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第21話 静かなる決意

 ユリウスの来訪から、すでに数日が過ぎていた。それでもパルメリアは執務室にこもり、山積みの書類と格闘している。革命派のリーダーである彼と言葉を交わしたことで、改めて改革の困難さを思い知ったが、それ以上にその情熱に鼓舞される自分もいた。


(ここで立ち止まるわけにはいかない。やらなきゃいけないことはまだ山ほどあるのよ……)


 日付が変わる頃になっても、パルメリアは机から離れようとしない。深夜の静けさが館を包むなか、小さなノックの音が聞こえた。遅い時間帯に誰だろうと思いながら、「入って」と声をかける。扉を開けて姿を見せたのは、護衛騎士であるガブリエルだった。


「夜分に失礼いたします。パルメリア様、まだお仕事を?」


 ガブリエルは低い声で尋ね、パルメリアが机いっぱいに書類を広げているのを見つめる。彼の鎧はほとんど音を立てない。騎士としての習性か、足取りは驚くほど静かだ。


「ええ。あと少しで終わるところだから、もうちょっとだけ頑張りたいの」


 パルメリアがそう言うと、ガブリエルは視線を落とし、わずかに息を吐いた。その表情には、言葉にしがたい葛藤がにじんでいるように見える。


「先ほど、城門前で怪しい人影を見かけたという報告がありました。警備体制をさらに強化すべきかと……」


「でも、これ以上護衛を増やしても、執務の邪魔になるだけよ。それに、あなたがいれば十分だわ」


 パルメリアが淡々と答えると、ガブリエルは苦悩を押し殺すように唇を引き結んだ。彼の寡黙(かもく)な性格はよく知っているつもりだが、いつも以上に複雑な想いを抱えているのが伝わってくる。


(腐敗に立ち向かい、騎士団から左遷されたという過去を持つ彼。私の改革が進めば、彼が再び危険な目に遭う可能性だってあるのに……)


 パルメリアは一瞬、彼の横顔を見つめた。すると、ガブリエルが意を決したように口を開く。


「この国で今起きている変化には、必ず反発がつきまといます。パルメリア様が先頭に立つ以上、危険は増すばかりです。それでも私は騎士として、パルメリア様をお守りしたい。たとえどんな危険が待ち構えていようと――」


 抑えた声には、静かながら揺るぎない意志が宿っていた。けれど、その瞳の奥には一抹の不安がにじんでいるのをパルメリアは見逃さない。彼がどれほどの逆境に耐えてきたか、改めて思い知らされる思いだった。


「ありがとう、ガブリエル。危険が迫ることは私も承知の上よ。それでも、行動しなければ何も変えられないから」


 パルメリアの言葉に、ガブリエルは短くうなずく。騎士としての矜持と、腐敗を許さない彼女への敬意が、どうしようもないほど心を揺らしているのだろう。


「もし私がもっと大きな戦いに身を投じることになったら……あなたを巻き込むことになる。……本当にいいの?」


 一瞬、夜の静寂が二人の間を包む。ガブリエルは答えを探すようにまぶたを閉じ、やがて決意を固めたかのように深く息をつく。


「……私は、かつて騎士団を追われましたが、あのまま腐敗を見過ごすよりははるかによかったと思っています。パルメリア様が目指す改革が腐敗を正すための道であるなら、迷いはありません」


 それだけ言うと、ガブリエルは控えめに一礼し、「護衛の配置を見てまいります」とだけ告げて、静かに扉の外へ消えていった。


 パルメリアは机の上の書類に視線を戻すが、その心はガブリエルの寡黙な表情に囚われていた。彼の忠誠は、ただの仕事上の義務ではなく、自分の信じる正義を貫くための決意だということが、痛いほど伝わってくる。


(もし私が危険にさらされれば、真っ先に体を張るのは間違いなく彼。……その覚悟に応えられるだけの道を、私は用意できるのかしら)


 夜の静寂が戻った執務室で、パルメリアは深く息をつき、書類へ再び目を落とした。けれど、微かな動揺が胸を締め付ける。腐敗に立ち向かう者同士、どこかで通じ合うものを感じるその想い――それは主従の枠を超えた関係へと変わり始めているのかもしれない。


 彼女の胸に芽生えたこの感情が、いつか夜明けを導く力になるのだろうか。深い闇の奥で、誰も知らない未来が静かに始まりを告げていた。

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