第23話 交錯する想い
近頃、ロデリック、レイナー、ユリウス、そしてガブリエル――それぞれ異なる立場と思惑を抱える四人が、パルメリアの心を複雑に揺さぶっていた。
本来の彼女は、領地を守り民を救うだけのつもりだった。ただ、それも「追放エンド」を回避するための行動にすぎない。ところが、その行動力と強い意志がいつしか周囲の注目を集めるようになり、気づけば彼女自身が、さまざまな人間模様の中心へと変わっていた。
パルメリアは思わず内心でつぶやく。
(前世では、ごく平凡な日々を送っていただけなのに。まさかこんなふうに、恋と大義の狭間で悩む日が来るなんて……。それでも、もう進むしかないわ)
ある夕暮れ、公爵家の館では小規模な夕食会が開かれていた。領内外の要人が数名招かれ、公爵も同席している。その場には幼馴染のレイナー、そして護衛のガブリエルも控えていた。そこへ、不意に王太子ロデリックが姿を見せる。お忍びで近隣に滞在していた彼が「改めてパルメリアに挨拶を」と言いながら合流し、場の空気を一変させた。
「ロデリック殿下、本日はようこそお越しくださいました。どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいますよう」
公爵が丁重に迎え入れると、ロデリックは軽く会釈を返し、自然とパルメリアへ視線を向ける。その様子を見ながら、レイナーは胸の奥で苦々しい思いを抱く。
(彼女はどう思っているんだろう。いつか、僕のそばを離れてしまうんじゃないか……)
一方、ユリウスの動向も見逃せない。革命派の若者が頻繁にコレット領を訪れ、民衆の支持を得るために活動しているという噂が広まっている。パルメリアとユリウスが密接な協力関係にあるのではないかとささやかれ、館の内外は微妙な緊張感に包まれていた。
さらに、ガブリエルの存在も周囲の推測をかき立てる。最近の彼はパルメリアに対して並々ならぬ献身ぶりを示しており、主従の域を超えた信頼関係を築きつつあるのでは――と噂する者も多い。
そんな周囲の視線やささやきを知りながらも、パルメリアは表向きは冷静だ。心の中では戸惑いを覚えながらも、あえて平静を装っている。
(みんなが私に寄せる想いを感じるたび、胸が締めつけられそうになる……。でも、感情に振り回されるわけにはいかない)
夕食会が無事に終わり、パルメリアは自室へと戻った。ドレスの裾を整えて椅子に腰掛け、思わず漏れそうになった溜め息を飲み込む。机の上には領地運営に関する資料や、革命派からの極秘報告書などが整然と並べられていた。
(恋に気を取られている暇はない。どんな困難があろうと、この社会を変える――私はそう心に決めたのだから)
そんな決意を新たにしていた矢先、控えめなノックの音が聞こえる。パルメリアが「入って」と声をかけると、侍女のハンナが遠慮がちに扉を開いた。
「お嬢様、お疲れのところ失礼いたします。先ほど、ロデリック殿下がもう一度お話になりたいと仰せでしたが……夜も更けておりますし、いかがなさいますか?」
パルメリアはわずかに考え込んだ末、静かに首を振る。
「今夜は遠慮しておいて。殿下には失礼のないようにお伝えして。明日、改めて書面で返事をするわ」
「かしこまりました」
ハンナが一礼して出ていくと、パルメリアはそっと胸に手を当てる。頭に浮かぶのは、大きく揺れようとしている国の姿。ロデリックに余計な期待を抱かせれば、今後の政治的リスクが大きくなるし、噂が広まれば行動が制限されかねない。
加えて、幼馴染のレイナーも気がかりだ。もし恋愛に踏み込めば、これまでの気安い関係が崩れるかもしれない。ユリウスへの特別な共感も、いつ危うい火種に転じるかわからない。さらに、ガブリエルの純粋な忠誠心は嬉しくもあるが、彼女の心を複雑に乱している。
「誰かを想うよりも、まずは国の未来を優先しなくちゃ。そうしないと、誰も救えない」
低くつぶやくように決意を新たにし、パルメリアはペンを手に取る。恋愛感情を押し隠してでも大義を貫く――それが今の彼女にとって当たり前の選択だった。
ただ、その選択が周囲にどんな影響を及ぼすのか、まだ把握しきれてはいない。運命の歯車はすでに大きく動き出し、四人それぞれの想いは絡み合うばかりだ。
(恋は二の次。まずは大義を果たすことが最優先。それを成し遂げた先で余裕が生まれたら……その時考えればいい。どう思われようと、それでいい)
夜の静寂が広がるなか、月明かりが机上を淡く照らす。パルメリアは書類へ視線を落とし、再び未来へ向けた一手を模索するしかなかった。