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第25話 陰謀の舞台

 舞踏会が始まってしばらく経った頃、華麗なダンスの輪が一段落を迎える。王太子ロデリックとの優雅な一曲を終えたパルメリアは、ホールを縫うように歩きながら、観察を続けている。


 シャンデリアの光がきらめくホールでは、貴族たちが次々とパートナーを替えてダンスを楽しみ、シャンパンを片手に談笑していた。しかし、その表面的な華やかさとは裏腹に、派閥間の緊張感がひしひしと漂っている。


(殿下と踊っただけでも、相当な波紋を呼んだはず。……あのベルモント公爵派の面々が、どう反応するか)


 そう思いながらホールの片隅に目をやると、ベルモント公爵派の上級貴族たちが互いに視線を交わし、言葉を抑えた様子で談笑する姿が見えた。豪奢(ごうしゃ)な衣装と堂々たる態度は相変わらずだが、その横顔にはどこか苛立ちや焦りの色がにじんでいる。


「まさか……王太子殿下があの娘をエスコートして現れるなんて。どういうおつもりだろうな」

「保守派の象徴が、改革派の急先鋒を庇うような行動をとるとは……。このままだと、わが派の計画に支障が出かねない」


 彼らがひそひそと声を潜めるのを横目で捉え、パルメリアは静かにグラスを手にする。貴族令嬢としての品格を崩さぬよう、あくまで涼やかに見える所作だが、胸の内には疑惑と警戒が張り詰めていた。


(殿下とのダンスのせいか、彼らが落ち着きを失ってる。……いい流れね。あの公爵派が、自分たちの秘密を隠そうと焦るほど、こちらは証拠を掴みやすくなる)


 ホールの一角でベルモント公爵派を観察した後、パルメリアはグラスを手に、ゆるやかな歩調で会場を巡る。華麗なドレスをまといつつも、警戒心は決して緩めることなく張り詰めていた。


 ――もっとも、ここにただ一人でいるわけではない。仲間たちがそれぞれの立場を利用してサポートを続けてくれるのだ。


(ガブリエルはホールの外で目を光らせているはず。レイナーも要所で合図を送ってくれる。クラリスも裏で情報を集めてくれている……そう、私は決して独りじゃない)


 そんな仲間の存在を心強く感じつつ、パルメリアはベルモント派が集まる一角へと近づいた。にこやかな笑みを浮かべ、グラスを軽く掲げながら声をかける。


「ご機嫌麗しゅう。今宵はずいぶん賑やかですわね。……ところで、ベルモント公爵様はお見えではないのかしら?」


 彼女が公爵の名を出した瞬間、周囲の空気がわずかに緊張を帯びる。貴族たちはかろうじて笑顔を貼りつけたまま、形式的な応対を続ける。しかし、その視線には明らかな警戒が浮かんでいた。


 やがて、中の一人――伯爵位を持つ男が答える。


「公爵様は、少し私用がございまして奥の部屋へ……いずれ舞踏会に戻られると存じますよ。なにぶん、お忙しい方ですのでね」


「まあ、そうですの。ぜひご挨拶を、と思っておりましたけれど……また後ほど、改めますわ」


 穏やかな微笑を浮かべたまま、その場を離れるパルメリア。しかし、先ほど交わしたわずかな視線から、確信は深まった。


(やはり裏で動いている。殿下のエスコートで余計に焦っているのね。……予想以上に早く、証拠を掴めそう)


 舞踏会がさらに盛り上がるなか、パルメリアは社交辞令を交わしながら派閥の動向を探る。表向きは貴婦人たちと楽しげに語っていても、その瞳には揺るぎない冷静さが宿っていた。


(ベルモント公爵は、決定的な書類を自分の手元に置く性格――昔の記憶でそんな展開があったわね)


 かつての記憶を頼りに、パルメリアは行動を起こすタイミングを慎重に計る。寄せられた情報によれば、今宵の密談はホール奥の客室で行われているらしい。


 やがて、ホールの外からガブリエルがさりげなく合図を送ってくる。彼の表情はいつも以上に厳しく、何か不穏な動きがあったことを物語っていた。


(どうやら、動く時ね――公爵派も私を警戒している。けれど、こちらには殿下という目くらましもあるし、ガブリエルの支援もある。今こそ踏み込むべきか)


 パルメリアは静かに意を決し、華やかなホールを一瞥したのち、廊下の奥へと身を滑らせる。こうして舞踏会のホールを抜け出した彼女の狙いは、ベルモント派が裏で行っている不正取引の決定的な証拠を押さえることにほかならない。


 薄暗い廊下を進むと、微かな光と低い話し声が漏れる一室が見えてきた。

 ――ベルモント公爵派の重鎮たちが、大金や書類をやり取りしている気配がある。


「……殿下があの娘を連れて現れたせいで、今夜の取引は急ぎになった。もし探られでもしたら厄介だぞ」

「慌てるな。公爵様が確実に握っているから、簡単には外部に漏れないはずだ」


 そんな言葉を聞き取ったパルメリアの胸は、警戒感で強く高鳴る。だが、背後からの足音に気づき、振り返るとガブリエルがそこに現れた。彼女を警護するため、さりげなくホール外を巡回しながら様子を見張っていたのだろう。


「パルメリア様、ここは人目が多く、危険です。……まずは一旦、引きましょう」


 ガブリエルの低い声が促す。確かに、この場で不用意に動けば、相手の複数人に囲まれかねない。しかも、すでに気配を察したのか、ドアの向こうで動きがある気がした。


(ここで騒ぎを起こすより、情報を記録しておくだけで十分。後日、殿下や仲間たちと改めて動けばいい)


 パルメリアはガブリエルの助力も得て、足音を抑えながら後退する。部屋の扉に隙間から見える書類や金のやり取りは、決して見逃せないものだった。


 やがて、廊下をもう一度警戒しながら、彼女はホールへと戻る。すでに舞踏会は次のダンスタイムに入りつつあり、貴族たちは華やかな音楽のリズムに身を任せていたが、その裏側でベルモント派があらぬ動きに焦るのは明らかだった。


(証拠を掴むには、もうひと押しが必要ね。……あとは殿下の意向や、クラリスの収集している情報と合わせて、仕上げに挑めばいい)


 涼やかな笑みを浮かべながら舞踏会に戻ったパルメリアを見て、あちこちの貴族たちが目を止める。王太子ロデリックとのダンス、そして先ほどの不在――全てが彼女を取り巻く噂をさらにかき立てていた。


 しかし、誰もまだ気づいてはいない。今夜の裏側で、公爵令嬢が腐敗を暴く準備を着々と進めているなどとは――

 きらびやかな宴の空気の中で、彼女はひそかに決意を固める。


(さあ、もう一歩。ここまで来て引き下がるわけにはいかないわ)


 パルメリアの行動が引き起こす嵐が、いかに大きな波紋となるかは、まだ誰にも想像できない。そして夜は静かに更けていく。

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