第9話 保守派の妨害工作
農業改革と識字教育が進むなか、コレット公爵領は少しずつ活気を取り戻し始めていた。村では作物に余裕が生まれ、住民同士が助け合いながら暮らしを立て直そうとしている。その明らかな前進に希望を感じる一方で、この動きを面白く思わない勢力が動き出していた。ベルモント公爵を筆頭とする保守派の貴族たちだ。「コレット家の令嬢が何を企んでいるのか」と警戒を強め、具体的な妨害策を練り始めている。
(やっぱり動き出したわね……。予想通りだけど、これ以上放っておくわけにはいかない)
夕刻、パルメリアは執務室で山積みの書類に目を通していた。農業改革や学舎の運営に関する経費、各村からの報告――次々と押し寄せる課題に追われている最中、扉をノックする控えめな音が響く。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか?」
声の主は家令のオズワルドだった。長年コレット家に仕える彼は、いつも冷静で落ち着いた人物だが、今はどこか険しい表情を浮かべている。手に持った書類を差し出しながら、彼は低い声で告げた。
「領地外との取引が、突然全て滞りかけています。行商人たちは許可証の不備を理由に検問所で止められ、あるいは新税をかけられると噂が広まり、誰も近づかなくなりました」
パルメリアは書類を受け取り、素早く目を通す。その内容を確認するまでもなく、嫌がらせを仕組んだ相手が誰かは明らかだった。
(ベルモント公爵……。王国屈指の権力者であり、官僚や兵士を操る力も持っている。ここで私たちを潰そうとしているのね)
彼女は唇を引き結びながら、さらに書類を読み進める。オズワルドが申し訳なさそうに続けた。
「中央からも勝手な税制改変をしているとの疑念をかけられています。また、徴税請負人を名乗る者たちが領内に入り込み、強引に金を巻き上げているようです。そのため、領民たちの不安が高まっています」
「商人を阻むために検問を強化し、勝手に新税をかけて領地の利益を奪う――ずいぶんと露骨な手段ね」
パルメリアは小さく息を吐き、机に肘をついて思案する。相手の権力は強大だが、王国の仕組みや貴族社会の裏を知る彼女には、まだ打つべき手があるはずだった。
(このまま何もしなければ、改革は止まり、領地は崩壊する。正面から衝突する気はないけれど、勝機を見出す余地はきっとある)
意を決した彼女は立ち上がり、オズワルドに向き直る。
「行商人たちにこちらから直接連絡を取って。検問所を避ける迂回ルートを整えられないか検討してちょうだい。少し遠回りになっても、安全に荷を運べる道を確保する必要があるわ。それから、徴税請負人や役人たちの動きについても調べて。誰から指示を受けているのか、何か証拠をつかめそうならすぐに知らせてほしい」
「かしこまりました」
オズワルドは深く一礼し、足早に執務室を後にする。静まり返った室内に、窓越しの夕闇がじんわりと広がっていた。
(ベルモント公爵たちが本格的に動き出した以上、ここからが正念場。簡単に屈するわけにはいかないわ)
パルメリアは書類に視線を戻す。横暴なやり口に腹立たしさを覚えつつも、その感情を押し殺し、冷静に次の手を考える。領民たちがやっと手にしかけた希望を、決して無駄にするわけにはいかない。
夕陽が沈み、部屋に薄暗い影が広がっていく。机に向かう彼女の瞳には静かな炎が宿り、不穏な噂や圧倒的な権力への恐怖を振り払うような決意が見えた。
(徹底的に立ち向かってみせる。私がこの領地を守るために――)