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第18話 ランド・ガリオン

 ランド・ガリオン。


 その見た目は大分幼いが、その鋭い眼光、そして燃えるような赤髪は、俺の記憶にある『セレスティアル・サーガ』の彼と寸分違わない。

 間違いない、彼こそが後の世で「狂戦士」と恐れられ、そしてある者たちにとっては英雄ともなる重要人物、ランド・ガリオンその人だった。


 まさか、こんなタイミングで、こんな場所で遭遇するなんて。


 ゲーム本編では、彼は既に故郷を失い、復讐心に燃える一匹狼として登場する。だが、今目の前にいるのは、まだ十歳そこそこの、ただの村の少年だ。いや、ただの、というにはあまりにも異質な存在感を放っているが。


「……何とか言えよ。よそ者がこんな所で何してる?」


 ランドは、俺が黙り込んでいることに苛立ったのか、更に語気を強めて問い詰めてくる。その声には、年齢に似合わない荒々しさと、明確な敵意が籠もっていた。


「いや……すまない。散歩のついでに立ち寄っただけなんだ」


 俺は努めて平静を装い、当たり障りのない返答を心がけた。

 確かに予想外ではあったが、俺の目的の一つが彼であり、ここで関係を悪化させることだけは避けたい。


「散歩? こんな日が暮れかけてる時に、わざわざ村はずれまで?」


 ランドは疑わしげに目を細める。

 その赤い瞳が、探るように俺の顔や服装を注意深く観察していた。

 金髪に、貴族風の(今は旅装だが、それでも村人とは明らかに違う)身なり。彼にとって、俺はいかにも怪しい「よそ者」にしか見えないのだろう。


「ああ、少し考え事をしていて、気づいたらここまで来てしまったんだ。この祠が目に入って、つい……」


 できるだけ自然に聞こえるように、祠に興味を持ったという理由付けをする。全くの嘘ではない。実際に『古守の護符』という「お宝」が眠っている(はず)のだから、興味がないわけがない。


「偶然……ねえ」


 ランドは鼻を鳴らし、俺から視線を外し、今度は祠の方へと目を向けた。その横顔には、依然として警戒の色が濃いが、先ほどのような剥き出しの敵意は少しだけ和らいだようにも見えた。


「この祠は、ただの古い石の塊だ。謂れも何もないし、いつからここにあるのかも分からねえよ」


 吐き捨てるように言うランド。

 その言葉には、祠に対する特別な感情はなさそうに聞こえるが、同時に「だからお前も早く消えろ」という意図が透けて見える。


「そうなのか? でも、古いものには何か物語が隠されているかもしれないだろう? 昔の英雄の逸話とか、隠された宝とか……」


 俺は敢えて、子供らしい好奇心を装って返してみた。少しでも彼の警戒心を解き、会話の糸口を探りたい。もし彼がこの祠に頻繁に出入りしているなら、護符について何か知っている可能性もある。


「物語? 宝? くだらねえ」


 ランドは再び俺に鋭い視線を向け、嘲るように鼻で笑った。


「そんなもんに興味があるのは、お前みたいな呑気な貴族の坊ちゃんだけだろ。俺たちみてえな貧乏人が興味あるのは、今日の飯と、どうやって強くなるか、それだけだ。石ころ眺めて腹が膨れるかよ」


 やはり、彼の敵意の根源は「貴族」という存在そのものに向けられているらしい。そして、「強さ」への渇望。原作における彼の行動原理の根幹が、既にこの頃から形作られていることが窺えた。


「……強さ、か」


 俺はその言葉を反芻する。

 この世界における「強さ」は現代と比べるとかなりの価値を持つ。

 スキル、魔法、そして天恵。それらを磨き上げることが、生き残るための必須条件だ。アランのように「無能」と蔑まれれば、待っているのは破滅だけ。ランドの渇望は、ある意味でこの世界の真理を突いているのかもしれない。


「なんだよ、お前も興味あんのか? 強さってやつに」


 ランドが意外そうな顔で俺を見る。俺のような、いかにもひ弱そうな貴族の少年が「強さ」に反応したことが、彼の予想外だったのかもしれない。


「まあ……少しはな。俺だって、自分の身くらいは守れるようになりたいと思ってる」


 これは本心だ。悪役として破滅する運命を回避するためには、何よりもまず力がいる。ガルドさんの特訓は無茶だったが、その必要性は痛感している。


「ふん、貴族の坊ちゃんが何を言ったって、どうせ口だけだろ。お前らには生まれつき色んなもんがあんだ。俺たちとは違う」


 ランドは再び顔を顰め、吐き捨てるように言った。

 その声には、諦めと、そして拭いきれない妬みが混じっているように聞こえた。彼にとって、貴族とは、努力せずとも力を手に入れられる恵まれた存在に見えているのだろう。まあ、アランに関して言えば、その評価は全くの間違いではないのだが。


「生まれつき持っているものだけじゃ、足りないこともあるんだ。それに、持っているものが必ずしも望んだものとは限らない」


 俺は静かに反論した。それは、天恵が不明で、望まぬ悪評を背負わされた俺自身の状況を反映した言葉でもあった。ランドには理解できないかもしれないが、貴族には貴族なりの苦悩や、逃れられない宿命があるのだ。


「……何言ってんだ、お前」


 ランドは眉を寄せ、訝しげに俺を見る。俺の言葉の真意が掴めず、困惑しているようだ。彼の知る「貴族」のイメージとは、かけ離れたことを言っている自覚はある。


「まあ、いいさ。とにかく、俺だって強くなりたいと思ってるのは本当だ。弱いままだと、大切なものを守れないからな」


 大切なもの――それは、俺自身の命であり、破滅を回避した先の未来だ。今の俺にはまだ漠然としたものだが、それを守るためには力がいる。


「……守るもん、ね」


 ランドは、俺の言葉を小さく繰り返した。その赤い瞳に、一瞬だけ、何か複雑な感情がよぎったように見えた。彼にも、守りたい何かがあるのだろうか。あるいは、既に失ってしまったものが。


 沈黙が落ちる。夕暮れの風が木々の葉を揺らす音だけが聞こえる。


 気まずい、というよりは、互いに相手の出方を探っているような、張り詰めた空気。


「……まあ、お前が強くなりたいってんなら、好きにすればいい。けどな、」


 ランドは再び俺を睨みつける。


「俺は、俺のやり方で強くなる。お前ら貴族とは違うやり方でな。馴れ合うつもりはねえぞ」


 そう言い放つと、ランドは踵を返し、森の奥へと続く細い獣道のような方へ歩き出した。その背中は小さくとも、揺るぎない意志を感じさせるものだった。


「おい、まだ話は――」


 俺は思わず呼び止めた。彼との接触はこれで終わりにしたくない。


「ランドー! ご飯だぞー!」


 俺の言葉を遮るように、村の方から子供を呼ぶ女性の声が聞こえた。

 ランドはピクリと肩を震わせ、一瞬だけ足を止めたが、振り返ることはなく、すぐにまた歩き出し、あっという間に木立の影へと消えていった。


「……少し喋りすぎたか」


 一人残された俺は、ランドが消えた方向を見つめながら、小さく息を吐いた。

 彼との最初の接触は、成功とは言えないが、最悪の結果でもなかった、と思いたい。少なくとも、会話はできた。そして、「強さ」や「守るもの」といったキーワードに、彼が僅かながら反応を見せたことも収穫だ。今後の関係構築の足掛かりになるかもしれない。


 だが、今はそれよりも優先すべきことがある。

 俺はランドのことを一旦忘れ、目の前の古びた祠へと向き直った。夕闇が迫り、祠の内部はもう薄暗くなっている。急がなければ。


 『古守の護符』。ゲームでは状態異常耐性を上げる貴重な装飾品だ。この現実世界でどれほどの効果があるかは未知数だが、手に入れておいて損はないはずだ。ゴブリンとの遭遇で魔物の脅威を肌で感じた今、防御手段はいくらあっても足りない。


 俺は祠の入り口に絡みついた蔓草を払い、埃っぽい内部へと足を踏み入れた。中は狭く、かび臭い匂いが鼻をつく。蜘蛛の巣が至る所に張られ、床には枯れ葉や土埃が積もっていた。中央には、祭壇らしき石の台座があるが、上に置かれていたであろう物は失われ、ただの石塊と化している。


「さて、どこにあるんだ……?」


 ゲームの記憶を頼りに、祠の中を見回す。確か、祭壇の裏か、あるいは台座の下あたりに隠されていたはずだ。俺は屈み込み、祭壇の周りを調べ始めた。石の表面は冷たく、苔むしている。


 祭壇の裏側を覗き込む。壁との間にはわずかな隙間があるが、暗くてよく見えない。手探りで隙間に手を入れてみるが、冷たい石肌と、蜘蛛の巣の嫌な感触があるだけだった。


「こっちじゃないか……」


 次に、祭壇の台座の下を調べる。持ち上げられるようなものではないので、地面との接合部や、台座自体に何か仕掛けがないかを探る。だが、特に変わった様子はない。


 焦りが募る。日が完全に落ちてしまう前に見つけなければ。ガルドさんとの約束の時間も迫っている。


「もしかして、場所が違う? いや、でも、この祠で間違いないはず……」


 記憶違いだろうか? それとも、現実では既に誰かに持ち去られている? 不安が頭をよぎる。

 もう一度、祭壇の周りを注意深く観察する。すると、祭壇の側面、地面に近い部分の苔が、一部だけ不自然に剥がれていることに気づいた。


「ここか……?」


 俺は指でその部分を擦ってみる。苔の下には、わずかに形状の違う石が嵌め込まれているように見えた。爪を立てて引っ掛けると、カチリ、と小さな音を立てて石が動いた。隠し蓋だ!

 石蓋をずらすと、そこには大人の拳が一つ入るくらいの小さな窪みがあった。そして、その窪みの奥に、手のひらに収まるほどの小さな革袋が置かれていた。


「あった……!」


 思わず声が漏れる。

 心臓が高鳴るのを感じながら、俺は慎重に革袋を取り出した。袋の口は紐で固く結ばれている。震える指で紐を解き、中身を手のひらに出す。

 現れたのは、古びた木彫りの小さな護符だった。


 動物か何かを象ったようだが、風化が進んでおり、何の形かは判別しづらい。表面には細かな傷が無数についており、長い年月を感じさせる。見た目は、そこらで売っている安物の土産物と大差ない。


 だが、手に取った瞬間、じんわりとした温もりが掌から伝わってきた。そして、不思議と心が落ち着くような、守られているような感覚。


「これが……古守の護符……」


 ゲームアイテムが、確かにこの手に存在している。

 その事実に、俺は言いようのない興奮と安堵を覚えた。ゲーム知識は、やはりこの世界でも通用するのだ。

 だが、その興奮も束の間、ふと躊躇いが心をよぎる。


「これ、そのまま持っていくのは……」


 よく考えれば、これは誰かのものかもしれない。あるいは村の大切な遺物かもしれないのに、勝手に持ち去るのは盗みになるのではないか。


「……だけど」


 この護符はゲーム上においても、プレイヤーが発見するまでこの場所に置かれていたものだ。それこそ村が滅びるまで。


「……村長辺りには聞いておくか」


 流石に無断で持ち出すほど図太くはない。

 どこで悪評が立つか分からない以上、安易な行動は控えるべきだろう。


 俺は護符を革袋に戻し、しっかりと紐を結び直すと、懐の奥深くへとしまい込んだ。


 祠を出ると、空はもう濃紺色に染まり、星が瞬き始めていた。急いで村長の家に戻らなければ。


「ん? アラン坊主、どこ行ってたんだ?」


 村長の家の近くまで戻ると、入り口で見張りをしていた護衛の騎士に声をかけられた。


「あ、いえ、少し考え事をしていました。もう戻ります」


 俺は努めて平静を装い、早足で家の中へと入った。土間では、ガルドさんとソフィアが村長夫妻と囲炉裏を囲み、質素ながらも温かそうな夕食をとっているところだった。


「おお、戻ったか。ちょうど飯にするところだぞ。ほら、こっち来い」


 ガルドさんが手招きする。俺は頷き、彼らの輪に加わった。村長夫人が、木の器に盛られた素朴なスープと硬いパンを出してくれた。


「いただきます」


 空腹だったこともあり、スープは体に染み渡るように美味しく感じられた。パンは少し硬かったが、噛めば噛むほど味が出る。


 食事中、ソフィアがちらりと俺の方を見た気がしたが、特に何も聞いてはこなかった。彼女のことだ、俺が何か隠していることには気づいているかもしれないが、今は追及するつもりはないのだろう。あるいは、単に興味がないだけか。


 その後、村長に護符のことを訪ねようとしたが、タイミングが合わず今日のところは見送った。


 部屋に戻り、ベッドに横になる。


 今日一日の出来事が頭の中を駆け巡る。

 ランド・ガリオンとの予想外の遭遇。彼の抱える闇と、強さへの渇望。そして、ゲーム知識を頼りに手に入れた『古守の護符』。

 確実に、俺の運命は動き出している。破滅を回避するためのピースが、少しずつ集まり始めているような気がした。


 明日は、ラーム村での天恵の儀。

 トラウマはまだ完全に消えたわけではない。だが、今日の出来事が、俺に少しだけ勇気をくれた。ソフィアの補佐役として、そして自分自身の未来のために、しっかりと役目を果たさなければ。

 懐の中の護符の、微かな温もりを感じながら、俺は深い眠りへと落ちていった。長旅と、今日の様々な出来事で、体も心も疲れ切っていたのだろう。

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