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悪役貴族のイレギュラー~破滅エンドを覆せ~  作者: 根古
第1章 悪役貴族編

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第22話 日程

「ま、魔除け……?」


 ソフィアから告げられた予想外の言葉に、俺は思わず聞き返した。

 手の中にある古びた木彫りの護符が、急にずしりと重くなったように感じる。

 

 これは『古守の護符』ではなく、『魔除けの護符』。


 もちろんソフィアの『天眼』によって明かされる名称が、ゲームと確実に同一である保証はどこにもないが、名前だけではなくその効力も異なるようだった。

 状態異常耐性ではなく、魔物を遠ざける力。それはそれで有用だが、俺が期待していたものとは違っている。


「聖域外の村には、こうした護符を用いて簡易的な結界を張ることが多いんです。実際、この遠征も表向きの理由は天恵の儀の遂行ですが、ラーム村における結界の状態を確認し、必要であれば措置を講じることも、今回の任務の一つでしたので」


 ソフィアは淡々と重要な情報を付け加えた。


「……待て、ならこれを持ち出すのは」


 俺は咄嗟に口を挟む。

 その話が本当なら、俺がしたことはこの村にとって危機を招きかねない。


「まあ状況証拠的に大問題ですね」


 ソフィアは小さく息を吐き、俺の顔をじっと見つめた。


「すぐに戻さないと!」


 焦りに駆られ、俺は踵を返して階段に向かおうとした。

 だがソフィアの静かな声がそれを引き止める。


「落ち着いて下さい。話は最後まで」


 ぴしゃり、と言い放たれたその声には、有無を言わせぬ響きがあった。俺は思わず足を止め、彼女の方へと向き直る。


「貴方がこれを見つけたのは、村はずれの祠、ですよね?」


「あ、ああ、そうだけど」


 俺はソフィアの問いに頷く。あの古びた祠でこれを見つけたのは間違いない。


「私は昨晩、この村に到着した後、村の結界の状態を確認しましたが、その場所は貴方の言う祠ではありませんでした」


「え……じゃあ?」


 ソフィアの言葉に、安堵を覚えつつも疑問は残ったままだ。


「それに、結界の場所と管理方法を知る村長でさえ、この護符の存在を知らなかった。言い伝えとして聞いたことがある程度で、現物を見るのは初めてだとおっしゃっていましたね」


 ソフィアは事実を一つ一つ積み重ねていく。その冷静な分析に、俺の焦りは少しずつ収まっていった。


「つまり、この護符は、ラーム村の現在の公式な結界とは関係のない、忘れ去られた存在である可能性が高い、ということです。おそらくは、村の言い伝えにあるような、古い時代の『魔除け』なのでしょう。効果の範囲や持続時間などは不明ですが、少なくとも村全体の結界に影響を与えるものではないと考えられます」


「……そう、なのか」


 俺は安堵の息を漏らす。村に迷惑をかけずに済んだ。その事実に、まずはホッとした。


「ともあれ、一度その祠は見ておきたいです」


 ソフィアは護符から視線を上げ、俺を見た。その瞳には、いつもの淡々とした表情の奥に、好奇心が宿っているのが見えた。


「分かった、明日案内するよ」


 俺もこの謎の護符についてソフィアの知見は聞いておきたいところだった。

 俺がそう答えると、ソフィアは小さく頷く。


「それで提案なんだが、この村を出立するのを少しだけ延期したいんだけど……」


 俺の言葉に、ソフィアはわずかに眉を動かした。彼女の青い瞳が、俺の真意を探るようにじっと見つめてくる。


「延期、ですか。予定では明日には発つことになっていますが。何か理由でも?」


 当然の問いだ。グレイン家の任務として来ている以上、勝手な都合でスケジュールを変更することは本来許されないだろう。


「ああ。一つはさっき話した祠と、この護符のことだ。ソフィアも気になっているんだろう? せっかく見つけたんだし、もう少し詳しく調べてみたい。ソフィアなら、何か分かるかもしれないし」


 俺はまず、ソフィア自身の興味を引くであろう理由を提示した。彼女の知的好奇心を刺激すれば、話を聞いてもらいやすいはずだ。案の定、ソフィアの瞳にわずかな揺らぎが見える。


「……確かに、この護符と祠については興味深い点があります。魔除けの技術は、その多くが失伝しており、教会にとっても重要な研究対象です。古代の遺物である可能性も否定できません」


 ソフィアは顎に指を当て呟いた。


「だろ? それに……」


 俺は少しだけ言葉を選び、視線を落とす。


「もう一つ、個人的に気になることがあるんだ。少しだけ、時間が欲しい」


 それはランド・ガリオンのことだ。

 彼との接触は果たせたものの、本来の目的は全く果たせていない。

 ソフィアにしても、ランドにしても、自分勝手な理由だと分かっている。

 だが、ここで彼との繋がりを作っておくことは、俺自身の破滅回避だけでなく、もしかしたらこの世界の未来にとっても意味があるかもしれない、そんな予感があった。


「個人的なこと、ですか」


 ソフィアの声が、わずかに冷たさを帯びた気がした。彼女の青い瞳が、俺の言葉の裏を探ろうとしている。


「……まあ、貴方の行動には不可解な点が多いですからね。一つや二つ増えたところで、驚きはしませんが」


 彼女はふっと息を吐き、諦めたような、あるいは仕方ないといった表情を浮かべた。


「ですが、任務に支障が出るようなら認められません。どれくらいの時間が必要なのですか?」


「一日か二日程度、くらいかな」


 正直、期間に何の根拠もない。

 護符の謎、ランドとの接触、そしてラーム村の未来。

 その全てを解決するには、いくら時間があっても足りないだろう。


「分かりました。生憎とこの後の予定はありませんので、延期自体は可能でしょう」


 ソフィアは、あっさりとそう言った。拍子抜けするほど簡単な了承。しかし、もちろんそれで話が終わるはずがない。彼女は、俺の顔を真っ直ぐに見据え、静かに続けた。


「ですが、条件があります」


 やはり来たか。俺はゴクリと唾を飲み込み、彼女の言葉を待つ。


「延期は最大で一日。明日の日没までに、貴方の言う『個人的なこと』、そしてこの護符と祠に関する調査に、明確な進展が見られなければ、即刻出発します。よろしいですね?」


 一日……短い。だが、ゼロよりは遥かにマシだ。ランドとの接触、そして護符の謎。その両方にどれだけ迫れるかは分からないが、やるしかない。


「ああ、分かった。それで十分だ」


「それからもう一つ」


 ソフィアは、わずかに細めた青い瞳で俺を射抜く。


「その調査には、私も同行させていただきます。貴方の『個人的なこと』が、任務全体に悪影響を及ぼさないか、この目で確認する必要がありますので」


「え……」


 それは予想外だった。いや、彼女の性格を考えれば当然の要求かもしれない。だが、ランドとのことまで監視されるのは都合が悪い。


「それは……俺だけの問題だから、ソフィアを付き合わせるわけには」


「私の補佐役が問題を起こせば、それは私の監督責任にも繋がります。それに、貴方の『気になること』が、この護符や祠と全く無関係だとも言い切れません。むしろ、何か関連がある可能性も考慮すべきでしょう」


 ソフィアの指摘は鋭い。確かに、あの祠でランドと遭遇したのだ。全くの無関係とは言えないかもしれない。そして、俺が何か隠していることにも、彼女は薄々気づいているのだろう。


「……分かった。よろしく頼む」


 反論の余地はなかった。俺は渋々頷くしかない。ソフィアの『天眼』の前で、下手な嘘や誤魔化しは通用しないだろう。むしろ、彼女の協力を得られると考えれば、心強いかもしれない。護符の謎解明にも、ランドとの接触にも、彼女の知識や力が役立つ可能性はある。


「では、そう決まりですね。ガルド様たちへの説明は、私からしておきます。『古代遺物の調査のため、一日滞在を延長する』と伝えれば、おそらく問題ないでしょう」


 ソフィアは淡々と告げた。彼女がそう言ってくれるなら、ガルドさんたちを説得する手間が省ける。


「助かるよ」


「当然のことです。では、明日は早朝から祠へ向かいます。遅れないように」


 それだけ言うと、ソフィアは自室の扉を開け、中へと入っていった。パタン、と閉まる扉の音だけが、静かな廊下に響く。


「……さて、どうするか」


 一人残された俺は、自室に戻り、ベッドに腰掛けた。

 一日の猶予。その間に、祠と護符の調査、そしてランド・ガリオンとの再接触を果たさなければならない。しかも、ソフィアの監視付きで。


 まずは明日、ソフィアと共に祠を調査する。その道中や、祠周辺で、ランドの姿を探すか、あるいは村の子供たちから彼の情報を集めるのが現実的か。護符については、ソフィアの『天眼』と知識に期待するしかない。

 俺は懐から再び『魔除けの護符』を取り出し、見つめる。古びた木彫りの護符。


 ゲーム上では間違いなく『古守の護符』のはずだったそれが一体何故この世界では変わってしまったのか、そして、なぜあの忘れられた祠に置かれていたのか。

 考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。


 だが、今はただ、明日に備えて休むしかない。

 俺は護符を再び懐にしまい、藁のベッドに横になった。

 村の静かな夜が、窓の外に広がっている。


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