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第1話 目覚め

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 瞼がやけに重かった。

 全身が地面に押しつぶされるような感覚。

 頭の中では何かがかき回され、耳鳴りが止まない。

 これはあれだ、二日酔いだ。

 ……いや、嘘。もっと酷い。脳みそをかき回されたような最悪な気分。


「気持ち悪い……」


 掠れた声が喉から漏れる。

 自分の声のはずなのに、どこか聞き慣れない響きだった。


 気だるさそのままに、ベッドから起き上がろうとして手をつくと、視界が傾いた。

 何だかやけに布団が柔らかく感じる。



 おかしいな、俺の煎餅布団がこんなフカフカしているはずはないんだが。



 改めて体を起こし、目を開く。


「は?」


 思わず変な声を漏らした。


 天蓋付きのベッド、壁に掛けられた精緻なタペストリー、窓辺には彫刻が見事な調度品の数々。


 あまりにも浮世離れした部屋。

 まるで貴族の部屋か何かと見間違えるほどの光景が突如として目の前に広がっていた。


「……いや、マジでどこだ、ここ?」


 少なくとも俺のボロアパートじゃないのは確かだった。

 模様替えのレベルをはるかに超えている。


 頭を振って混乱を振り払おうとした瞬間、視界に飛び込んできた自分の腕——。

白く細い、まるで子どものような華奢な手首。


「は? なんだこれ……」


 言葉が自然と口から零れる。

 そして一気に混乱が一気に押し寄せた。


「うわっ!」


 得体のしれない恐怖が心を覆い尽くす。

 慌てて部屋を見渡し、隅にあった大きな鏡によろめきながら飛びついた。



 金縁の枠に囲まれた全身鏡に映ったのは、金色の髪と深い青の瞳を持つ少年だ。



 10歳くらいだろうか。整った顔立ちだが、眉間に皺が寄り、どこか冷たく、気難しい印象を与える少年が、鏡の中から自分を見つめ返している。


「……マジかよ」


 目をこすり、何度も鏡を見つめるが、気難しそうな美形の少年の姿は消えない。


「……っ」


 まだ頭はぼんやりとしているが、流石に自分の顔を見間違えるほどボケてはいない。

 一体何がどうなって――。


 ――ズキリ、と頭痛が再び襲いかかった。

 途端に、ぐにゃりと視界が歪む。


 その刹那、脳裏をよぎったのは――ゲーム画面。コントローラーを握る手。そして画面が真っ白になるほどの、眩しい光。


 確か、とある大作RPGシリーズの三部作目。


 そんなゲームを毎晩徹夜でプレイしてたのは覚えてる。

 クリア後のセーブで画面が暗転して……そこで記憶は途切れていた。


「今のは……」


 それは明らかに俺の記憶だった。

 明らかに寝落ちしたであろう最後。



 つまり……これは夢か?

 ゲームのし過ぎで夢にまでそれっぽい光景がリアルに出てきてしまったとかいう。



 ……いや、違うな。

 この頭を貫く痛みも、鼻を刺す薬草の香りも、窓の外でさえずる鳥の声――全てが鮮明すぎる。

 これを夢だと思い込むのは流石に無理があるだろう。



 顔を上げて鏡の中の少年と再び目を合わせる。


 だとすると――。


「まさか……転生? いや、そんなバカな話……」


 ふと思いついたのが、そんな馬鹿げた話だ。

 あり得ないと首を振りつつ、俺は鏡の中の少年を見つめながら、嫌な予感が胸を締め付けていた。

 この金髪、青い瞳、貴族っぽい部屋……どこかで見た覚えがあったのだ。

 だが、未だ混濁する記憶の糸が、上手く手繰り寄せられない。


 もどかしい気持ちでベッド脇を歩きながら視線を彷徨わせていると、壁のタペストリーが目に留まった。


 立派なもので、王冠を模した王家の紋章と、その周囲を囲むように配置された4つの紋章。

 そのうちの1つ——盾と剣が交差した意匠が、記憶の奥底を激しく刺激した。


「フォルテス家……!」

 

 全身の血が逆流する感覚。


 フォルテス家――ゲーム内で軍部を司る公爵家だ。代々、剛勇な騎士を輩出する名門中の名門。

 騎士団を率いる彼らは、ストーリーでも頼りになる存在として、幾度となく主人公たちの助けとなる。

 ……ただ一人、その輝かしい歴史に泥を塗る“汚点”を除いては。


 ――アラン・フォルテス。


 「無能貴族」と呼ばれ、わがまま放題で戦闘能力は皆無。

 頻繁に主人公たちの前に現れては邪魔をする、典型的な“かませ犬”キャラだ。

 プレイヤーからは「邪魔者」「無能」「消えろ」などと散々な言われようで、不動の嫌われキャラの地位を確立していた存在。


「おい、まさか」


 そんなキャラと今目の前に映る少年。


「う、嘘だろ……俺がアラン!?」


 俺は叫んだ。

 ゲーム本編で登場するよりは大分幼いが、この生意気そうな顔は間違いようがなかった。


「勘弁してくれよ……」


 アランの最期は悲惨だった。物語の中盤、魔物の群れに襲われ、あっけなく命を落とす。特に感動的なシーンもなく、ただ無様に死んでいった。

 そのシーンは多くのプレイヤーから「スカッとした」と評判だった。俺自身もそのうちの一人である。

 なのにそんなキャラに俺がなってるなんて……全く笑えない冗談だった。


 思わず頭を抱える。

 これから始まる、針のむしろのような日々を想像し、胃がキリキリと痛んだ。

 とても耐えられる自信がない。



 ――いや、待て……もしかしたらまだ間に合うかもしれない。



 俺は顔を上げる。


 どう見たって今の俺は本編よりもだいぶ幼い見てくれだ。

 大体10歳くらいだと見積もるならば、ゲームが始まるまで、まだ10年程度の開きがある。


 ――ならば今のアラン・フォルテスはまだ純朴少年で、外道に落ちていないのではないか?


 その時。


 コンコン、と控えめなノックが響いた。


 肩がビクッと跳ね、心臓が跳ぶ。

 返事を待たず扉が開き、亜麻色の髪を三つ編みにしたメイドが入ってきた。

 16歳くらいの少女で、紺のメイド服が妙に似合ってる。だが、その表情は硬く緊張の色が見える。


「……っ! アラン様、お目覚めになられていたのですね」


 メイドは驚いたように目を丸くする。

 銀盆を持った手が微かに震え、その声は上擦っていた。

 視線は俺の顔を避けるように、足元を彷徨っている。


 誰がどう見たって、怯えている様子だ。


 ――前言撤回。


 アラン・フォルテスは幼い頃からクズでした。


「あ、ああ……さっき目が覚めたんだ」


 落ち込みそうになる気持ちを余所に、とりあえず平静を装って返事をする。


「お、お身体の方は大丈夫ですか?」


「えっと、そうだな……まだ本調子じゃないかな」


 淡々と交わされる他愛のない会話。

 ぎこちないながらも努めて明るい口調で受け答えしているつもりだが、相変わらずメイドの表情は硬いままだった。


「そ、そうですよね、では、こちらのお薬をお持ちしましたので……先生がおっしゃるには、これを飲めば少しは楽になると……」


 メイドが銀盆に載せた小さなガラス瓶を差し出してきた。

 透明な瓶の中には、薄緑色の液体が揺れている。

 薬草の匂いが鼻をつく。どうやら部屋に漂っている香りの正体はこれのようだ。


 生憎とゲーム上に登場したポーションとは違って、その見た目は地味で、あまりそそられるようなものではない。


「ありがとう。置いておいてくれ」


 自然と感謝の言葉が出た。


 すると、メイドが再び目を丸くして固まる。まるで、信じられないものでも見たかのように。


「……え? あ、はい、畏まりました」


 一瞬呆けた後、メイドは瓶をベッド脇のテーブルの上に置く。


 普段なら「いらない!」とか怒鳴り散らしてたんだろうか。

 うん、アランのことだ、ないとは言い切れない。


「……あの、一昨日の怪我、まだお辛そうですし、少し休まれたほうが……」


 そんな俺にメイドが小さな声で提案してくる。


 一昨日の怪我……? 生憎と記憶にはないが、この頭痛と怠さの原因なんだろうか。


「え、あ、ああ、そうだな」


 どんな態度で接するべきなのか、正解が分からなかった。

 いかに穏やかに接しても、彼女にとっては不気味に映るだけのような気がする。

 沈黙は金、まさにその通りなのかもしれない。

 が、それでも何かしら情報を得なければならなかった。

 

「えっと……ちなみに、一昨日って何があったんだっけ?」


 探りを入れるつもりで聞いてみる。すると、メイドは再び驚いた表情を見せた。今度は、恐怖よりも困惑の色が濃い。


「え……えっと、学院の方で、お怪我を……お覚えでないのですか?」


「学院? あ、ああ、そうだったな……やっぱりまだ調子が悪いみたいだ」


 記憶がない以上適当に誤魔化すしかない。

 しかし学院での怪我か。

 恐らく今はゲーム開始時点よりも大分前。流石に知る由もない事故の話だ。


「……お大事になさってください。何かありましたらお呼び頂けると」


 彼女は深くお辞儀をした後、足早に部屋を出て行った。

 足音が遠ざかるにつれ、張り詰めていた空気が緩んでいく。


 まあ絶対に呼ばれたくはないだろうな、と苦笑しながら閉ざされた扉を見つめた。


「……はぁ、マジでどうすんだよ、これ」


 ベッドに腰掛け、頭を抱える。


 まずは状況整理だ。


 この世界の名は『セレスティアル・サーガ』。


 剣と魔法、そして天恵と呼ばれる神の加護を基盤に発展したセレスティア王国を舞台に、宿敵たる魔王の手から一人の少年が世界を救う冒険を描いた超大作RPG。


 最新作『セレスティアル・サーガⅢ 神々の黄昏』を合わせた累計売上は300万本を超える人気シリーズだ。


 そして恐らく今は一作目の『セレスティアル・サーガ』より前の時間軸。


 とすると今後10年以内に悲劇が起こる。

 魔王軍の侵略という名の戦火が王国中を包み込むからだ。


 そしてそれこそが『セレスティアル・サーガ』の序章だった。


 一方、俺については、アラン・フォルテス、10歳くらい。

 蔑称は無能貴族。お邪魔虫。クズ人間。

 ゲームの知識はある。で、多分、望まれながら10年後に死ぬ運命。


 以上……うん、夢も希望もない。


 ゲームをプレイしていた頃の記憶が蘇る。いかにアランが嫌な奴だったか、今となっては思い出したくもない記憶が、次々と脳裏に浮かび上がってくる。


 だが前向きに考えると、それは同時に、今後のシナリオ展開を知っているということでもあった。

 隠しアイテムの場所、強力なモンスターの弱点、イベントの発生条件とクリア方法――全て、頭の中に叩き込まれている。

 きっとこの知識は今後の役に立つ。というかこれくらいしか今の俺にはない。


「……絶対、あんな結末はゴメンだ」


 ベッドに寝転がり、目を閉じる。

 まずは体調を戻すこと。この不快な頭痛を抱えたままでは、まともに考えることすらできない。

 無能の不調は洒落にならない。できるだけ万全を期さなければ。


「まずは休んで……そこからだ」


 少年らしい幼い声で呟きながら、まどろみの中に意識を沈めていく。

 微かな薬草の香りが鼻をくすぐり、意識が薄れていく。

 こうして、悪名高き無能貴族、アラン・フォルテスとしての、希望と絶望に満ちた日々が始まった。

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