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第9話 消えた副機長

@機内 コックピット前



 久我は機首部に辿り着き、CA席を越えてコックピットのドアに手をかけるが、当然ながらビクともしない。ドア上部の小窓に顔を近づけ、慎重に中を覗き込む。

 薄暗い照明の中、前方のパネルと背もたれが視界を遮っており、操縦席の詳細は判別できない。

 ──ただ、副操縦士席に人影がないことだけははっきり分かった。


 松永からの事前情報を踏まえ、副機長の危険度を上げる判断を久我は行う。


 久我はすぐに、事前にチーフパーサーから借りた通信機を取り出し、冷静に呼びかける。


「こちら久我。操縦席へのアクセス不能。副操縦士の姿なし。機長、副機長、応答願います。繰り返す──応答願います」


 無音。


 数秒間の沈黙が、状況の深刻さを浮き彫りにする。久我は舌打ちを飲み込んで、乗務員チャンネルに切り替える。


「乗務員の皆さんへ。副機長の姿を確認した方はいますか? 些細な情報でも構いません」


 こちらも数秒の沈黙の後、チーフパーサーが返答を送ってきた。


「……申し訳ありません。騒ぎの直後から、誰も……姿を見ていません」


 ──副機長がいない。コックピットの鍵を持ち、機長が生死不明で応答しない中、飛行機を制御できる唯一の人間が姿を消している。


 久我の中で、ある“選択”が確定する。


 機長が操縦が可能かどうか──それを確かめる術は全て試したがどれも結果は芳しくない。ならば自分が優先すべきは、ただ一つ。


 この機体を墜とさせないことだ。


 乗客を一人でも多く生かして帰す。

 そして、何より──この飛行機をテロの象徴や凶器として終わらせることだけは断じて許さない。

 コックピットへのアクセスが現実的に困難な状況で、それは無理難題に思えた。間違いなく久我が経験した危機の中で最大級だ。だが、彼のアドレナリンは湯水のごとく分泌され、むしろこの状況が楽しい錯覚するほどだった。

 追い込まれれば追い込まれるほど、久我の脳は冴えていく。度重なる不運との戦いが久我を鍛え上げていた。


 どこの誰かは知らないが、俺の諦めの悪さを知らないらしいな。


 久我は燃え上がる闘争心をエネルギーに変え、冷静さだけは失わない様にする。


「現状、操縦できる者が誰もいない可能性がある。だが、乗客にそれを悟らせるな。日頃の訓練の成果を見せる時だ。頼むぞ」


 久我は通信機越しに静かにそう伝え、CAたちは頷き返す。恐怖を飲み込みながらも、皆、自分の役割を果たす覚悟を固めていた。通信を切り、再びコックピットの小窓へ目をやる。暗がりの中、背もたれの向こう側に何があるのかは、依然として見えない。


 だが、もはやそこに期待はしていない。自分の手で、別の方法で操縦権を取り戻す しかない。


 そして、疑惑の副機長を始めテロリストがまだ機内に潜んでいる可能性にも留意しなければならない。彼らの目的は判明していないが、飛行機のコントロールを奪うことは手段として最重要事項であることは疑いが無い。こちらが操縦権を取り戻そうとすれば、妨害があるだろう。


 久我は自然と“ケヴィン・ラングフォード”と名乗った男の姿を思い出す。ボディチェックの時のわずかな違和感、冷静すぎる態度。そして……胸の動き。


 奴は要注意だ。



@機内 エコノミークラス 客席



「ねぇねぇ! お姉さん、忍者なの!? さっきのクナイかっこよかった!」


 渉がエミリーを見上げて尋ねた。テロリストを即死せしめた先ほどの光景は幼児にはショッキングかと思えたが、虚構と現実の区別があまりついていないからこそ、深刻な影響は与えていない。

 エミリーはその様子を見て、内心でホッとする。


「しっ! それは内緒やねん」


 エミリーは人差し指を口の前に立てる。


「あっ、そうだよね。忍者だもんね」


 渉はハッとして両手で口を塞ぐ。

 

 その母──四海麻衣は申し訳なさそうな顔でエミリーに会釈した。


 エミリーは何気ない風を装いながら、その横顔にちらと目をやる。記憶に引っかかるような感覚。表情ではなく、骨格、動作の間合い、視線の使い方──。


(この“自然体”、訓練を受けとるな。……どこかで見たことある顔や)


 それを確かめるように、気さくさを最大限に発揮してエミリーは麻衣に聞く。


「変な事聞いて堪忍だけど、誰かに似とる気ぃすんねんな。誰かは分からへんのやけど」


 四海は間髪入れず、柔らかな笑みを浮かべたまま返す。


「昔からよく言われるんです、そういうの。顔がぼんやりして印象に残らないんでしょうね」


 淡々とした反応。自然すぎるほど自然──それ自体が、逆に訓練された“演技”を示していた。

 エイミーが更に懐に踏み込もうとしたところへ、横から図体のデカい男が興奮気味に割り込んできた。


「オーーーーマイガッ!やっぱりそうだ!!やっぱそうだったよな!なあなあなあ!」


 ダグが大げさに震えると、贅に贅を凝らした駄肉が揺れ動く。


「アンタ、さっきのナイフ投げ──エージェントだろ、アンタ。CIA!? FBI!? NSA!? MI6!? KGB!? ……アニメの中だけかと思ってたぜ!」


 完全にテンションMAXのオタクムーブ。

 渉がぽかんと口を開け、四海は「うわ、来た」とでも言いたげに視線を逸らす。


「ええ、じぇんとう? なんやねん、じぇんとうって。ええも悪いもそんなもん知らへんで」


 エミリーは惚けるために、英語で話しかけてきたタグにあえて日本語で返す。だが、ダグは別に返答を求めていないのか、早口でまくし立てる。


「アレ、忍者みたいでマヂで興奮した。動画撮っておけば良かったぁ……。あっもしかして、影分身の術とか使えたりする?」


「それは無理だってばよ!!」


 エミリーはそう言って、ダグの背中を遠慮なくバンバンと叩いた。

 そこにタイミングを計ったかのように、久我が後方から歩いてくる。


「……盛り上がってるところ悪いが、二人ともこっち来てくれないか」


 久我が顎でビジネスクラスを示す。エミリーは即座に頷き、表情を引き締める。

ダグも「え、オレも?」と戸惑いながらも、慌てて後を追った。


 渉がエミリーの服の裾をちょんちょんと引っぱる。


「ねえ、どこ行くの?」 


「ちょっとだけお仕事や。お母さんのこと頼むで? 君がヒーローや」 


「うん、まかせて!」


 そう言って渉が小さく胸を張ると、エミリーは一瞬だけ笑みを浮かべ、再び真顔に戻って久我の後を追った。


その後ろ姿を、四海は黙って見送っていた。視線を落としたその表情は──誰にも読ませない、仮面のように穏やかだった。



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