第5話 領民との対話
数日後、パルメリアは再び村を訪れた。目的は、村人たちに具体的な改革案を説明し、協力を募ること。広場には農民や村の有力者など、噂を聞きつけた者たちが数十人ほど集まっていた。公爵家の令嬢が自ら現場に足を運び、直接説明を行うなど、この世界では極めて異例のことだった。
(大勢の前で話すのは得意じゃない。でも……私が動かなければ、何も始まらない)
パルメリアは深呼吸し、静かに広場を見渡す。少し離れた場所では、レイナーが控えるように立っていた。心配そうな視線がこちらに向いているのを感じたが、彼に頼るわけにはいかない。
「本日は、私が提案する土地改良と農業改革について、直接ご説明したく参りました」
彼女の言葉が静かに広場に響くと、ざわついていた周囲が次第に静まり返る。普段は保守的で慎重な村人たちも、彼女の真剣な眼差しに引き寄せられるように耳を傾け始めた。
「まず、水はけの悪い土地を改善するために排水路の整備を行います。そして、輪作を導入することで土壌の疲弊を防ぎ、収穫の安定を図りたいと考えています。最初は小さな区画で試し、成果が確認できれば少しずつ範囲を広げるつもりです」
一部の村人たちは首をかしげ、冷めた目で様子をうかがっている。しかし、パルメリアは怯むことなく話を続けた。貴族らしい品格を保ちながらも、その声には確かな意志と覚悟が込められている。その雰囲気に引き込まれるように、村人たちは次第に真剣な表情で話を聞きはじめた。
「これらの改革がうまく進めば、収穫量の増加によって商人が訪れやすくなり、市場での取引が活発になるでしょう。そうなれば税の負担を軽減しつつ、全体の収入を増やすことが可能です。結果として、子どもたちが十分な食事を取れる未来を作ることができるはずです」
その時、村の古株と思われる男が、苦い表情を浮かべながらゆっくりと手を挙げた。
「失礼ですが、お嬢様。なぜそこまでしてくださるのか、私たちにはわかりません。ご機嫌取りなのか、あるいは別の思惑があるのではないかと……」
一瞬、周囲がざわめく。これまでの噂や先入観がまだ払拭されていないのだろう。パルメリアはその空気を静かに受け止め、男性の方を見据えると、きっぱりと答えた。
「私がみなさんの暮らしを見過ごせば、いずれこの領地全体が破綻するかもしれません。それは公爵家にとっても大きな損失です。つまり、ここを立て直すことはみなさんのためであると同時に、私自身の生存にも関わる問題なのです」
張りつめた声が広場を包む。気まぐれではなく、本気で語っていることが伝わったのか、村人たちは一様に息をのむようだった。
「まあ、やってみなければわからんが……」
先ほどの古株の男が頭をかきながら、ゆっくりと口を開く。
「それでも、お嬢様が本気だというのなら、試す価値はあるかもしれん」
その言葉をきっかけに、周囲からも小さなうなずきが漏れ始める。完全に疑念が払拭されたわけではないが、「やってみるか」という前向きな空気が少しずつ広がっていった。
「ありがとうございます。具体的な作業の進め方や必要な物資については、改めてご連絡いたします」
パルメリアは軽く頭を下げ、人だかりを抜けると、小さく息をついた。遠くで見守っていたレイナーと視線が合う。彼は安心したような微笑みを浮かべている。
(ようやく最初の一歩を踏み出せた。私が行動しなければ、この世界で生き抜くことも、領民を救うこともできない。この先には、もっと険しい道が待っているはず……)
焦りと不安、そして小さな達成感を抱きながら、パルメリアはごくりと息を飲み込む。そして足を止めることなく、顔を上げた。彼女がまいた「改革」の種は、まだ芽を出してすらいない。それでも、その瞳には揺るぎない意志が宿っていた。