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第22話 騎士の誓い

 あれから幾夜か過ぎた頃。パルメリアは今日も執務室で、山積みの書類と向き合っていた。屋敷の灯りはほとんど落とされ、廊下を巡回する足音も遠のいている。まるで世界に一人だけ取り残されたかのような気がしてくる。


 そんな時、控えめなノックが響く。返事をすると、扉の向こうから騎士の姿が現れた。無駄な動きを感じさせない、洗練された立ち姿――ガブリエル・ローウェルだ。


「パルメリア様、夜分遅くに失礼いたします。今しがた周囲の見回りを終えましたが、特に怪しい動きはありませんでした」


「そう……ありがとう。遅くまでご苦労さまね」


 パルメリアが心からの感謝を込めてそう言うと、ガブリエルは軽く頭を下げる。そして、少しためらうように彼女を見つめると、低く静かな声で口を開いた。


「先日も申し上げた通り、私にはパルメリア様を守る騎士としての役目があります。ですが、今日、改めてその覚悟を伝えに参りました」


 パルメリアは視線を上げる。ガブリエルは一歩前へ進み、まるで自分の存在全てを差し出すかのように、深々と膝をついた。


「パルメリア様がこの国を変えようとするなら、どれほど強大な敵が立ちはだかろうと、私はお守りします。――それは、私自身が信じる正義を貫くことでもあるからです」


 その声には迷いがない。かつて騎士団を去らざるを得なかったガブリエルが、ここでこそ自分の役目を全うしたいという想いが、言葉の端々ににじんでいた。


「……私が進む道が、もっと危険なものになるかもしれない。それでも、本当にいいの?」


 パルメリアの問いかけに、ガブリエルは迷わず答えた。


「はい。パルメリア様の改革こそが、この国が救われる道だと信じています。私にとっては、騎士として生きるというより、パルメリア様を支えたいという思いが全てなのです」


 彼はさらに深く頭を下げた。それは儀礼以上の、心からの忠誠――あるいは信頼の証のようにも見える。パルメリアは彼の姿を見つめ、思わず胸の奥が熱くなるのを感じた。


「あなたがそう言ってくれるなんて……ありがとう、ガブリエル。私も、あなたを信じているわ。これから先、もっと大きな波にのまれるかもしれない。それでも――」


 パルメリアが言葉を続けようとした時、ガブリエルがわずかに顔を上げる。涼やかな目元には決して揺るがない意志が宿っていた。


「どのような波が来ても、私はあなたの盾となり、剣となる。それが、私の誓いです」


 多くを語らない騎士が、こうまで明確に口にした忠誠――それは、単なる主従の間柄を超えるようにも思えた。パルメリアはそっと微笑み、ガブリエルの前に歩み寄る。彼を立たせると、その肩を軽く叩くようにして、自分が受け止める決意を静かに伝えた。


「ガブリエルがいてくれるから、私は前を向いて進める。改めて、よろしく頼むわね」


 ガブリエルは小さくうなずいた。夜の(とばり)が降りる執務室に、二人の気持ちが交わる空気が満ちる。重なったのは、守る者と守られる者という枠を越えた、互いを信じ合う絆の始まり――。


 屋敷のまわりがひっそりと静まり返り始める頃、ガブリエルはさりげなく扉の外へ退いた。パルメリアは彼の背中を見送り、心の中で彼が投げかけた言葉を反芻する。


(盾となり、剣となる――そんな言葉を迷わず口にできる彼の姿は、私にはとてもまぶしく、頼もしく見えた)


 窓の外を見ると、月明かりが中庭を淡く照らしていた。かつての自分なら、人に頼ることを恐れ、独りで抱え込もうとしていたかもしれない。けれど、今は違う――ガブリエルの真摯な誓いに支えられながら、パルメリアは自分が進む道を、ますます確かなものにしようと決意する。


 夜は深く、静かに更けていく。それでも、騎士の忠誠と大義を胸に抱いた彼女の心は、すでに夜明けへと歩み始めていた。

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