第17話 揺れる想い
王太子ロデリックがコレット領を訪れて以来、パルメリアを巡る噂がさらに広がりを見せていた。大胆な改革を進める公爵令嬢と王太子――その組み合わせは多くの人々の関心を引きつけ、領地の内外でさまざまな憶測を呼んでいた。
そんななかで、最も心を揺さぶられていたのが、幼馴染のレイナー・ブラントだった。
(いつの間に、彼女はあんなに遠い存在になってしまったんだろう……)
夕暮れの馬小屋。レイナーは愛馬の手入れをしながら、小さく独り言を漏らす。かつての彼にとって、パルメリアは隣で微笑み、同じ未来を見ているはずの存在だった。しかし今では、彼女は領地再建の中心に立ち、多くの人々を動かす存在へと成長している。さらには、王太子ロデリックまでもが彼女に注目するようになった。
レイナーは彼女の成功を誇らしく思う一方で、彼女がいつか自分には届かないほど遠くへ行ってしまうのではないかという不安が、胸の奥で静かにくすぶり続けていた。
「どうしたんです? こんなところで一人なんて珍しいですね」
不意にかけられた声に、レイナーが振り向くと、若い警備兵が怪訝そうな顔をして立っていた。彼は気まずそうに微笑み、首を横に振る。
「いや、大したことじゃない。ただ……最近、パルメリアの周りがずいぶん慌ただしいだろう? どうやって支えていけばいいか、少し考えてたんだ」
「そうですよね。王太子殿下がいらしてから、領内でも噂が絶えませんから。お嬢様と殿下が親しげに話していたって話も、あちこちで聞きますよ」
警備兵の何気ない一言が、レイナーの胸に鋭く突き刺さる。
これまでずっと彼女を支えてきたつもりだったのに、王太子のような圧倒的な存在が現れたことで、彼女との距離が広がってしまうのではないかという恐れが、胸を締めつける。
「自分はただの幼馴染だから、陰ながら支えるだけで十分だと思ってた。でも……」
そこまで口にしたところで、レイナーは言葉をのみ込む。はっきりと言葉にしなくても、胸の内で自分の気持ちが「特別な感情」に変わってしまったことを自覚していた。幼い頃から共に過ごしてきた記憶が、いつの間にか親愛を超えた何かに形を変えている。それに気づいてしまった以上、もう目を背けることはできなかった。
(彼女の力になりたい。でも……この思いだけでは、もう満たされないんだ)
一度自覚してしまった想いは、どうしてこんなにも心を乱すのか。パルメリアを支えたいという思いと、どうしようもない切なさ。どちらの気持ちも本物だとわかっているからこそ、レイナーの胸の中で葛藤は深まるばかりだった。
夕闇が馬小屋を覆うなか、彼はひとり静かに思い悩む。この感情をどう処理すればいいのかもわからずに――