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第13話 トラウマを乗り越えて

 ヘレナ様の口から告げられた「ソフィアの補佐役」という提案。それは、俺にとって全く予想していなかった役割だった。


「ソフィアの……補佐、ですか?」


 思わず聞き返す俺に、ヘレナ様は穏やかに頷く。

 隣に立つソフィアは、特に表情を変えることなく、静かにヘレナ様の言葉の続きを待っているようだった。彼女が事前に聞かされていたのかどうかは、その無表情からは読み取れない。


「はい。貴方自身の学びと成長、そして貴方の持つ特異な力の観察も兼ねて、ソフィアの活動を手伝っていただきたいのです。もちろん、すぐには難しいこともあるでしょう。まずは彼女の側で多くを学び、経験を積みながら、徐々に支えとなっていただければと考えています」


 ヘレナ様は、落ち着いた声で説明を続けた。


「ソフィアはご存知の通り、『天眼』の力を用いて様々な調査や鑑定を行っています。その中には、古い文献の解読や、時には危険を伴う場所への赴きも含まれます。貴方には、そうした彼女の活動を手伝っていただきながら、様々な知識や経験を積んでほしいと考えています」


 文献の解読に、危険な場所への赴き……。

 想像していたような、単なる身の回りの世話係というわけではなさそうだ。むしろ、調査助手や見習い研究員に近い役割なのかもしれない。

 ただ今更だが10歳でやる仕事内容じゃないような……。


 俺が内心でそんなツッコミを入れていると、ヘレナ様は俺の戸惑いを察したように、柔らかな笑みを浮かべた。


「ご安心下さい、ソフィアも含めて貴方もまだ幼いのですから、いきなり危険な任務をお任せするつもりはありません。まずは、書庫での資料整理や、ソフィアが行う鑑定の記録係など、貴方にできることから始めていただきます。貴方の学習の進捗や、ソフィアの判断を見ながら、徐々に活動の幅を広げていく、という流れでいかがですか?」


「はい。……その、俺にできることがあるなら、喜んでやらせていただきます。よろしくお願いします」


 俺は少し緊張しながらも、はっきりと答えた。


 正直、ソフィアの補佐役というのが具体的にどんなものか、まだ完全には想像できない。だが、ヘレナ様の言う通り、ここグレイン家でただ無為に過ごすよりは、何か目的を持って動ける方がずっといい。

 それに各地を周ることになれば、自然とレオンへの足がかりになる可能性も広がる。


 俺の返事を聞いて、ヘレナ様は満足そうに頷いた。


「良かった。では、そう決めましょう。ソフィア」


 ヘレナ様は隣に立つ少女へと視線を移す。


「アラン様の指導、頼みましたよ。最初は戸惑うこともあるかもしれませんが、貴方にとっても、良い刺激となるでしょう」


「……承知いたしました。ヘレナ様」


 ソフィアは静かに一礼する。その声は相変わらず淡々としていたが、ほんの少しだけ、その青い瞳に複雑な色が宿ったように見えた。


 これはあれだ……面倒くさいと思ってる。


 そして、彼女は俺の方へ向き直る。


「……アラン様」


「は、はい」


 思わず背筋が伸びる。


「足を引っ張らないでください」


 びしり、と。容赦のない一言が、静かな部屋に響いた。

 やっぱりこの子はこういう子だ。俺は内心苦笑いを浮かべるしかない。


「……ぜ、善処します」


 なんとかそう返すのが精一杯だった。

 そんな俺たちのやり取りを見て、ヘレナ様はくすりと小さく笑みを漏らした。


「ふふ、頼もしいですね。では、具体的なことはソフィアから指示を受けてください。何か困ったことがあれば、いつでも私か、他の者に相談するように」


「はい、ありがとうございます」


 俺は改めてヘレナ様へ頭を下げた。


 こうして、俺のグレイン家での新たな役割が決まった。

 天恵の儀での絶望的な状況から一転、予想外の形で、再び前へ進むための道筋が見えてきたのだ。もちろん、不安がないわけではない。ソフィアとの関係が上手くいくのか、補佐役としてちゃんと役に立てるのか。

 だが、今はとにかく、与えられた機会を最大限に活かすしかない。


「ヘレナ様」


 そこで改めてソフィアがヘレナ様へと声をかける。


「何でしょう?」


「あの次の私の仕事ですが……」


 ソフィアの口調は彼女にしては珍しく言い淀んだものだった。


「えっと、確か……あ」


 するとヘレナ様も何か思い当たったのか、言葉を止め、俺の方へ視線を向けた。

 何やら俺に関することで、言いづらいことがあるような雰囲気だ。


「ラーム村での天恵の儀、でしたね」


 ヘレナ様が少し申し訳なさそうな、それでいて確認するような口調で言った。


「天恵の儀……」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓がドクンと嫌な音を立てた。

 あの聖堂での光景――好奇と侮蔑の視線、魔人族疑惑、いじめの露呈、そして父の冷たい宣告。思い出したくもない記憶がフラッシュバックし、背筋に冷たい汗が流れる。


「……大丈夫ですか?」


 ヘレナ様から心配の声が投げかけられた。

 名前を聞くだけでこれだけ反応が出てしまうなんて、俺にとって天恵の儀はすっかりトラウマになってしまったらしい。


「はい、お気になさらないで下さい」


 深呼吸をしつつ、落ち着いた口調で返す。内心の動揺を悟られまいと努めたが、ヘレナ様の聡明な瞳は、俺の強がりを見透かしているようだった。


「無理もないことでしょう」


 ヘレナ様は静かに頷き、その声には深い同情の色が滲んでいた。


「何も焦る必要はありません。それにグレイン邸で保護をすると言ったばかりですので、外出は控え、しばらくは勉学に励み、心身ともに落ち着くことを優先——」


「いえ、行かせてください」


 ヘレナ様の気遣いの言葉を、俺は遮るように、しかしはっきりとした口調で言った。

 自分でも驚くほど、強い意志が声に乗っていた。


「……アラン様?」


 ヘレナ様が驚いたように俺を見る。隣のソフィアも、わずかに眉を動かしたのが分かった。


「確かに、天恵の儀には……良い思い出はありません。正直、怖い気持ちもあります」


 俺は一度言葉を切り、ぎゅっと拳を握りしめる。あの聖堂での冷たい視線、飛び交った疑惑の声が耳の奥で蘇るようだ。


「でも、だからこそ、逃げてばかりはいられない。それに、俺はソフィア様の補佐役を拝命したばかりです。最初の仕事から逃げ出すわけにはいきません」


 それに、と俺は内心で付け加える。

 ラーム村――その名前には心当たりが合った。

 セレスティア王国の南西部に位置する小さな村。

 『セレスティアル・サーガ』においては戦火に巻き込まれて廃村となってしまっている村だ。


 この村自体にはイベントもなく、村の名前だけを示す看板だけが立っているそんな村だが、俺にとっては見過ごせないことが二つあった。


 一つは有用なアイテムがあること。

 村はずれの古い祠で見つかる装飾品、『古守(こもり)の護符』。

 状態異常耐性を向上させるという純粋に強い効果を持つアイテムだ。

 毒、麻痺、呪、眠りなど、このゲームは何かと状態異常で嵌めてくる敵が多い。あるに越したことはないだろう。


 二つはキーパーソンがいる可能性があること。

 生憎と主人公一派に類するものではないが、その村は『セレスティアル・サーガ』において欠かすことが出来ない人物の出身地だった。


 ランド・ガリオン。


 魔王軍によって滅ぼされた故郷の生き残りであり、その経験から、力こそが全てであり、弱き者を見捨てる王国や、甘っちょろい正義を掲げる者たちに対して強い反発心を抱いている。

 時には敵として、時には味方として、主人公レオンの下に現れる彼は一種のダークヒーローのような存在だった。


 そして何より彼は強い。

 ランドは『セレスティアル・サーガ』において、最強の攻撃力を誇るキャラクターなのだ。


 味方になった際の圧倒的な火力は、多くのプレイヤーを助けた。

 反面、敵として立ちはだかった際の絶望感もまた、語り草となっている。

 そんな重要人物が、もしこの時代に、このラーム村にいるのなら――。


「……そうですか、分かりました」


 俺の固い決意を宿した瞳を見て、ヘレナ様は静かに頷いた。その表情には、驚きと共に、どこか安堵のような、あるいは期待のような複雑な色が浮かんでいるように見えた。


「貴方の意志を尊重します。ですが、決して無理はしないこと。少しでも体調や精神面に異変を感じたら、すぐにソフィアか、同行する者に申し出るのですよ。よろしいですね?」


「はい、肝に銘じます」


 俺が力強く頷くと、ヘレナ様はふっと息をつき、わずかに表情を和らげた。

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