第6話 新たな決意
数日が過ぎ、パルメリアが提案した改革案は、ようやく小さな一歩を踏み出していた。村では排水路の改修や輪作の準備が始まるが、家臣たちは懐疑的な態度を崩さない。それでも、公爵が承認している以上、表立って反対する者はいなかった。
村人たちの反応もさまざまだ。「そんな大掛かりなこと、本当にできるのか」と半信半疑の者がいる一方、「少しでも暮らしが良くなるなら助かる」と期待を寄せる者もいる。ただ一つ確かなのは、公爵家の令嬢が自ら現場に足を運び、泥まみれになって説明して回る姿は、これまでの貴族像からは大きくかけ離れた光景だということだった。
(私が動かなければ、何も変わらない。このまま放置すれば、領地は衰退する一方……小さな一歩でも、踏み出すしかない)
夜も更けた執務室。パルメリアは机いっぱいに広げた記録やメモを丁寧に読み込み、天候の推移や害虫対策、税金の再分配について資料を比較していた。前世で得た知識をこの世界に応用する作業は、想像以上に骨が折れる。それでも、やらなければならない使命があると彼女は強く感じていた。
(最初はただ追放を避けるためだけに動いていた。でも、今は違う……)
窓の外では、月明かりが中庭を青白く照らしている。その光景に目をやると、荒れ果てた村や、真剣な眼差しで自分を見つめたレイナーの姿が脳裏に浮かぶ。何もしなければ、他の地域もいずれ疲弊し、崩壊する未来が待っているだろう。その考えに胸が締めつけられる。
「……ただ追放されなきゃいいって、そんな小さな話じゃ済まない」
深夜の静寂の中、低い声が室内にわずかに響く。椅子の背にもたれながら書類を見下ろす彼女の視線は、もはやこの領地だけではなく、国全体を見据えているようだった。腐敗の根は王室や貴族社会の奥深くに潜んでいる。それを変えなければ、どこかで必ず行き詰まると確信していた。
「やるしかないのよ。誰が何を言おうと、この道を進む。そして、『追放』なんて言葉を、過去のものにしてみせる」
その言葉には、炎のような熱が宿っていた。その時、扉の向こうから控えめなノックの音が響く。
「お嬢様、失礼いたします」
侍女のハンナの静かな声が聞こえ、パルメリアが「入って」と応じると、彼女はそっと扉を開けて姿を見せた。
「夜も遅くなっております。どうかお体をお大事に……」
パルメリアは軽く微笑みながら、書類を整えつつ答える。
「ええ。ありがとう。あと少しだけ片付けたら、休むわ」
ハンナが一礼して退室すると、パルメリアはそっと微笑み、再び書類へと目を戻した。寝不足で体はきついが、不思議と胸には充実感が広がっている。これが「行動を起こす」ということなのだと、彼女は改めて実感した。
(どれだけ非難されても、周りに笑われても、私はこの領地を守り抜く。そして、この小さな改革の種が、いずれ国全体を変える力になるかもしれない)
パルメリアは深く息をつき、もう一度ペンを握りしめた。
目指す先は、もはやただの追放回避ではない。人々が笑顔で暮らせる未来――そのための第一歩は、すでに踏み出されたのだ。