第3話 再会の夕日
領地の視察を終え、夕暮れの道を馬車で進んでいると、遠くから馬を駆る一人の青年の姿が目に入った。青みがかった灰色の髪が夕日に輝き、風になびいている。遠目にもその澄んだ表情がはっきりと見え、不思議な懐かしさが胸をよぎる。パルメリアは馬車を止めるよう、小さく合図を送った。
(あの人……確か私と縁があったはず)
やがて青年は馬から軽やかに降りると、息を整えて穏やかに一礼する。
「お久しぶりです。……いや、本当に久しぶりだね、パルメリア」
その声の響きと名前の呼び方に、どこか記憶の片隅が刺激される。脳裏に浮かぶのは「幼馴染」というキーワード。前世のゲーム知識と今の現実がゆるやかに重なり合い、パルメリアは確かめるように口を開いた。
「あなたは、レイナー……?」
「ああ。覚えていてくれて嬉しいよ」
(レイナー・ブラント……。たしかゲームの設定では、隣接する小さな領地に生まれた下級貴族の次男坊で、かつてはパルメリアと親しい仲だった青年――。でも、私はもう物語を外から眺める立場じゃない。今や、この世界で彼と同じように生きているんだ)
レイナーは穏やかに微笑みながら、懐かしそうに話を続ける。
「最後に会ったのはいつだったかな。父が最近のコレット領を心配していてね。農村の荒廃が進んでるって聞いたから、様子を見に来たんだ。昔、君と庭で花を摘んだことを覚えてる?」
彼の優しげな笑顔を見て、パルメリアは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。しかし同時に、ゲームの中の設定だった世界が、目の前で現実として動いていることが、胸の奥を揺さぶる。
(記憶の中の彼とこうして会うなんて……不思議な感覚)
そんな気持ちを悟られまいと、わざと冷ややかな声を作って答える。
「ええ、子どもの頃に遊んだことなら、多少は覚えているわ。でも今はそんな昔話をしている暇はないのよ。状況が違うから」
「そうだろうね。君が領地を視察している姿を、少し離れた場所から見ていたよ。真剣な表情だったけど……大丈夫かい? 村を回ったんだろう?」
レイナーの瞳にはわずかな不安が宿っている。それでも彼は静かに言葉を続けた。
「君のことをいろいろ言う人もいるけれど、僕はそうは思わない。昔から困っている人を放っておけない性格だったのを知っているから。それは、今も変わらないと思うんだ」
その真っ直ぐな言葉に、パルメリアは一瞬、胸が詰まるような感覚を覚えた。荒れ果てた領地のことだけで頭がいっぱいだった彼女に、幼馴染からの変わらぬ信頼が静かに届く。
「……それで、何が言いたいの?」
聞き返した声にはわずかな震えが混じる。レイナーの視線には、彼女を昔と変わらず信じる気持ちが映っている。
「ただ、領地のことを頼むよ。君ならきっと何か方法を見つけられるはずだって、僕は信じてる」
「――っ」
その優しい声とまっすぐな瞳に、言葉が喉で止まる。彼の素直な信頼が胸を打ち、どう返せばいいのか一瞬だけ迷った。それでも、毅然とした態度を崩すわけにはいかない。
結局、返したのは短い肯定の言葉だけ。それでも、レイナーは安心したように微笑んでみせる。
(ここでは誰もが、ゲームの設定なんかではなく、本当に生きている。そして、私が何かしなければ、未来は変わらない……)
馬車に乗り込む前、パルメリアは振り返り、レイナーをそっと見つめた。彼は静かに手を振り、夕日の中で立ち尽くしている。その姿に、彼女は一瞬だけ胸が温かくなるのを感じた。そして、もう一度決意を強くする。
(逃げるわけにはいかない。この領地を立て直すこと――それが、私が選んだ道の第一歩)
馬車に乗り込んで扉を閉めると、窓越しにレイナーの姿が徐々に遠ざかっていく。深く息をつき、瞳を閉じたパルメリアは、未来が大きく動き出そうとしているのを感じていた。それがどれほど困難な道であっても、歩みを止めるつもりはなかった。