる。


「定められた筋書き、結末が決まっている物語。セレナ様が見ているのは、その『物語』の結末なんじゃないかと思うんだ」


「……物語?」


 セレナが、か細い声で聞き返す。


「ああ。だから、この世界はその筋書きに沿って動いてしまう」


 俺はセレナの目を真っ直ぐに見据え、静かに、しかしはっきりと告げた。俺自身もまた、その絶望を味わった一人なのだから。セレナの身体が再び小さく震え、俯いてしまう。


「ですがアラン様、もしそれが本当に『定められた運命』なのだとしたら、どうやって変えるというのですか? 神の定めた道筋に人が抗うなど……」


 ソフィアの声には、理性的な疑問と、聖職者としての戸惑いが滲んでいた。


「俺がその証拠になる。俺の知る『物語』では俺がソフィアと旅をすることなんてなかったし、セレナ様とこうして出会うこともなかった」


 俺の言葉に、部屋の空気が再び張り詰めた。

 ソフィアは眉を顰め、何か反論しようと口を開きかけたが、それよりも早く、セレナがか細い声で反応した。


「……ほんとう、に?」


 影の中から覗く紫の瞳が、揺らめく蝋燭の灯のように、不安と期待の間で揺れている。


「ああ。俺の知る筋書きでは、俺はフォルテス家の厄介者として孤独に過ごし、やがて無様に死ぬはずだったんだ」


 俺は、確信を持って告げた。

 それは紛れもない事実だ。ゲームのアランは、ソフィアともセレナとも、まともな接点を持つことなく破滅へと向かっていた。


「だから試しにもう一回だけ俺を見てくれないか?  はるか先の未来じゃなく、ほんの少しだけ先――そうだな、一日後の俺を」


 それはセレナの悩みの解消だけではなく、俺自身の不安をかき消すための提案だった。

 果たして運命は本当に変えられるのか。

 結末を変えることができるのか。


「セレナ様、お願いできますか。もし、アラン様の言う通りなら……それは、貴女にとっても、私たちにとっても、大きな意味を持つはずです」


 ソフィアの後押しを受け、セレナは再び震える両手を胸の前で合わせた。

 長い前髪が揺れ、黄金色の『天眼』が再び現れる。その光は、先ほどよりも少しだけ、強く輝いているように見えた。

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