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第4話 仮面の副操縦士

@機内 コックピット



 副操縦士のスコットは東京の管制から通信が入っている事に気がつき、機長に伝えた。

 

 さて、最終テストの時間だ。


 スコットは通信の傍受に集中する。


「東京の空テロ隊長の松永です。警報はご覧になりましたか?」

「見た。まさか、当機に乗っているのか?」


 機長の対応は高飛車だ。日本、いやアジア人をあからさまに見下している。プライドが異様に高く、故に御し易いとスコットは内心で機長を(さげす)んだ。


「確定情報はありません」

「なら何の用だ? スピード違反で切符を切りにきたのか? 日本の警察はそれくらいしか能がないからな」


 機長は嘲笑する。日本の警察に個人的な恨みがあるような口振りだ。

 対する松永はどこまでも冷静に応える。


「リスクは存在しています。万が一のため、コンタクトを取りたい人物がいます」

「俺がいる限り万が一なんて起きないけどな。それにSM(スカイマーシャル)は搭乗していないはずだ」

「ええ、任務中の者は。ただ、休暇中の者が偶然搭乗しているんです」


 機長が大きな笑い声をわざとらしくあげる。知性が感じられなくて、とても見ていられないなと副操縦士は目を逸らす。


「話にならんな。休暇中という事は非武装の一般人だろ。それをお前と話させるために聖域コックピットへ連れて来るのか? 一般人を聖域(コックピット)に!? はっ! そのリスクも分からないほどお前達は馬鹿なのか? もし、そいつがクロだったらどうする? 休暇中のSMがテロリストになるなんて何の意外性もなくて、ハリウッドが鼻で笑うぞ」

「CAに伝言を頼む形でも構いません」

「断る。そいつがクロである疑いが晴れない以上、何もできない。そして何を言われてもその疑いが晴れることは無い。機内の安全は俺の責任で守る。万が一誰かを頼るとしても、それは合衆国の機関であり、日本ではありえない。話は以上だ」


 機長は通信を一方的に切った。


 大した演技力だ。()()()()()()()()()()なのに、まるで愛国心が強すぎるように感じる。


「再び通信が入っていますが……」


 答えは分かりきっていたが、スコットは規定通り責任者に確認した。


「今後は一切無視しろ」

「了解」


 最低限はクリア。問題はここからだ。


 スコットはジャップをやり込めて鼻歌交じりの機長の目を盗み、静かに座席脇のメンテナンスコンソールを開いた。

 中には航空機整備用の小型ツールキットがある――ということになっていた。


 彼は手慣れた手つきで工具を取り出す。

 トルクレンチ型のグリップ、照明用マイクロライト型の銃身、配線チェッカーに見せかけたスライド。


 それらを無言で組み合わせると、まるでパズルのピースが吸い寄せられるように噛み合った。

 わずか十数秒後、彼の手に収まっていたのは掌サイズのコンシールドウェポン(隠し拳銃)。航空機用に特注された、フランジブル弾仕様のサイレントモデルだった。


「……何をコソコソやっている。クソでも我慢しているのか?」


 機長がようやくスコットの方を向く。


 スコットは気にせず、胸ポケットから太めのシャープペンを取り出す。中には、あくまで“替芯”を装って作られたカートリッジ型の特製弾頭が収まっていた。


 日本製の文具は優秀だ。保安検査をクリアする“弾”にもなるとは。


「おい、お前、それ!」


 装填。

 引き金を軽く引く。


 パスッ。

 ——重く湿った破裂音が、機器の駆動音をかき消した。

 

 機長の左耳が赤く染まり、悲鳴が漏れる。

 計器の明滅に照らされ、機長の耳から垂れた血が操縦桿を濡らす。微かな鉄臭が、空気を支配する。


「なっ……! 何を――っ! バカか、お前! コックピットで撃てば――機体が――」

「心配には及びません。フランジブル弾です。……飛行機に乗るなら、更新されたマニュアルは確認してください」


 スコットは銃口を機長の頭から外さず、淡々と続ける。フランジブル弾とは、目標以外の破壊を避けるために使用される着弾時に細粒子になる銃弾の事だ。


「貴様ァ……っ!」

「まだ理解できないようですね」


 パスッ。

 もう一発。今度は右耳。


 機長は椅子にもたれ、耳を押さえながらうめいた。


 鳴き声だけは立派だな。まるで警報装置だ


「ようやく静かになった……では本題に入りましょう」

 

 スコットは銃を水平に構えたまま言う


「単刀直入に聞きます。貴方は金銭を対価として、この飛行機を目的地とは異なる場所へ着陸させようとしてますね」


 これは()()()


 何故ならばスコットが所属する組織がその裏工作をしたから。


 ギャンブル依存症の機長を買収するのは、ルーレットで赤か黒を当てるよりも遥かに簡単だった。呆気なさ過ぎて、自分がおびやかす立場でありながら、スコットは合衆国の将来を憂いだくらいだ。


 そして今、組織の命令オーダーを確実に実行できるかの最終テストを課している。


「な、なんのことだ? お前は何か勘違いしているんじゃないか?」


 この返答は想定済。認めればどうやっても自分が損をするという事は、卑しい機長にはすぐに計算できるだろう。


「国防に関わる重要な事なので私の勘違いかどうか、早急に確認しましょう。今すぐ東京に戻ります。そこで然るべき方々とお話してください」

「お前にそんな権限は無いっ!」

「権限? ここにありますよ。……もう両耳の風通しが良くなったはずですが?」


 スコットは呆れ顔で拳銃を指し示す。機長は押し黙った。


「3つ数えるうちに決めてください」


(スリー)


(ツー)


(ワ……)


「わ、分かった! お前の言う通りにするよ」

「……おめでとうございます。()()()です。」


 副操縦士は機長の左胸と額に向けて正確に発砲し、スコットの役職が機長へと繰り上がった。


 スコットの表情は無でしかない。人間は、使い捨ての部品だと実感しているだけだ。


 元機長が唯一生き延びる術は強い抵抗を示すことだった。

 

 死の覚悟を持って組織のオーダーを全うする。そういう人間でなければ、利用するのはリスクだ。金で動く人間は軽い。自分の命が脅かされればすぐに裏切る。

 そもそも、副操縦士がコックピット内で組み立てた拳銃で脅すという状況に違和感を持たない程度の頭脳では、不安要素にしかならない。


 いずれにせよ、自分の目的のためには、この機長には死んでもらうしかなかった。

 ただ——こんなにもあっけなく幕が下りるとは。


 かつては毎夜、首筋に刃を感じながら眠った。

 それに比べれば、ここはぬるい。便利すぎるのだ。

 早く戻らねば、退屈で死んでしまう。


 この劇場の幕が下りるまで、せめて──愉しませてもらおう。




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