01. 夏休み明けの登校日
夏休みが終わり、学校に戻ってきた初日。
クラス2-Dでは、あちこちから「夏休みどうだった?」なんて声が飛び交っている。みんなが自分の休暇の思い出を話していて、教室中がざわざわと賑やかだ。
…いや、正直言って「ユニークな体験」ってほどのものでもない。ただ、恋愛ジャンルに生きている年頃のティーンエイジャーたちにありがちな、よくある話だろう。
ちなみに、この学校は別にエリート校でもなければ、金持ちばかりが集まる名門校でもない。ただの、ごく普通の高校だ。特別豪華な設備もなければ、特に変わった校則もない。ただ、平凡。まさに「THE・普通」。
でも、一つだけ誇れることがあった。
それは…バスケットボール部が強かったこと。
かつてこの学校のバスケ部は、全国でベスト10に入ったこともあり、その実力で名を馳せていた。
―――3年前の先輩たちの代までは、な。
今? うん、もうそんな面影はどこにもない。かつての栄光は、過去の遺産ってやつだ。
…ま、そんなもんだよな。歴史ってのは、語るほどでもないくらい儚いもんだ。
「ヒキトー! おやおやおや? 朝っぱらからもう机で寝てるの? 相変わらずだね〜!」
チッ…またアイツか。
今はただ、聞こえないフリをするのが一番だろう。個人的に、ああいう騒がしいタイプの女子は好みじゃない。
―――まあ、学校では人気者なんだけどな。
顔は可愛いし、バスケ部でもエース級の実力を持ってる。
それに、彼女を狙ってる男どもが後を絶たない。イケメンだろうが、普通の顔だろうが関係ない。告白しては振られ、それでも諦めずにアタックし続ける勇者たち。
…正直、あの手の生命体には少し感心するよ。
もしかして、そろそろ繁殖期か?
「おーい! ヒキト! 起きろってば!」
さっきからずっと、俺の肩を揺すり続けるアイツ。諦める気配はまるでない。
本来なら、アイツの席は俺の前のはずなのに、なぜか今は隣に立っている。
…香水の匂いでわかる。鼻にツンとくる、強烈なバラの香り。まるで、鼻の穴にバラ園がぶち込まれた気分だ。
「よう! 夏休みは楽しかったか、若者たち!」
「イエッサー!!!」
「いいぞ、若者たち! 楽しんでこそ青春ってもんだ! 社会に出たら、そんな自由な時間なんて滅多にないからな!」
「イエッサー!!!」
―――ああ、なるほど。担任が来たのか。
でも、残念ながら俺はまだ寝たい。
一応、教科書を立ててバリケードは作ってあるし、ちょうど陰になって顔も見えないはず。
しかも、俺の席は教室の一番後ろ。教師からも死角だ。完璧な防御態勢。
担任は体育教師で、普段はおちゃらけてるタイプ。女子には妙に優しく、まるでアイドル気取り。
でも男子には割と厳しく、冗談も時々シャレにならないレベル。泣かされたヤツもいる。
…まあ、それがこの人の「味」なんだろう。
「さて、愛すべき生徒諸君! 今日から新しい仲間が加わるぞ!さあ、リカちゃん、入ってきて自己紹介してくれ!」
は? 転校生? リカちゃん?
…また女かよ。
「は、はじめまして…。さ、斎藤リカです…。よ、よろしくお願いします…。」
なるほど…。
案の定、教室は大騒ぎ。
「うお、めっちゃ可愛い!」とか「天使かよ!?」とか、言いたい放題。もう、Amazonの新商品レビューかっての。
「リカちゃん、あの席に座っていいよ! 楽しい高校生活を送ってくれ!」
「は、はい…。ありがとうございます…。」
普通なら、前の方の空いてる席に座るはずだ。だって、そこしか空いてないし。
でも、なぜか彼女は俺の隣に座ることになった。
―――は? 何かのバグか?
前の席、空いてんだろ?
ちなみに、その席は以前、ガチオタクの男子が座ってたんだけど、2週間で学校来なくなった。
噂では、今は立派な引きこもりになったらしい。
…まあ、2週間頑張っただけでも尊敬するよ。お疲れさま。
俺も一時は引きこもりを目指したけど、結局やめた。
だって、卒業証書がないと就職できないしな。
それだけ。青春? そんなもん知るか。
「え、あの…すみません…」
「うるさい、今は寝てるんだ。」
「ご、ごめんなさい…。ただ、机の下にペンを落としちゃって…」
「……」
目を開けた瞬間―――そこには、信じられない光景があった。
…俺の隣に、めちゃくちゃ可愛い女の子がいる。
いや、可愛いどころじゃない。これはもう…現実バグってるレベルだ。
スラっとした体型、肩までのふんわりとしたダークブラウンの髪。
そして、朝日を浴びてキラキラ輝く淡い茶色の瞳。天使か? おい、天界に帰る道、間違えてないか?
…まあ、胸は控えめだけど、それがまた彼女のスレンダーな体に合ってて完璧なんだよ。
「ご、ごめんなさい…邪魔しちゃって…」
「いや、別に。」
…くそ、何だこの生命体は? なんでこんなヤツが、この変人だらけの学校に転校してきたんだ?
お嬢さん、どうかこの学校で生き延びてください。心から祈ってます。
―――てか、なんでお前が俺の隣なんだよ!?
前の席、空いてたよな!? どう考えても、そっちの方が似合うだろ!?
…絶対、これはシステムエラーだ。
「さーて、みんな! 教科書出して! 今日から新しい単元に入るぞー!」
クラス全員が、教科書をバサバサと取り出す中―――俺は、今日の教科書を忘れていた。
代わりに、明日の授業の教科書を持ってきてしまった。
…いや、正確に言うと、俺が今開いているのはただのファンタジー小説。
まあ、別にいいだろ。こんなの、よくあることだし。
どうせテストのときは追試になるだけだしな。
―――これが、俺の日常。
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結局、授業中にだけぐっすり寝ることができる、いつものように顔を本で隠して机の上に立てておいた。
……そして今、俺は次のルーティンに突入する。そう、昼休みだ。
財布の中には小銭が少しだけ。今日の昼飯は、コンビニの袋入りパン一個と謎の安ジュース。ギリギリ生き延びるだけの栄養と予算。
「はぁ……」
明日の昼飯? 知らん。未来の俺がなんとかする。
そろそろバイトでも探すべきかもしれない。仕送りだけじゃ課金もできないし、これ以上ゲームのために生活を削るのは人として終わってる気がする。
いや、終わってるのはもう自覚してるけど。
正直、俺は金遣いが荒い。特にガチャ。あれは人類最大の敵。 「この限定アイテムは今だけ!」って言われると、理性が消し飛ぶ。
気づけば課金ボタンを押してるんだから恐ろしい。
でも、やらなきゃいけないんだ。なぜなら、俺の「嫁」がそのアイテムを必要としているから。現実じゃ孤独な俺にも、ゲームの中には守るべき家族がいる。責任感ってやつだ。
「ねぇねぇ、ヒキトくーん! こんなとこで何してるの?」
はぁ……またコイツか。
「ヒキト“くん”はやめろ。なんか軽く聞こえるんだよ。」
「え? でもヒキトくん、可愛いし?」
即答かよ。
「まぁいい。で、何の用だ? バスケ部の陽キャどもとイチャイチャしてればいいじゃん。」
「うわ、ひど! 別にイチャついてないし! 今日はね、アンタにお弁当作ってきたの!」
そう言って、隣に腰を下ろす彼女。名前は……加藤サエニ。確か隣の家に住んでる、昨日俺の非常食ラーメンを勝手に持っていったヤツだ。
「ふーん。つまり、俺の最後のラーメンを奪ったのは、この伏線だったわけか?」
「う、うん? まぁ、そうかも? だってアンタ、いつも冷たくて話しかけにくいし……でも、どうしても私の手料理を食べてほしくて……それで……」
……これは恋愛フラグの匂いがする。すぐに叩き潰さなきゃ。
「はああああ!? 何言ってんの!? はいはい、わかった、食う! 食えばいいんだろ!」
見事な話題転換。俺、天才か?
弁当のフタを開けると、中身は意外とちゃんとしている。卵焼き、唐揚げ、彩りの良い野菜まで。……普通にうまそうだ。
一口食べる。
うん、うまい。
「ど、どう? 美味しい?」
「うまい。完璧。100点満点中、100点。改良の余地ゼロ。」
「そ、そう……よかったぁ……。ヒキトくん……!」
なんだこの反応。顔真っ赤にして、半泣きで背中向けてる。いつもは生意気でうるさいくせに、今日は妙におとなしい。
考えてみれば、なんでこいつ、こんなに頑張るんだ? もっとイケメンなリア充が周りにいくらでもいるだろ。バスケ部の陽キャとか。
俺? ただの根暗ゲーマー。特技もないし、金もない。イケメンかどうかは……知らん。昔オヤジが「お前は世界一のイケメンだ!」とか言ってたけど、親バカフィルターがかかってたに違いない。
ほんと、この世界のシステム、どこかバグってんじゃね?
「ありがと……食べてくれて……」
「お、おう……」
そして彼女は去っていった。静寂が戻る。まあ、悪くない。
さて、今考えるべきは恋愛とかじゃない。金だ、金。どうやって稼ぐか。
恋愛? 面倒だし、コスパ悪そう。俺にはガチャの嫁がいるしな。
……とりあえず、次のイベントまでに課金用の資金をどうするか考えないと。