第45話 言葉にできぬ想い
ある夜、パルメリアが執務室で書類に目を通していると、控えめなノックの音が響いた。ランプの明かりが揺れるなか、扉の向こうから、かつて革命派を率いていた男――今は内務と治安維持を担当するユリウスが姿を現す。彼は少しためらいながらも部屋へ入り、口を開いた。
「忙しそうだから、なかなか二人で話す機会がなかった。でも、どうしても伝えたいんだ。ここまで……本当にありがとう」
かつては「体制を打破する」ことに情熱を燃やしていたユリウスは、パルメリアとの関わりを通じて「ただ壊す」だけではなく、「新しい社会を創る」ことの重要性に気づいた。今では新政府の柱として、荒廃した地域の再建に全力を尽くしている。
彼の視線はテーブル越しにまっすぐパルメリアを捉え、彼女はそれを静かに受け止めた。
「昔の俺は、とにかく体制を壊すことばかり考えていた。でも君のおかげで気づいたんだ。壊すだけじゃなく、社会を作るという道があるって。それを受け入れられたのは、きっと君が特別だからだと思う」
ユリウスの言葉には、照れを帯びた声の奥にある真摯な思いがにじんでいる。
(前の世界ではただの会社員だった私が、こんな形で人を導くなんて……あの事故と転生には、きっと何か運命があったのかもしれない)
パルメリアは微笑んで答える。
「あなたの情熱がなかったら、民衆を動かすことなんてできなかったわ。革命が成功したのは、あなたの力が大きかったからよ」
「……そう言ってもらえるだけで嬉しい。でも、それだけじゃない。今の俺は――君をどう思っているのか、もう隠しきれない。君が革命後も大義を最優先しているのはわかってる。でも、俺は――」
さらに言葉を継ごうとした瞬間、パルメリアは小さく首を振り、やさしく微笑む。
(あなたの気持ちは痛いほどわかる。でも今は、答えを出すには早すぎる……。私はまだ、この国を導くために全力を尽くさなきゃいけない)
一瞬の沈黙が二人の間を包み、ランプの炎がゆらめくたびに影が踊る。ユリウスは言いかけた言葉を飲み込み、瞳を伏せた。
パルメリアも、彼の思いを拒むつもりはない。だが今は国を立て直すことに全力を注がねばならず、個人の感情に向き合う余裕はまだ持てなかったのだ。
胸の奥で渦巻く彼の想いと、自身の責任とのはざまで揺れ動く心。その葛藤を感じながら、二人は言葉を交わさず、ただ静かな共鳴に身を委ねていた。




