第14話 革命の火種
コレット公爵領の改革が進むにつれ、領内は確実に豊かさを取り戻しつつあった。農業改革で収穫が安定し、識字教育や新技術の導入によって、荒れ果てていた村や町が少しずつ活気を取り戻している。
だが、その変化は同時に、王国全土に広がる「暗部」を浮き彫りにし始めていた。他の領地や都市の民衆の間では、「コレット家の令嬢が瞬く間に領地を立て直した」という噂が広まり、「もし彼女が国全体を動かすことになればどうなるだろう」と、期待とも疑念ともつかない声がささやかれるようになっていた。
(改革は領地内だけのもの――そう考えていたけれど、いつの間にか周囲の期待まで背負うことになっている。でも……それならもっと遠くを目指すのも悪くないわね)
ある日の午後、パルメリアは新たに学舎を設ける候補地となった村を訪れていた。子どもたち向けの教室を増やし、読み書きだけでなく算術や実技指導を行う場を作るため、クラリスや教師たちと相談を重ねるためだ。
穏やかな陽光に包まれた村は、かつてとは比べ物にならないほど生き生きとしていた。その光景を見つめ、パルメリアは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
しかし、帰り際、馬車へ乗り込む直前に耳にした会話が、彼女の心をさらに揺さぶった。道端で立ち話をする農民や職人風の男たちの声が、静かな村に響く。
「聞いたか? あのコレット家の娘さん、領地を見違えるほど変えたんだってな」
「国全体も変えてくれればいいのにな……でも、俺たちがどう動けばいいかなんて、さっぱりわからんけどさ」
「それでも、コレット領が良くなったのは確かだろ?」
そのやり取りに足を止め、パルメリアは思わず耳を傾ける。領内の改革が民衆の間に希望を生み出し、それがさらに広がっていく様子を肌で感じた。
(私が進めてきた改革が、こんなふうに広がっているなんて。最初は領民を守るための施策だった。それが、国全体への視線を向けさせるほどの力になっているなんて……)
翌日、館へ戻ったパルメリアを待ち構えていたのは、家令のオズワルドだった。険しい表情の彼が差し出した報告には、さらなる波乱の兆しが記されていた。
「お嬢様、『革命派』と呼ばれる組織が民衆の間で不満を吸い上げているようです。その中心人物は、ユリウス・ヴァレスという青年で、過激な行動に出る可能性があるとか」
「ユリウス・ヴァレス……都市部の学生や労働者をまとめていると言われている人物ね」
パルメリアは前世の記憶を探りながら、その名に聞き覚えがあることを思い出す。ユリウス・ヴァレス――ゲームの中では革命派のリーダーとして登場した存在だ。詳しい背景は覚えていないものの、「革命」という言葉とともに語られる彼の姿だけは鮮明だった。
「どうやら彼らはコレット領を成功例として注目しているようです。民衆の力で国を変えようとする以上、あなたの改革は彼らにとって格好の実例なのでしょう」
オズワルドの言葉に、パルメリアは視線を伏せながら考え込む。自身の改革が革命派にまで影響を与えるとは予想外だったが、体制に不満を抱える民衆がいる以上、この動きと向き合う時が来るのは避けられない。
(もし彼らが穏健な道を選ぶなら、協力する可能性もある。けれど、過激な行動に出るのなら……慎重に見極める必要があるわね)
「ユリウス・ヴァレスについて、さらに詳しく調べてほしいわ。彼の思想や動機を正確に把握しておきたい」
「承知しました。引き続き内偵を進め、進展があればすぐにお伝えします」
オズワルドを見送り、パルメリアは机上に広げた書類へと目を落とした。農業改革や教育への投資、クラリスがもたらす新技術――これらは全て、領地を立て直すための地道な施策だったはずだ。だが今、それが意図せず王国全体の体制に目を向けさせ、「革命」という言葉さえ呼び寄せている。
(このまま進めば、やがて国の仕組みそのものと対峙することになる。ベルモント派との衝突など序の口。国家規模での戦いが待ち受けているかもしれない。それでも、進むしかないわ)
「ユリウス・ヴァレス……」
パルメリアは窓の外に広がる空を見つめながら、その名前を静かに口にした。まだ直接の接触はないが、いつか彼と対峙する日が来るのだろうか――あるいは、共に歩む道を選ぶことになるのか。人々の願いが革命という形で爆発するのか、あるいは穏やかな改革によって新たな道が切り拓かれるのか――全てはこれからの彼女の選択にかかっている。
(もはや後戻りはできない。私がまいた改革の種が、王国全土に広がり始めている)
パルメリアは静かに意志を固めた。くすぶり始めた変革の炎は、どのように燃え広がっていくのか。理想と現実、そして人々の願いが交差するなかで、彼女の物語はさらに大きな波乱を迎えようとしていた。