第15話 王太子の来訪
改革の波が領の内外に広がるなか、さらなる波乱を予感させる知らせがパルメリアのもとに届いた。王太子ロデリック・アルカディアが視察の名目でコレット領を訪れるというのだ。
ある朝、執務室に飛び込んできた家令の報告に、パルメリアは思わず息を飲んだ。
「王太子殿下が、こんな辺境まで……?」
普段は王都や社交界にしか姿を見せない王太子が、この地まで足を運ぶなど極めて異例だった。表向きの理由は「領地経営の視察と貴族との親睦を図るため」とされているが、改革の進行で保守派と対立し、宮廷でも注目を集めるコレット家への訪問が、単なる好奇心だけとは思えない。
(……ロデリック殿下。前世の記憶では、腐敗した貴族社会に疑問を抱く一面があったはず。今回の目的は視察だけではないかもしれないわね)
ゲーム本編では体制を支える王太子として登場していたが、その行動には複雑な背景があるに違いない。たとえ彼の狙いがどうであれ、王太子の来訪を拒むことはできない。パルメリアは急いで家臣たちに指示を出し、領地の警備や案内の準備を整えるよう命じた。
数日後――。
ロデリック王太子が率いる馬車の列がコレット家の門前に到着した。遠巻きに見守る領民たちの視線を背に、パルメリアは正装に身を包み、玄関で一行を出迎える。馬車から降り立つロデリックは、灰がかった金の髪を風になびかせ、どこか威圧感のある軍服調の装いをまとっていた。その一方で、瞳には静かな知性が宿り、高貴な雰囲気を醸し出している。
「ようこそお越しくださいました、殿下。辺境の地ではございますが、心を込めてお迎えいたします」
パルメリアが深々と礼をすると、ロデリックは低く落ち着いた声で応じた。
「礼には及ばない。近頃、コレット公爵家の改革は宮廷でも話題だ。……公爵令嬢が自ら領地を立て直していると聞けば、それをこの目で確かめたくなるものだ」
その言葉には、どこか挑むような響きが含まれていた。パルメリアは冷ややかな微笑を浮かべながら、彼を見据えて軽くうなずく。
「光栄に存じます。どうぞ心ゆくまでご覧くださいませ」
「今回の視察がどれだけ有意義なものになるか、私としても楽しみだ」
ロデリックはそう言うと、さっそく領地の様子を見て回り始めた。その横顔からは、すでに変化を見せているコレット領の姿を、一刻も早く自分の目で確かめたいという期待がにじみ出ているようだった。
(やはり、ただの視察ではなさそうね。王太子がこの地を訪れた本当の理由を探らなければならない。私の改革に対する彼の反応が、この先の動きにどう影響するか……気を抜くわけにはいかないわ)
胸の奥でわずかに緊張を覚えながら、パルメリアはロデリックの行動を慎重に見守る準備を整えていた。