第2話 領地の惨状
館での暮らしに慣れはじめた頃、パルメリアは父である公爵に「領地の様子を自分の目で見たい」と申し出た。これまで領地経営に全く関心を示さなかった娘からの提案に、公爵は明らかに驚いた様子を見せるが、やがて静かにうなずく。
「お前の好きにするといい。ただし、十分に気をつけてな」
その言葉に押されるように、パルメリアはさっそく出発の支度を整える。侍女たちを引き連れて馬車へ乗り込む彼女の姿に、周囲の使用人や家臣たちは一様に戸惑った表情を浮かべていた。華やかな社交界にしか興味がなかったはずの公爵令嬢が、わざわざ領地の農村へ足を向けるなど、前代未聞の行動だったのだろう。しかし、彼女にははっきりとした理由があった。
(ここはゲームの世界……でも今の私にとっては現実そのもの。状況を知らないままじゃ、破滅するかもしれない)
馬車はゆっくりと平原を進み、やがて村落へ近づく。車窓から見える景色は、彼女の想像以上に荒れていた。かつては青々としていたはずの草木は元気を失い、家々の屋根は色あせ、道行く人の姿もまばらだ。
村の入口に差し掛かると、道はひび割れ、畑は荒れ果てたまま放置されている。出迎えに現れた村人たちの表情もどこか暗く、疲れ切った様子が隠せない。とても公爵領とは思えぬほどの貧しさがあった。
(こんなに酷いなんて……)
胸が痛む。馬車を降りると、村長らしき老人が慌てて近づき、深々と頭を下げた。
「これは恐れ多いことで……公爵家のご令嬢が、こんな僻地にまでお越しくださるとは」
老人の背後には、顔色の悪い農民たちが寄り添うように立っている。服には継ぎはぎが目立ち、彼らの目からは希望の光がほとんど感じられなかった。パルメリアは平静を装い、静かに問いかける。
「ここでは、どのように作物を育てているのですか?」
突然の質問に、村人たちは一瞬戸惑った様子を見せた。公爵家の令嬢から直接話しかけられるなど、これまで経験したことがないのだろう。それでも村長は、意を決したように口を開いた。
「近年は天候が不安定で虫害も酷く、収穫はままなりません。加えて中央からの課税も増え、生活が成り立たないのです」
彼の話によれば、農具は老朽化して修理もできず、収穫した作物も流通が滞って市場へ出せないという。さらに、公爵家の財政も厳しく、十分な支援が届かないまま放置されているとのことだった。思わず唇を噛み締めながら、パルメリアは村長や農民たちを見つめる。
(思っていた以上に深刻……このままじゃ、いずれ破綻するのは目に見えてる。ここを救えなければ、私自身も危険だわ)
前世で学んだ社会や経済の知識が頭をよぎる。ただ資金を注ぐだけでは解決できない問題だ。生産や税制、流通の仕組みを根本から見直す必要があると痛感する。
「まずは、必要な物資や援助の要望を整理して、報告書をまとめてください。父に取り次ぎ、宮廷に補助を要請する手段を探ります」
冷静に指示を出す声とは裏腹に、彼女の胸には強い危機感が渦巻いていた。
(お金を投じるだけじゃだめ。私が持っている知識と経験を活かして、抜本的な改革の下地を作らなきゃ)
領地の状況はすでに深刻だ。何もしなければ事態はさらに悪化する。それは領民の生活だけでなく、自分自身の未来にも影響を与えるだろう。荒れ果てた畑を見つめながら、パルメリアは静かに決意を固めた。次に訪れるであろう大きな変革――その時に備え、どう動くべきかを。彼女の瞳には、揺るぎない意志の光が宿っていた。