第36話 王太子の葛藤
王都の宮廷では、王太子ロデリックが深い葛藤に揺れていた。
保守派の強い圧力を受けて、仕方なく父王の名の下に「コレット領鎮圧」の勅書を発布したものの、パルメリアがただの反逆者ではないことを、彼は十分に理解していた。
むしろ、彼女こそが腐敗した体制を打破し、この国を再生へと導く可能性を秘めている――そんな思いが、どうしても拭えなかった。
(どうすればいいんだ…。保守派に従えば、王国の未来を蝕む勢力を助長することになる。しかし、父王を動かすのは簡単ではない……)
ロデリックは私室で報告書を手に取り、思わず息をついた。その内容には、義勇軍が驚くほど善戦していること、さらには農民たちの蜂起が各地で続発している様子が詳細に記されていた。
保守派からの圧力は日増しに強まり、王太子としての名の下に彼らを指導するよう求められている。もし逆らえば、王位継承さえも危うくなる――その重圧がロデリックを押し潰しそうだった。
そんななか、親しい官吏がひそかに現れ、低い声で告げた。
「ベルモント公爵は、さらに大規模な軍を動かそうとしています。コレット領や各地の蜂起した地方を一気に制圧するつもりでしょう。しかし、民衆の支持はパルメリア様に集まっており、このままだと王国全体が混乱に巻き込まれるおそれがあります」
「わかっている……だからこそ、私が動かなければならないんだろう」
ロデリックは報告書を机の上に押しやり、身を乗り出すように立ち上がった。彼に残された道は、二つしかなかった。
一つは、父王を説得して保守派を排除する道。しかし、老いた父王が実際に動く気力を持っているのかは疑わしく、保守派が支配する宮廷では結果が出るまでに時間がかかりすぎる。
もう一つは、王太子の地位を捨てて、パルメリアに加勢する道。自らの立場と将来を捨てることになるが、国を変えるにはその方が早いのかもしれない。
官吏は心配そうに見守るなか、ロデリックは深いため息をつき、視線をまっすぐに前に向けた。
「まだ父上を見限りたくはない……でも、ベルモント派が父上を思うままに利用するのは見過ごせない。まずは直接話してみる。もし父上が聞き入れてくれなければ……」
言葉を飲み込み、ロデリックは深呼吸をして、宮廷内の廊下を歩き出した。父王に面会し、心の内を伝えるために――
国王を動かすことができるのか、それとも王位を捨ててパルメリアにつくのか。彼は心の中で決断を迫られ、あの日コレット領で見た彼女の真剣な瞳の輝きを裏切りたくないと感じていた。重い足取りを振り払うように、宮廷の回廊を進んでいった。
その頃、ベルモント公爵派の焦りは最高潮に達し、王国全体がさらなる混乱に巻き込まれようとしていた。パルメリアは己の理想を貫き、ロデリックは王太子としての責務に縛られながらも、国を変える道を模索し続けている――この二人の選択が、革命の行方と王国の未来を大きく左右するターニングポイントとなろうとしていた。