第34話 希望の灯火
王国軍が国境で義勇軍と衝突を始めた――この報せが伝わるとともに、コレット領全体は動揺と緊張に包まれた。「戦いが起こったら自分たちの暮らしはどうなるのだろう」「私たちにできることなんてあるのだろうか」と、不安の影が人々を覆い始める。
しかし、パルメリアはその声を見過ごすつもりはなかった。彼女は前線に近い市街地や避難所を訪れ、住民たちと直接対話することを決意した。
ある日、簡素な軍服に近い装いをまとったパルメリアが、避難所として使われている学舎の一室に姿を現した。そこには農民や職人、幼い子を抱えた母親など、不安を抱えた多くの人々が集まっており、その目が一斉に彼女に向けられた。
「怖いのは当然です。でも、私たちは理不尽な支配や搾取に屈しないために立ち上がろうとしています。みなさんの気持ちが一つになれば、決して簡単に踏みにじられることはありません」
パルメリアの声は落ち着いていたが、その奥には揺るぎない意志が込められていた。かつて冷徹と評されていた彼女の姿はそこになく、人々はどこか安心した様子で耳を傾けていた。
沈黙を破ったのは、一人の母親だった。彼女は子どもをしっかり抱え、震える声で問いかける。
「でも……私たちは剣なんて握れません。いったいどうすればいいのでしょう?」
パルメリアはその問いに、真っ直ぐに答えた。
「直接武器を取るだけが戦いではありません。避難誘導や炊き出し、負傷者の手当てや情報のやり取り――みなさんにしかできないことがたくさんあります。それらがなければ、私たちも抵抗することはできないのです」
具体的な作業や役割について丁寧に説明を重ねると、集まった人々の表情に少しずつ希望の光が差し込んでいった。
子どもを抱えた母親は、微かな笑みを浮かべて息をつき、こう告げる。
「わかりました……。自分にできることを頑張ってみます。パルメリア様が先頭に立ってくださるのなら、怯えてばかりではいられませんね」
パルメリアは微笑みながら小さくうなずいた。一つひとつの変化が積み重なり、大きな力となっていく――彼女はそう信じていた。
敵軍の脅威がすぐそこまで迫っている現実があるなかでも、自ら足を運び、住民たちと対話を重ねることで、少しでも勇気と希望を与える。それが彼女にできる最善の方法だと感じていた。
かつて傲慢な貴族令嬢と呼ばれ敬遠されていたパルメリア。今では彼女が最前線に立って領地を守ろうとしている姿を、誰もが目の当たりにしている。
義勇兵たちからは「パルメリア隊長」と呼ばれ、子どもたちから「頑張ってください!」と駆け寄られる光景も増えてきた。その変化は、この国が迎える大きな転機の兆しであった。
戦いの足音が間近に迫るなか、人々の士気は次第に高まり、誰もが彼女を信じて未来のために立ち上がり始めていた。
(転生者としての知識なんて、ただのきっかけにすぎない。私を支えてくれるのは、この領地と人々の強い想い。だから、絶対に背を向けるわけにはいかない――)
たとえ戦火に巻き込まれても、パルメリアは引き下がるつもりはなかった。人々の温かい視線とともに、彼女は前を向き続ける。彼女の強い決意と覚悟は、燃え上がる炎のように、領地を包み込みながら新たな未来を照らしていた。