第24話 舞踏会の裏側
個人の思いより大義を優先する。そう心に決めて間もない頃、パルメリアのもとへ思いがけない知らせが届いた。
王宮で催される大規模な舞踏会に際し――なんと王太子ロデリックが彼女のエスコートを申し出たというのだ。
(まさか、殿下が。なぜ私を……)
そんな疑問を抱きながらも、パルメリアは提案を断ることはしなかった。舞踏会は華やかな社交の表舞台でありながら、裏では情報収集や政治的な駆け引きが行われる場所。そこに王太子と共に入場するという選択には、想像を超える衝撃と可能性が秘められていた。
今回の舞踏会は「王太子の支援者を募る」という名目で開かれる。王国中の有力貴族たちが一堂に会し、優雅に見える社交の場の裏側では、熾烈な権力争いと隠密な取引が繰り広げられるのが常だ。パルメリアはこの機会に、ベルモント公爵派の不正を裏付ける証拠を掴むつもりでいた。
そして当日。宵闇が王都の空を染め始める頃、王宮の正門には豪奢な馬車が次々と到着する。庭園を照らすランタンのやわらかな光が、まるで劇の幕開けを告げるかのように来訪者たちを浮かび上がらせる。
だが、その中でもひときわ目を引くのはロデリック本人が待ち構える姿だった。従来なら、王太子が先に会場で客人を迎えるのが通例。にもかかわらず、彼は自ら門前でパルメリアを出迎え、周囲は戸惑いとざわめきを広げている。
やがて、銀の装飾が施された優美な馬車が静かに停まると、中から姿を現したのは、華麗なドレスに身を包んだパルメリア。その気高い佇まいに、周囲の貴族たちは息をのむ。そんな彼女の手に、ロデリックは穏やかな笑みを浮かべながら手を差し伸べた。
「コレット公爵令嬢――よく来てくれた。今宵はどうか、私にエスコートを任せてくれないだろうか?」
パルメリアは軽く息を整えると、凛とした眼差しでロデリックを見返す。
「殿下のお誘いとあれば、お断りする理由はございませんわ。……もっとも、驚かれる方は多いでしょうけれど」
そう言い終えると、小さく一礼し、まるで定められた舞台へ踏み出すように王太子の手を取った。
(こんな形で殿下と並んで歩くなんて……。けれど、これも私の目的を果たすためなら)
門番や案内係はみな、丁寧に二人を出迎えるが、その声には明らかな動揺と警戒が混じっていた。保守派の象徴ともいえる王太子が、改革派の急先鋒と噂される公爵令嬢を伴っているのだ。
表向きは「王太子の支援者を募る」ための舞踏会――だが実際には、旧来の保守派と改革派が水面下で火花を散らす場だ。これほど予想外の組み合わせが現れたのなら、派閥間の緊張はいやが上にも高まるに違いない。
広大なホールへ足を踏み入れると、そこには天井を飾る壮麗なシャンデリアと、豪華絢爛な装飾がまばゆい光を放っていた。ドレスやタキシードに身を包んだ貴族たちが、シャンパンを片手に談笑している。
しかし、そのきらびやかさの奥には、陰謀と権力争いが渦巻いていることをパルメリアは肌で感じ取る。保守派の要人たちだけでなく、ベルモント公爵派の重鎮たちも姿を見せており、今まさに密談が繰り返されているはずだった。
(華やかに見えても、ここはただの社交の場じゃない。私は殿下のエスコートを受けながら、余計な疑惑を避けつつ……やるべきことをやるだけ)
唇には微笑を浮かべつつ、その心は鋭く研ぎ澄まされている。ロデリックの腕を借りながら、ゆるやかにドレスの裾をさばき、会場を見渡した。
目が合う貴族たちの多くは驚きを隠せず、ある者は冷ややかな視線を送り、またある者は興味深げに二人の動向をうかがう。パルメリア自身が抱える目的を知る者など、ほとんどいない――だが、ここで一瞬たりとも気は抜けない。
「よければ、この後のダンスも付き合ってくれないか。
……今日の君は、噂以上に華やかで、正直少し驚いている」
ロデリックは静かに言葉を添える。公爵令嬢をエスコートする自分の行動が、保守派からはどう見られるか、本人も重々承知しているのだろう。
パルメリアはわずかに眼差しを伏せたあと、微笑を返す。
「殿下がそう仰るのなら、喜んでお供いたしますわ――ただ、ご存知のとおり、私はただの飾りではありませんので」
(私を選んだ以上、殿下も覚悟していただかないと……)
宮廷という華やかさに包まれたこの舞踏会は、同時に闇がうごめく場所でもある。パルメリアは改めて意を決する。周囲を席巻する噂と視線を意図的に引き受けながら、彼女が挑むのは優雅な舞踏会の裏に潜む権力と腐敗の核心を暴き出すための戦いだ。
王太子の腕を取るという異例の光景が、どんな波紋を広げるのか――そして、彼女が狙うベルモント派の不正を裏付ける証拠を掴めるのか。
周りのざわめきを背に受けながら、パルメリアは静かに気を引き締め、あらためて勇気を奮い起こした。




