03. 救出ミッション ②
――ついに、本物のヒキコモリの家にたどり着いた。
地図に書かれた住所は確かにここだ。
ぱっと見は、ただの普通のアパート。何も特別なものはない。
…うん、シンプル・イズ・ベストってやつか?
……聞こえるのは、ただのコオロギの鳴き声だけ。 いや、別に虫の合唱を聞きに来たわけじゃないんだけど。
ここまで来たんだ、ドアをノックしてみる価値はあるだろう。
「ごめんくださーい! ヒキトですけど〜、誰かいませんか〜?」
……無反応。
めんどくさいな、ここまで長旅して、足をくじいた女の子を引き連れてきたってのに、ドアの向こうからの反応はゼロかよ。
正直、隣でしゃがんで足を押さえてるリカがちょっと不憫だ。
もう一回試してみるか。無駄足にはしたくないし。
「すみませーん! そちらに生存者はいますかー?」
―――ノックしようとした瞬間。 いきなりドアが開いた。
そこに立っていたのは、まるでゾンビ一歩手前のような男。
痩せ細った体。
生気のない顔。
ボサボサの髪。
目の下にはパンダ顔負けのクマ。
…ああ、もうすぐ白黒に進化するんじゃないか?
「す、すみません、ヒキトさん。気づきませんでした……何のご用でしょうか?」
え? いきなり本題?
前置きとかないの? まぁ、いいか。
「えーと、会長の命令で、あなたを学校に連れ戻しに来ました。」
「が、学校……? いや、無理です。僕にはもう耐えられない。全ては終わったんです。」
――あ、これ、重症パターンだな。 しかも焦ったようにお尻をポリポリかいてるし。……風呂、入ってないだろお前。
「……はぁ!? 終わっただと? それ、俺のセリフなんだけど? ま、いいや。で、何がどう"終わった"のか教えてもらおうか。」
「え、あ……すみません、実はよく分かりません。たぶん……失恋です。」
――失恋かよ。ありがちなやつ。 どうやら、彼が想いを寄せていたのは1年A組の後輩らしい。
まぁ、納得だな。
うちの学校って、クラスのレベルで知能格差が丸わかりだからな。 Aは天才、Bはそこそこ、Cは微妙、Dは……うん、察して。 俺とこいつは2-D所属。つまり、恋愛でも"クラス差"が出るってわけだ。
「そ、それは違うよ、アキラくん! もっと頑張らないと! 女の子に振られたくらいで諦めちゃダメ!」
……おお、リカが意外と熱弁してる。
普段はもっと大人しいのに、今日は目がキラキラしてるぞ? (実際は上の蛍光灯の反射です)
「違う? でも、僕にはもう無理なんだ。何をしても、何も変わらない……」
――なるほど、こりゃ相当めんどくさいタイプだな。
……仕方ない。最終手段だ。
「分かるよ、その気持ち。俺も男だからな、同じ男として気持ちは痛いほど理解できる。 ……というわけで、好きにしろ。お疲れ様でしたー!」
よし、これで任務終了。 早く帰って寝たい。
「え!? それだけ!? なんで俺をもっと励まさないんだ!? 説得は!? 熱意は!?」
……はぁ、めんどくせぇ。 こっちが励まされたいんだけど?
「そ、そうだよ! ヒキトくん、もっと応援しなきゃ!」
「いや、もう"終わった"って自分で言ってたじゃん。終わりなら帰るだけでしょ?」
―――ああ、世界がバグってる。これ絶対ラグってるわ。
そんなことを考えているうちに、アキラはゆっくりと家から出てきた。 その歩き方はやけにフラフラしてて、どこか"フラ○ボーイ"感が溢れている。
……ただの不審者です、ありがとうございました。
そして、なぜか急に真剣な顔をして、ドヤ顔で語り始めた。
「君たちの言葉で、僕は目覚めたんだ。ずっと孤独の殻に閉じこもっていたけど、今は違う。 ……僕の中に、新たな希望が芽生えた!」
……は? 何言ってんの? この人正気?
「そ、そう? なら良かった!」
リカ、お前までノリノリかよ。なんで普通に受け入れてるんだよ。
さらにアキラは、突然変なポーズを決め出した。 片手で顔を覆い、もう片方はポールに寄りかかって……どこの舞台俳優だよ。
「……もういいや。帰るぞ、リカ。」
もうここで修正することは何もない。 これ以上このカオス空間にいたら、俺の脳みそがバグる。
リカを手伝いながら、俺たちはアキラという謎の生物を置いて帰ることにした。
―――ほんと、理解不能。
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「じゃ、じゃあ…また明日、ヒキトくん!」
「……ああ。」
マジでムカつく。 いや、ムカつくなんてレベルじゃない。この世界はもう終わってる、間違いない。
いつもの日課すらまともにできない。 おまけに……
なんで人付き合いなんてしなきゃいけないんだ? 普通、学校なんて一人で時間を潰す場所じゃないのか? でも今回は違う。次から次へと問題が湧いて出て、終わりが見えない。
──まず一つ目、 金がない。
二つ目、生活がめちゃくちゃで、いつものように授業中にぐっすり眠ることすらできない。 三つ目、サエニがしばらく俺の家に住み着いていること。 四つ目、変な奴ら……いや、正確に言えばエイリアン。
……いや、さすがに「エイリアン」って呼ぶのは非人道的か? まあ、どうでもいいか。
今日はまだ1日だ。 俺はどうすればいい? 金は底をついた。親からの仕送りはまだまだ先。
「……神様、お金をください……」
……いや、違うな。なんか違う。
「……神様、どうか異世界に転生させてください!冒険がいっぱいの世界へ! ついでにチート能力もよろしく!叶いますように!!」
……うん、たぶんこっちの方が正しい。
まあ、そんなに期待はしてないけど、少しぐらい希望は持ってもいいよな?(ちょっとだけ)
もしそれが叶ったら、そりゃ楽しい人生になるに決まってる。 異世界転生したら、特別な力をゲットして、冒険者になって、モンスターを倒して、アイテム売って……そして大金持ち!
ハハハ。
ハーレム? 別にいらない。 ただ金持ちになって、悠々自適に暮らしたいだけだ。
――そんなことを考えながら、暗い夜道を歩いてやっと家に着いた。 怖くないふりをするには、こうやってバカみたいなことを考えるのが一番だ。
参考にどうぞ。
「ただいまー。」
家の中は静まり返っている。騒がしさゼロ。 もう深夜だからか? まあ、誰かが「おかえり」って言ってくれるわけでもないし、期待もしてないけど……
「……」
……え、え、え、え、ちょっと待て待て待て!
想定外すぎる。 俺の家がこんなにキレイなわけがない。
普段なら床に食べ残しが散らばってるし、汚れたコップや皿が山積みになってるのがデフォルトだ。 だ、だけど……今日は違う。
リビングに足を踏み入れただけでわかる。 ホコリ一つない。いや、正確には鼻に入ってこない。
普段ならホコリが鼻に入って、くしゃみの大連発なのに。 でも今日はノーくしゃみ。すごい進歩。
一歩一歩、俺の聖域――いや、俺の部屋へと向かう。
でも、その前に電気を消すのが節約の基本。 親からの仕送りが届くまでの数日間、無駄な電気代は使えないからな。
「……な、なにィ!?」
ドアを開けた瞬間、俺は目を疑った。 そこには……女の子が、いや、サエニが……俺のベッドの上で大胆にもタオル一枚で寝ているじゃないか!
いや、違う! これはただのベッドじゃない。俺にとっては神聖な場所なんだ!
それが、女のせいで汚されるなんて……ふざけんな!!
彼女は仰向けで眠っている。タオルは今にもズリ落ちそう。 さらに、手にはなぜかハタキが握られている。
……どうやら掃除してくれたらしい。
うん、まあ……家をキレイにしてくれたことは素直にリスペクトする。 ありがとう。どうぞごゆっくりお休みください。
……いや、もうどうでもいいや。