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第14話 遠征に向けて

 ヘレナ様との面会を終え、与えられた客室に戻った俺は、窓の外に広がるグレイン邸の整然とした庭園を眺めながら、深く息をついた。


 ラーム村への同行。

 それは、俺自身が望み、決断したことだ。トラウマから逃げず、ソフィアの補佐役としての第一歩を踏み出すために。そして何より、ゲームの知識——『古守の護符』とランド・ガリオンの存在が、俺の背中を押していた。


 ようやく転生者アラン・フォルテスとしての人生が動き始めた実感がある。

 今までは周りに振り回されっぱなしだった。


 転生者として知識を活かす場面も僅かながらにあったが、それも一時の成功で終わったのは記憶に新しい。

 よくあるチート、無双と言われる展開は、少なくとも俺には難しいと痛感させられた。


 だが今回のラーム村への遠征は俺の意思によって決まったことだ。

 あのままグレイス邸で勉学に励み、技術を磨くことも、また一つの選択肢だった。

 アランの人生が過酷なものになる、それを見越して準備をすることは何も悪いことではない。


 だが、そうやって準備をしている間にもこの世界の時は動き続けている。

 ゲームのようにレベル上げに勤しむ余裕などこの世界にはないのだ。


 迫りくる魔王軍の侵攻、兄ルーカスの死、そしてアラン自身の破滅。知っているからこそ、座して待つことなどできない。


 もちろん不安はある。

 今までの経験から、アランに起こる出来事は碌なことにならない。

 アランがラーム村に関与していた話なんて聞いたことがないので、知識の範囲内だと問題は起こらないはずだ。

 だが、何が起こるかわからない。

 俺はこの世界に来てそれを一番痛感している。


「よし、やるぞ」


 俺は窓から見える庭園に背を向け、部屋の中央で小さく拳を握った。

 決めたのは自分だ。ならば、うじうじと悩んでいる暇はない。できる限りの準備をして、万全の態勢でラーム村へ向かう。それだけだ。


コンコン。


 タイミング良く、扉がノックされた。入ってきたのは、やはりソフィアだった。彼女もヘレナ様との面会時とは違い、動きやすそうな、しかし上質な素材で作られた濃紺の旅装に着替えている。その手には数枚の羊皮紙を持っていた。


「まずはご連絡を、出発は三日後となります」

「三日後か……それで、具体的に何を準備すればいいんだ?」


 俺が尋ねると、ソフィアは手にした羊皮紙の一枚を差し出した。そこには、箇条書きで必要なものがリストアップされていた。


「着替え数着、最低限の筆記用具、雨具、それから……」


ソフィアは淡々と読み上げる。


「身分を証明するもの、多少の金銭。武器や防具は、基本的に護衛が担当しますが、貴方も一応、自衛用の短剣くらいは準備しておいた方が良いかもしれません。手持ちはありますか?」


「いや、持ってないな」


 もしかするとあるのかもしれないが、生憎と今の俺には分からない。


「そうですか、ではそちらも用意をしておきます」


「ありがとう、そうしてくれると助かる」


 至れり尽くせりの対応に感謝の意を述べる。

 

「お気になさらず」


 相変わらずの塩対応だが、その実、俺のことを考えてくれているのは伝わってくる。まあ、足を引っ張られては彼女自身も困るということだろうが。


「後は護衛は騎士が三名付きます。そのうちの一人とはお知り合いかもしれません」


「知り合い?」


 俺は思わず聞き返す。

 フォルテス家として付き合いのある騎士は多いだろうが、わざわざソフィアが「知り合いかもしれない」と言うからには、それなりに近い人物なのだろうか。


「はい。名前はガルド・ハインツ、確かセレスティア学院の教官をしていたはずですが」


「ああ、その人なら知ってる」


 俺は頷いた。学院でいきなりスキルを見せてきた豪快な教官だ。

 彼が護衛についてくれるなら、確かに心強い。腕は確かだろうし、俺の変化にもある程度気づいている。少なくとも、頭ごなしに疑ってくるようなタイプではないはずだ。


「それは心強いな」


 素直な感想を口にすると、ソフィアは特に表情を変えずに頷いた。


「そうですね、腕は確かと聞いています。護衛としては最適なのでしょうが……」


 そう言って彼女は言葉尻を窄めた。


「何かあったのか?」


 俺が尋ねると、ソフィアはわずかに眉根を寄せ、小さく息をついた。


「まあ、そうですね……今回の同行人が貴方であると聞いた際に、ぜひ顔を合わせて欲しいと」


「へ、へえ……」


 あの豪快な笑みでそんな要求をする光景が目に浮かぶ。

 いつの間に俺はあの人からそこまで関心を得ていたのだろうか。


「そして既にもう押しかけ……いらっしゃっているんです」


「え……それって」


 ソフィアがどこか疲れたような、あるいは諦めたような響きでそう告げた、まさにその瞬間だった。


 ――ドンドンッ! バンッ!


 まるで攻城兵器か何かのような、凄まじいノック(というより打撃)の音が部屋の扉から響き渡り、俺とソフィアの肩がビクッと跳ねる。重厚な扉が軋み、蝶番が悲鳴を上げているかのようだ。


「おーい! 坊主! いるんだろぉ!?」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、紛れもなく聞き覚えのある、野太く、そしてやけに陽気な声。返事を待つ気など毛頭ないらしく、遠慮のかけらもない大声が廊下に響き渡っている。


 ソフィアはこめかみをピクリと震わせ、深い溜息を一つ吐いた。その無表情が崩れる貴重な瞬間だったが、今の俺にはそれを楽しむ余裕はない。


「……どうぞ」


 諦観に満ちたソフィアの声とほぼ同時に、扉が勢いよく内側に開かれた。そこに立っていたのは、予想通り、筋骨隆々とした体躯に傷だらけの顔、そして全てを吹き飛ばすような豪快な笑みを浮かべた男——ガルド・ハインツ教官その人だった。

 彼は学院で見せた騎士科の制服ではなく、実戦的な革鎧に身を包んでいる。腰には長剣が佩かれており、護衛としての任務を既に意識しているのだろう。


「よぉ! アラン坊主! 息災だったか! わざわざ訪ねてきてやったぞ!」


 ガルド教官は、開口一番そう言って大股で部屋に入ってくると、大きな手を俺の背中にバンッ! と叩きつけてきた。


「……痛って!」


 不意打ちの衝撃に思わず声が出る。


 おいおい、この人、学院にいたときより大分キャラが違わないか?


「ガルド教官……お久しぶりです」


 なんとか体勢を立て直し、咳き込みながら挨拶を返す。隣を見ると、ソフィアが「だから言ったでしょう」とでも言いたげな冷ややかな視線をガルド教官に向けていた。


「おう! 元気そうで何よりだ! 天恵の儀では大変だったみたいだな!」


 ガハハ、と豪快に笑うガルド教官。

 デリカシーという言葉は彼の辞書には存在しないらしい。


「まあ、おかげさまで……色々と」


 曖昧に言葉を濁すしかない。


「それにだ、ここは学院じゃないんだ、教官なんてつけなくていいぜ! いや、つけるな! ガルド、でいい!」


 ガルドはニカッと歯を見せて笑い、再び俺の背中をバシッと叩いた。今度は少し身構えていたので、よろめくことはなかったが、やはり痛い。


「は、はあ……じゃあ、ガルドさん、で」

「おう! それでいい!」


 ガルドさんは満足そうに頷くと、腕を組んで俺を上から下まで値踏みするように見回した。その視線は好奇心に満ちているが、聖堂で浴びたような悪意や侮蔑の色は全くない。


「……それにしても、ガルドさんはどうしてここに?」


 俺の素朴な疑問に、ガルドさんはにやりと広角を上げた。その傷だらけの顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


「どうしてって、そりゃお前さん、親友のせがれの初仕事だってんだ。心配で見に来るのが人情ってもんだろ?」


 ガルドさんは再び、バン!と俺の背中を叩く。もう慣れた。


「それに、今回のラーム村への護衛任務、俺も拝命したからな! 一応、依頼主……いや、護衛対象の顔を見に来たってわけよ!」


 ガハハ、と再びガルドさんが笑う。

 何と言うか……よくこんな人が父と友人関係になれたな。


「ってことで、早速だが、付いてこい!」


「は? ちょっ!?」


 突然、まるで米俵のように軽々と抱きかかえられ、視界がぐるりと回転する。

 意味がわからず、ソフィアに助けを求めようにも、彼女は腕を組み目を閉じ、我関せずといった態度だった。



 担がれたままグレイン邸の廊下を進み、やがて俺たちが連れてこられたのは、見慣れた裏庭だった。

 通りすがりの使用人たちが何も言ってこない辺り、一応は許可を取ってあるらしい。


「ほらよっ!」


 ドサッ、と。

 まるで荷物を下ろすかのように、俺は地面に降ろされた。受け身を取る間もなく尻もちをつき、思わず呻き声が漏れる。


「……っ、い、一体何を」


 抗議の声を上げると、ガルドさんは腰に手を当て、仁王立ちになって俺を見下ろしていた。

 相変わらずその表情には笑みが張り付いている。


「何って、そりゃあ、修練だろ」


「は、はあ?」


 いきなり理由のわからないことを言われる。


「護衛対象が丸腰で、いざという時に何もできないんじゃ話にならんからな。それに……」


 ガルドさんは言葉を切り、俺の目をじっと見据えた。


「坊主は、学院で俺の『強斬』を見切っただろ? 俺はお前を筋が良いと見てる。それこそ出発までの後三日でスキルを習得できるんじゃないか、ってほどにな」


 ガルドの脳裏にはあの学院での一幕がこびりついているようだった。

 確かにあれは俺にしても上出来だった。しかしそれは決して才能で再現した芸当ではない。


「いや、スキルって……そんな簡単に」


 『研鑽を続けた者だけが扱える技の結晶』。

 学院でガルドはそう教えていたはずだ。

 二日や三日でおいそれと習得できるとは到底思えないんだが。


「ま、できないならできないで、無駄にはならねえよ」


 そう言って急遽、ガルドによる武術訓練が開催されたのだった。




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