第10話 巧妙な反撃
それから数日、パルメリアは腹心の家臣や信頼できる領民たちを極秘に動かし、ベルモント派の内情を探り始めた。ゲームの知識を思い返せば、ベルモント公爵がどのような人脈と利権を握り、どれほどの権力を持っているか、ある程度は把握できていた。
(物語では終盤にならなければ明るみに出なかった悪事。でも、今のうちに証拠を掴めば、こちらが主導権を握れるわ)
かつてゲームの設定では、ベルモント公爵はヒロインたちが団結しなければ打ち倒せないほどの強大な敵だった。しかし、今のパルメリアならば、敵の動きを先読みし、冷静に対応することで優位に立てると確信している。
「――こちらが証拠になりそうな書類の写しです。どうやらベルモント公爵は王室財務局の一部を買収し、コレット領の特産品に違法取引の汚名を着せようとしているようです」
家令のオズワルドが差し出した密報に目を通しながら、パルメリアは小さくうなずいた。相手の狙いがコレット領の経済封鎖と利権の掌握にあることは明白だった。すでに複数の貴族や役人が取り込まれ、組織的な妨害工作が進行中であることも一目瞭然だ。
「公にするのは簡単だけど、まだその時ではないわ」
パルメリアは冷静な微笑みを浮かべる。ベルモント公爵のような大貴族を相手に、下手に証拠を突きつけても、相手は開き直り逆襲を図るだけだ。むしろ先に駆け引きを仕掛け、相手の足元を揺さぶりながら譲歩を引き出す方が得策だと判断した。
その夜、パルメリアは数通の手紙を書き上げると、密かに屋敷を離れてコレット家の別邸へと移動した。側近たちを集め、夜会の準備を急がせたのは、ベルモント派の高位貴族が近隣に滞在するという情報を掴んだからだ。自分から招待状を送れば、相手に不意をつかせられるだろう――そこで証拠を突きつけ、大きく揺さぶるのが今回の狙いだった。
(ゲームでは物語の終盤に立ちはだかる相手。この段階でどう動くかが、未来を大きく変える鍵になる)
庭の暗闇を見つめながら、パルメリアは静かに息を整えた。
翌日、ベルモント派の上級貴族たちが別邸に到着した。出迎えに現れたのがパルメリアだと知ると、彼らの表情には明らかな困惑が浮かぶ。
「これは意外だ。まさかコレット家の令嬢に招かれるとは。今日はどのようなご用件でしょう?」
一見丁寧な言葉遣いだが、彼らがパルメリアを取るに足らない存在と見ているのは明らかだった。だが彼女は気にする様子もなく、上品な笑みを浮かべながら家令に案内を任せる。
「お越しいただきありがとうございます。みなさまが精力的に活動されていると伺い、私も少し調べさせていただきました」
彼女はテーブルに数枚の文書を並べた。賄賂の受け渡しや行商人への妨害指示を示す書簡――どれも言い逃れできない証拠が揃っていた。文書を目にした貴族たちの顔は、見る間にこわばっていく。
「こ、これは……何かの誤解ではありませんか。我々がそのような不正を働く理由など……」
「理由は明白です。コレット領の改革によってみなさまの利権が損なわれるのを恐れたのでしょう。でも安心してください。今すぐこれを公にするつもりはありません」
冷静な声で相手を制し、パルメリアはさらに畳みかける。
「もし領地封鎖や徴税の名目で行われている妨害を直ちにやめていただけるなら、この件は穏便に処理します。被害については補填を協議するということでいかがですか?」
「……取引、というわけですか?」
「ええ。私がどのように動くか、みなさまにはもうおわかりではありませんか? ですが、これ以上事を荒立てるつもりはありません。お互いが無駄な損害を出さずに済む道を探るべきでしょう」
紅茶のカップを静かに置き、パルメリアはじっと彼らを見つめる。その視線には揺るぎない自信が宿っていた。
貴族たちは顔を寄せ合い、低い声で協議を始めた。強硬な対応をすれば証拠が外部に漏れ、ベルモント公爵までもが窮地に陥る可能性がある。一方で、この取引に応じれば、コレット家の改革を黙認する結果になりかねない。どちらにせよ、苦渋の選択を迫られていた。
しばらくの沈黙の後、最年長と思しき伯爵が渋い顔で口を開く。
「……よかろう。検問所や徴税請負人への指示は直ちに撤回する。損害の補填についても改めて協議しよう。しかし、これ以上の無茶はしないでもらいたい」
「承知しました。私も大事にしたいわけではありませんから」
パルメリアは優雅に一礼し、退席する彼らを静かに見送った。これで一時的にベルモント派の妨害は収まるだろう。だが、相手が完全に手を引くはずもない。今はこの隙に、改革をさらに進める時間を稼ぐことが重要だった。
(相手が次の一手を打つまでに、こちらも準備を整えればいい。それが私のやり方よ)
こうしてパルメリアはひとまずの難局を乗り越え、心の中で静かに決意を新たにした。改革の道はまだ始まったばかり。領地と国の未来を守るため、彼女は一歩も退くつもりはなかった。